肖像画の女性
――捜査にてこずっている。
ユカは小寺の言葉を思い出していた。
――智子がくれた情報もあるし。警察には、やっぱり話した方がいいのかしら?
いるはずのない女性の声を聞いたこと。
絵から果物ナイフが消えたこと。
こんなオカルト話は信じてもらえないだろう。
けれど……。
つぶれた画廊のこと。
姿を消したオーナーと、その妹のとつぜんの出現。
こうしたことは実際にあったことである。話せばもしかしたら、警察はそこらだけでも調べてくれるかもしれない。
アップルと画廊の関係。さらには新たな事実が判明することだって考えられる。
――小寺君なら……。
彼になら警察としてではなく、中学の同級生として話せるだろう。
それに会う口実にもなる。
なんでもいい、小寺はそう言っていた。
名刺をもらっているから、会って話そうと思えばいつでも連絡できる。
「あのねえ、智子」
「うん、なに?」
智子が食べる手を止める。
「この人ね、あたしの中学の同級生。今日ね、たまたま中央署で会ったの」
ユカは財布から名刺を出して見せた。
「あら、中央署の刑事さんなんだ」
「アップルの捜査班にいるって」
「ユカ、この人になら……」
「うん。同級生だったから話しやすいのかな、そう思ったの」
「だよね」
「それにね、さっきのことは事実でしょ。もしアップルと関係してたらと思って」
「調べるだけでも価値はありそうね」
「それで、なにかわかるかも」
「少なくても絵のことはわかるわ。果物ナイフが塗りつぶされているかはね」
「そうよね」
「ねえ、ユカ。あなたアップルに行って、その目で確かめてみない?」
「イヤだって!」
ユカは顔の前でおもいきり手を振った。
「ねっ、いっしょに行ってあげるから」
「ダメだって。あたし、あそこに近寄るのもイヤなんだから。それに勝手に入れないわよ」
「関係者以外立ち入り禁止だよね」
智子が肩をすくめてみせる。
「小寺君なら調べられるでしょ」
「そうだけど、その小寺君って、ユカの話を信じてくれそうなの?」
「わかんない、会って話してみないと」
「信じてくれなかったら?」
「それでも、絵のことだけは調べてもらうつもり。智子も知りたいでしょ」
「もちろんよ。でなきゃあ、ご飯がのどに通らないもん」
「通ってるじゃない」
「今は無理に無理して通してるの。だって、食べなきゃ死んじゃうもん」
「死なない。智子だったら一週間食べなくても、おなかの脂肪で生きていけそう」
「あたしって砂漠のラクダ?」
「まさにそれね」
「もうー」
「じゃあ、チョコパフェは抜きってことに」
「ダメよ、もう注文してるんだもん」
智子は笑ってから、話をアップルの絵のことにもどした。
「とにかく、今はあの絵なのよね」
「うん、まずそれね」
「ねえ、絵のことだけでも整理してみない? 小寺君に話すにしても、その方が話しやすいでしょ」
「じゃあ、思ってること話してみて。あたし、まとめるから」
ユカはペンをにぎってかまえた。
「順番に話すね。まずひとつ目だけど、果物ナイフが塗りつぶされていたケースね。これをアップルのマスターがやってたら、ダイイングメッセージってことになる」
「マスターがしてなかったら?」
「犯人がやったのよ」
「目的は?」
「もちろん捜査のかく乱」
「可能性は否定しないけど、それならもっと、だれもが気づきやすいようにしないかしら?」
「そうよね」
「でも、いちおうメモはしとくね」
ユカはこれまでのことをまとめていった。
一、塗りつぶされているケース
A、マスターが消した。ダイイングメッセージ(可能性あり)
B、犯人が消した。捜査のかく乱(可能性は薄い)
書き終わるのを待って、智子が続ける。
「ふたつ目は、手が加えられていないケースね。マスターかもしれないけど、だれかが絵を差し替えたってことになる」
「そうだとしたら、マスターが生きていたときにならない?」
「おそらくね」
「なんのために?」
「わかんない。でも今は、そこまでわからなくていいんじゃない。差し替えられてるって、まだ決まったわけじゃないんだから」
「そうよね」
「それより問題は、果物ナイフが消えているのに、塗りつぶしたあとがないときよ。だって、これってありえないことだもん」
「現実にはね」
「でも、ユカはあそこで声を聞いた。現実にいない女性の声をね」
「やっぱり霊の声?」
「そうとしか考えられないわよ」
智子が考え込むように黙り込んでしまった。




