画廊の名前
その日の仕事帰り。
ユカと智子は夕飯にと、街中にあるファミリーレストランに入った。
テーブルに着いたところで、さっそくもってユカはたずねた。問題の肖像画のことではなく、もちろんこれからなにを食べるかである。
「ねえ、なんにする?」
「和風ハンバーグ!」
「なら、あたしも」
「ライスは中盛、ダイエットを始めたから」
ライスが大盛でなく中盛。
これが智子にとってはダイエットらしい。
「また?」
「近ごろ、ちょっと太ってきたのよ」
「だよね」
「わかる?」
「だって、そのおなか三段腹よ」
「ううん、五段腹」
智子が笑って返す。
「じゃあ、せめて三段になるまで、がんばって続けることね」
ユカも笑ってから、テーブルにある呼びボタンを押した。
「今日はおごるね。智子にこのところ、いっぱい迷惑かけてるから」
「ほんと? ならあたし、チョコパフェも」
「ねえ、ダイエットは?」
「明日からにする」
「チョーシいいんだから」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
店員がオーダーをとりにやってくる。
当然のことながら、ユカもチョコレートパフェを注文したのだった。
「どう、なにかわかった?」
「うん、少しだけどね」
智子がバッグから小型のダイアリーを取り出し、メモをしたページを開く。
「マスターのことだけど、名前はイシイシゲル。イシイは普通の石井。シゲルの字は草カンムリの茂。三十七歳の独身で、住所は喫茶店と同じ」
「じゃあ、あそこに住んでたんだ」
「店の奥が住居になってるみたいよ。狭いんだろうけどね」
「でも、独りなら十分よね」
「問題は画廊の名前。なんと林檎だったの。漢字の林檎なんだけど」
「英語にしたらアップルね」
「そうなのよ。だからマスターとは、やはりなんらかの関係があったんじゃないかしら。絵のタイトルもリンゴをむく女だしね」
「アップルだから林檎の絵を買って飾ったのか、買った絵から名前をとってアップルにしたのか、たぶんそのどちらかよね」
「だよね。それでね、画廊のオーナー、ミヤヤマケイスケっていうの」
「ミヤヤマ?」
ユカはダイアリーをのぞきこんだ。
「うん、お宮の宮に山って書くんだけど」
なぜか今日は、小寺といい宮山といい、寺や神社にまつわる名前に遭遇する。
――これもなにかのお導きかも?
ふと、小寺の顔が思い浮かんだ。
その小寺には、昔の面影はみじんも残っていなかった。ユカ好みのオトコマエだったのである。
「で、ケイスケのケイはニンベンに土ふたつ。スケはスケベエの助。年齢はマスターと同じ三十七歳」
「待って、メモするから」
ユカはバッグからメモ帳とペンを取り出した。
それまで聞いたことを順番に書きつらねていく。
○マスターの名前は石井茂。三十七歳の独身
○画廊の名前は林檎(英語でアップル)
○絵のタイトルとリンゴという部分が共通
○オーナーの名前は宮山佳助(三十七歳)
メモは箇条書きにして、あとになって見てもわかりやすいようにした。
「いいわよ、続けて」
「それで、その画廊。閉められる前の数カ月、家賃を滞納してるの」
「うまくいかなかったのね、経営が」
「うん、つぶれちゃったみたい。そのあと送った未納通知書、みんな返送されてるから、オーナー、姿をくらましたみたいね」
「所在がわからないんじゃ、あの絵のことは聞けないわね」
「それがひと月ほど前、未納の家賃のことで相談者が窓口に来てたのよ。ファイルの中身を見るまで、あたしも知らなかったんだけどね」
「どんな人?」
「担当者に聞いたんだけど、それがよく覚えてなくてね。ただ三十代の女性だったって」
「その人、わざわざ相談に来るぐらいだから、オーナーとは親しい間柄なんでしょ」
「うん、妹さんだったって。たしかね、名前はメグミだったはず……」
智子がメモを見て確認する。
「うん、まちがいない。宮山メグミさん」
「それで妹さん、家賃を払ったの?」
「とりあえず滞納分の半分をね」
「妹さん、アップルと関係あるのかしら?」
「どうかしらね」
智子が小首をかしげてみせる。
「メモするから、待って」
ユカはメモの続きを書き進めた。
○家賃に数カ月の滞納あり(閉まる直前)
○オーナーは行方不明
○妹が滞納分の半分を支払う(三月のはじめ)
○妹の名前は宮山メグミ(三十代)
書き終わって、ユカは顔を上げた。
「こんなものかしら?」
「うん、それぐらいだね」
智子がうなずく。
そこへ――。
和風ハンバーグが運ばれてきた。
鉄板の上でジュージューと音をたて、さあ食べてくださいな――そう叫んでいる。
「先に食べようか」
ユカはさっそくフォークを手に取った。
「賛成。おなかがすくとね、あたしの優秀な頭脳、腹を立ててストライキ起こすの」
智子が笑ってみせる。
「あたしも」
ユカも笑って返した。
胃袋の怒りを鎮めるために、二人はしばらく食べることに専念した。
これでおそらく、いい考えも浮かぶはずである。




