やるせない思い
ユカはメモの先を続けた。
「それでね、オカルトは声だけじゃないの。果物ナイフのこともあるの」
「凶器の?」
「ううん。肖像画の女性が手にしてた果物ナイフ。それが絵から消えてたの」
「じゃあ、この塗りつぶされてるって」
小寺がメモのその部分に目をやる。
「そう、上から塗りつぶされてたの。でも、絵がすり替えられてる可能性もあるし」
「だけど、よく気がついたな」
「話すと長くなるんだけど、声を聞いてレジを見たときね、まず肖像画の女性が目に入ったの。声も女性だったから。それがあとで、凶器がナイフだってことを知って、そのことに気がついたの」
「じゃあ、鈴部さん。前にもアップルに行って、その絵を見たことがあったんだな」
「うん、智子とね。絵のタイトルも、そのときに覚えていたの。それでね、智子にも聞いてみたら、やはり果物ナイフは描かれていたって」
「マスターが消したのか。それでダイイングメッセージなんだな」
「それは智子と推理したことだから、今はなんとも言えないの。そのあともね」
「なんとなくわかりかけてきたよ。もう一度、はじめから読み直してみるな」
小寺があらためてメモ帳と向き合う。
――よかった。
ユカは胸をなでおろす気分だった。
女性の声のこと、
絵の果物ナイフのこと。
小寺は真剣に受け止めてくれたみたいだ。
その小寺は、しばらくメモに見入ったあと、やおら顔を上げてうなずいた。
「だいぶわかってきたよ。でも鈴部さんたち、よくここまで調べたな。びっくりだよ」
「絵のことを調べれば、もっとわかると思うの」
「ああ、事実の範囲がしぼられるからな」
「ねえ、それで絵のこと調べてくれる?」
「もちろん、さっそく明日にでも」
「できたらね、宮山佳助という画廊のオーナーと、その妹さんのことも調べてほしいの。アップルとの関係がわかるかもしれないでしょ」
「調べてみるよ。だって、こっちは事実なんだろ。それでわかったことは報告する」
ユカが教えてくれるようお願いする前に、小寺は報告すると言ってくれた。
「いいの? 捜査結果をもらしても」
「このメモのことに限ってならな。お互い、情報交換ということで」
小寺が笑顔を作ってみせる。
「それでね、ひとつだけお願いがあるの」
ユカは胸の前で手を合わせて続けた。
「このメモのこと、ほかの人にはしゃべらないでほしいの。あたし、霊感があるって、だれにも知られたくないから」
「わかってるよ」
「ごめんね、わがままばかり言って」
「あやまることなんかないよ。オレには話してくれたんだから。それも昔の同級生というだけでな。こっちこそ礼を言わなきゃあ」
小寺が頭を下げる。
――それだけじゃないのに。
ユカは、はがゆく思った。
次も小寺と会っておしゃべりをする――そのこともおおいに期待をしていたのだ。
そんなユカの気持ちに……。
小寺は気づくふうもなく、ポケットから黒っぽい小型の手帳を取り出した。
「これ、写してもいい?」
「もちろんよ。でも、汚い字で見にくいでしょ」
「いや、女性らしいよ」
小寺が自分の手帳へと書きとり始める。
――女性らしいって、もちろん字のことよね。
ユカは心でぐちた。
五分ほどで、小寺は自分の手帳に写しとった。
「さっそく調べてみるよ」
「どれくらいかかりそう?」
「そうだな。人探しもあるから、最低三日は欲しいところだな」
「なら、わかるのは三日後ぐらいだね」
「約束はできないけど、どちらにしろ日曜日、ここでもう一度会ってくれないか。その日のオレ、勤務が非番なんだ」
「日曜ね。で、時間は?」
「昼の十二時にしようか。オレ、メシおごるから」
「ねえ、智子も連れてきていい? 彼女、あの絵のことを知りたがってるの」
「もちろんだよ。大切な情報提供者なんだからな」
小寺は快く承諾してくれた。
――じゃあ、小寺君にとっては、あたしも情報提供者の一人ってこと?
やるせない思いが胸にこみ上げる。
――だから言っただろ、そんなものだって。期待しない方がいいんだよ。
腹の虫がひさびさに顔を出した。
「じつはオレ……」
小寺が口に出しかけてやめる。
顔をうつむきかげんにして、なにかしら話しにくそうである。
「ねえ、なあに?」
「オレ……中学のとき、鈴部さんのことが好きだったんだ」
思いもしない告白であった。
――これって?
ユカはあたふたとした。
ドクパクドクパクといっせいに、心臓が鐘や太鼓を打ち鳴らし始める。
――ユカさん、また早やとちりかい。中学のときって言ってるじゃないか。
腹の虫が腹をかかえて笑う。
――そうなのよね。
落ちこむユカにかわって、ここぞとばかりに腹の虫がしゃしゃり出た。
「じゃあ、アイスもおごってくれる?」




