霊感の証明
チョコレートパフェが運ばれてきて、さっそく二人は甘いものに没頭することになった。
――でも……。
ふとユカは、いいしれぬ不安におそわれた。
どこにもやり場のないものが、追い払うことのできないものが、じわじわと胸の内に広がってゆく。
――どうしよう。
小寺に話すことがためらわれてきた。
捜査結果が霊感どおりとなったなら、自分の霊感が証明されることになる。霊感を持つ女、周囲はそんな好奇な目で自分を見るであろう。
そのやりきれぬ思いをまぎらわそうと、スプーンでチョコパフェをつついていたユカだったが、ついに思いあまって弱音をもらした。
「やっぱり話すのやめようかな」
「どうしたのよ、いきなり」
智子がチョコパフェから顔を上げる。
「怖くなってきたの。だってね、あたしの話どおりだったら、自分に霊感があるってこと、警察が証明するってことでしょ」
「いいじゃない。そんなこと関係なしに、ユカには霊感があるんだし。それに実際、正体不明の声を聞いてるんだからね」
「ちゃんと証明されるのがイヤなの。みんなに変な目で見られそうで」
事件は地元の新聞やテレビで大きく報道されているのだから、知らない者はいないのだ。
「そうだよね。そういうのって、あたしだってイヤだもん」
「でしょ」
「ユカのこと、変に言うヤツがいたら、あたしがぶんなぐってやるから」
「それ、気持ちだけいただくね」
「なんなら、これもどう?」
智子がおなかの脂肪をつかんでみせる。
「それは遠慮しとく」
ユカは笑ってから続けた。
「でも、智子に話してよかった。こんなことひとりじゃ、とても耐えられないもの」
「それって感謝してるのよね」
「もちろんよ」
「だったら次も、チョコパフェをおごること」
「いいけどダイエットは?」
「延期する」
「智子、ラクダからブタになっちゃいそう」
「砂漠を歩くブタかあ」
「それもラクダみたいに、でっかいブタね」
「わあー、想像できない」
「できる、できる。目の前にいるもん」
「もうー」
「じゃあ、本気でダイエットすることね」
ユカは声を出して笑った。
「ユカ、やっと元気が出たね」
「智子のおかげ」
「それで、小寺君に話す気になった?」
「うん。智子が調べてくれたこともあるしね」
それにだ。
小寺と会って、おしゃべりができる。
そのことは親友の智子にも、さすがに気恥かしくて口に出せなかったが……。
「そうなのよ。それは現実のことで、オカルトでもなんでもないんだから」
「だけど、もし犯人が霊だとしたら、警察の人はこまるよね。だって見えないんだもの。どうやって逮捕するんだろう?」
「そのときはユカが霊の声を聞いて、いどころを教えてあげればいいのよ」
「でも、手錠できなくてよ」
「なら、ユカが網で捕まえたら? 警察の人、感謝状をくれるわよ」
「いらない、そんなのお断り」
「報奨金なら?」
「全面協力」
二人は同時に吹き出して笑った。
笑い終わったところで、智子がいきなり顔の前で両手を合わせた。
「ねえ、紹介してほしいの」
「ダメよ。あたしだって、十年ぶりに会ったばかりなんだから」
「十年ぶり? だれよ、それ」
「だれって?」
「もしかして、小寺君って思ったの?」
「だって、さっき彼の話をしてたから」
「怪しいぞ、ユカ」
智子がいやらしくユカの顔をのぞきこむ。
「なんでもないって」
「まあ、いいでしょ」
「それで紹介って、だれのこと?」
「ユカのおばさんで、占い師の人。占ってもらいたいのよ、あたしの悩み」
「どうせ男のことでしょ」
「なんでわかるのよ?」
「智子の場合、悩みはそれしかないもん」
「ほかにもあるわよ」
「おなかの脂肪だ」
「失礼ね。でも、それも当たってる」
智子は笑ってから、いつになく神妙な顔になる。
「じつはね、お見合い話があるの」
「ウソ!」
「ほんとだってば。昨日の夜、おばさんが急に話を持ってきたのよ」
「智子、お見合いするの?」
「それを占ってもらおうかと。でね、相性が悪かったらしないつもり」
「そんな大事なこと、占いで決めちゃうわけ?」
「だって、出会いなんて運命なんだもの。占いでノーが出たら、その人とは運命の糸がつながってなかったのよ」
「智子らしいわね」
「お願い、おばさんに占ってもらいたいの。よく当たるって言ってたじゃない」
「あたしが紹介しなくたって、お店に行けば占ってもらえると思うけど」
「ユカも、いっしょに聞いてほしいのよ」
「あたしも?」
「ひとりで聞くの、怖いのよ。その瞬間、あたしの一生が決まるかもしれないんだもん」
「おおげさなんだから」
「ねっ、お願い」
「いいわよ。智子には、いつもお世話になってるからね。今晩、電話でおばさんに聞いてみてあげる」
「ありがとね」
智子にいつもの笑顔がもどった。
――運命の出会いか……。もしかしたら、あれって運命の出会い?
ユカは小寺を勝手に意識したのだった。




