霊の声
会話がピタリとやむ。
小寺は手と口を動かしながら、目はメモ帳に見入っていた。ユカもカレーを口に運んでは、読み返すようにメモを目で追っていた。
そして智子だが……。
ひとりスパゲティを食べながら、カツカレーにチラチラと視線を送っていた。後悔の念がその表情に浮かんでいる。
一足先に、小寺が食べ終わった。
「コーヒー、三つね」
小寺はマスターに声をかけてから、メモのモデルの部分を指さした。
「荷物を引き払ったのは、たしかにこの女性だった可能性もあるな」
「恋人なんだからね」
「でも、メモでは死んでることに」
「ほんとだ! あのときあたし、ユカが聞いた声、その人の霊の声にしてたんだ」
智子が肩をすくめてみせる。
メモを記したとき――。
いるはずのない女性の声、密室だったアップル、果物ナイフの消えた絵。こうしたことから声の主を霊だと考えた。死霊であればモデルの女性、生霊であれば宮山メグミとして……。
「でも、女性の声を聞いたのはほんとだからね」
ユカは二人の目を見て言った。
「わかってるって」
「オレもだよ」
智子と小寺がそろって見つめ返す。
「じゃあ、あの声は?」
「やっぱり霊の声なのよ。ユカが聞いたのは確かなんだから」
「じゃあ、だれの霊? あの絵とは関係なくても、今度の事件とは関係ありそうだし」
「ぜったいあると思う。その霊、なにかをユカに伝えようとしたのよ」
「そんなこと、してほしくないのに」
ユカの沈んだ声に、小寺がうなずく。
「鈴部さん、この前も話してたな。自分に霊感があるのがイヤだって」
「そのことなんだけど」
鈴部家の女が受け継ぐ特別な能力。
そのことについて、ユカはおもいきって話すことにした。
「お母さんに聞いたんだけどね。死んだおばあちゃんにも、予知能力みたいなのがあったらしいの。お母さんはカンがとっても鋭いし、幸子おばさんは占い師をしてるぐらいだから、やはりなにかしら持ってると思うの」
「やっぱり遺伝なのよ。それがたまたま、ユカは霊感だったってことね」
「あたしもそう思ったの」
「ありがた迷惑?」
「ただの迷惑」
ユカは肩をすくめ、小さく笑って返した。
マスターがやっきて、それぞれの前にコーヒーカップを置いていった。
会話が途切れる。
三人は押し黙って、香りを味わうかのようコーヒーを口に運んでいた。
小寺がカップを置き、二人に向かっておもむろに口を開く。
「アップルは密室だっただろ。それで今は、自殺の線でも捜査してるんだ」
「自殺?」
ユカには意外だった。
ナイフの刺さった位置から、ユカの頭から自殺はすっかり消えていたのだ。
「自分で首のうしろを刺すことが可能かどうか、それに実際にああした傷になるのか、検視官を含めて検証を始めたんだ。その結果は、いずれ近いうちにわかるはずだけど」
「それで遺書は?」
「なかった、かわるようなものもな」
小寺はそう言って、メモの絵の部分を指さした。
「これ、調べ直してみるよ。絵は関係ないと思ったんで、よく調べてなかったから」
「わかったら教えてくれる?」
「もちろんだよ」
「ごめんね、めんどうなことさせちゃって」
「それでね、ユカ。これはアップルのことじゃないんだけど……」
智子がユカの腕をつかむ。
「なあに?」
「おなかすかない?」
「もう? さっき食べたばかりじゃない」
「すいてるのは別腹の方なの」
小寺はあわててメニューのデザート欄を開き、二人の前にさし出したのだった。
「どれでも好きなものを」




