小寺の捜査結果
ユカは車で智子を拾い、小寺と待ち合わせの喫茶店へと向かった。
「あれから報告あった?」
「ううん。それで智子、小寺君のこと、やっぱりけとばすの?」
ユカは意地悪く言ってやった。
「やめたわ」
「どうしてよ? はでにけとばすとこ、あたし楽しみにしてたのに」
「そんなはしたないこと、か弱い女の子のすることじゃないでしょ」
「智子の、どこがか弱いのよ」
ユカは笑ってから、母からされた昨晩のお見合い話を切り出した。
「それでね、智子。夕べ実家に呼び出されて、お母さんが男に会わないかって」
「それって、お見合い?」
智子がびっくりという顔をする。
「まあ、そんなものかな」
「もちろんするんでしょ?」
「しないわよ」
ユカは首を振ってみせた。
「どうしてよ、もったいない。その相手、いい男かもしれないじゃない」
「あたし、お見合いで相手を決めるの、なんだか抵抗があって」
「それも出会いなのよ。男と女の出会いなんて神様のイタズラ、運命なんだから」
「そうなんだろうけど……」
出会いにも色々あるのはわかる。しかしユカは、それは目の前に仕立てられたものではなく、どこからか偶然に訪れるものだと思いたかった。
あの小寺との再会のように……。
「ゼイタク言ってると、お嫁に行き遅れちゃうんだから。気がついたときはおばあちゃんよ」
智子が美子と同じようなことを言う。
「それはそれでいいかなって。あたし、そう思ってるの」
自分はレールの上を走る電車ではない。母の敷くレールを走る気はさらさらなかった。そのためにも家を出て、こうして一人暮らしをしている。
「ユカのとこ神社だし。そんなユカの気持ち、わからなくもないけどね」
智子がうなずく。
大通りの信号を左折すると、小寺の待つ喫茶店アナグラが見えた。
小寺は今日も先に来て待ってくれていた。
席も前回と同じテーブルである。
ユカを見て、小寺が手招いて席を立ち上がる。
「前に話した、智子よ」
智子を前に押し出して、ユカは小寺に紹介した。
「糸永です。よろしくお願いします」
智子がしおらしく頭を下げる。
「小寺です。聞いてるとは思いますが、鈴部さんとは中学の同級生で、今はそこの中央署にいます」
今日の小寺は非番のせいか、ジーパンにTシャツ姿である。どこにでもいる若者風で、警察に勤める者のようには見えなかった。
「あのメモには感心させられました」
「そんな……」
智子が目を伏せて恐縮する。
「どうぞ」
小寺は席に着くようすすめてから自分も座り、「ここはオレがおごるから」と言って、二人の前にメニューをさし出した。
「話はあとにして、とりあえず先に食べない?」
おなかをすかした二人は当然のごとく大きくうなずいていた。
「うん、食べる」
「はい、いただきます」
ユカは前回の反省をふまえ、この日は食べがいのあるカツカレーを選んだ。
智子は明太子スパゲティ。
「水、もらってくる」
小寺が席を立ってカウンターに向かう。
「ねえ、スパゲティなんて珍しいじゃない?」
ユカは意地悪く耳打ちしてやった。
「今日はそんな気分なの。ねえ、それよりステキな人じゃない」
智子がひじでユカをつつく。
「どんな人だって思ってた?」
「刑事っていうから、ごっついオッサンをイメージしてた。それがあんなオトコマエで。それに背も高いしさあ」
「でしょ」
そこへ。
水の入った三人分のコップを両手ではさむようにして、小寺がテーブルにもどってきた。
「ありがとう。それであの絵、どうだった……果物ナイフはあった?」
ユカはさっそく聞いてみた。
「あったよ。でも、ないようにも見える」
「ないようにもって?」
「ちょうどそこのところに、血ノリがベットリついてたんでな」
「マスターの血ね」
「ああ。背の高さからして、ちょうどそこが首のあたりになるんだ。血液型も一致したよ」
「あのときあたし、どうして気がつかなかったんだろう?」
果物ナイフの消えたことに気づいたくらいだ。絵に血がついていたのなら、そのことにも気づいてよさそうなものである。
「当然なんだ。絵のことを調べるまで、オレたちも気づかなかったぐらいだからな」
「警察も?」
「血痕は乾いて黒っぽくなっていた。それがたまたま絵の背景の色とすごく似ていてね。ちらっと見ただけじゃ、血液だと判別できないんだ」
「そうだったの」
見まちがいや記憶ちがいではなかった。消えて見えたのはそれなりの理由があったのだ。
ハンドバッグからメモ帳を取り出し、ユカは事件のことをまとめたページを開いた。
「ねえ、智子。ダイイングメッセージじゃなかったんだ。たまたまだったのよ」
「あたしの推理ってそんなものよ」
智子は肩をすくめてから、小寺に向かって遠慮気味に話しかけた。
「少し、たずねてもいいですか?」
「どうぞ。答えられることは、できるだけ話すようにするから」
小寺が笑顔でうなずく。
「凶器の果物ナイフ、犯人の指紋が残ってなかったんですか?」
「指紋はついてたんだが、マスターのものしか検出されなかったんだ。なぜだかね」
「それって偽装工作、そうは考えられません?」
「もちろんあると思うよ。犯人が自分の指紋を消したあとで、被害者の手にナイフを握らせる。そういったことも考えられるからね。でもその前に、あそこが密室だったんでね」
「ですよね。いくらうまくやったって、外に出られなきゃ意味ないもの」
「あそこの鍵、被害者のポケットにあったんで、入るにはスペアキーを使うしかないんだ。ということは親しい間柄じゃないかと」
「マスターから鍵を渡される人って、そんなにいないでしょ。ねえ、お店で働いていた人は?」
ユカは聞いてみた。
「そこらに関しては、アルバイトも含め、今も捜査中なんだ」
小寺がメモを指さして続ける。
「この後半の部分だけどね。理由がわかったんで、あの絵は関係ないんじゃないかな。どう?」
「そうよね。塗りつぶされてもなく、差し替えられてもなかったんだから」
ユカはうなずいたが、女性の声――その疑問は残ったままだ。




