第1部第1章『こよみ』
待ち合わせ場所を間違えたのか?
航はリュックの脇ポケットに突っ込んでいたスマホを、腕を後ろに廻して取り出すと、電話帳を開いて慌ただしく友人に電話を掛けた。
呼び出し音が3度鳴った所で通話が繋がる気配に航は勢い込んでまくしたてた。
「わりい、ちょっと遅れた。電車一本掴まえ損ねてさ。今何処?すぐ行くからさー」
だが返事を待つ航の耳に飛び込んできたのは生憎聞きなれた悪友のだみ声ではなかった。
「もしもし?どちらにお掛けでしょうか?」
鈴の鳴るような柔らかな声に航の思考が止まった。
(間違い電話しちまったか?)
血の気の引くような思いが一瞬掠めたが、航は思い直す。
登録済みの番号を押したのだ、間違える筈がない。
航は改めてスマホを耳に充てると問い返した。
「冗談はやめてくれる?雄太郎出してよ。って言うか君誰?」
親友のいたずらかと思った航は電話の向こうの少女に詰問したが、電話口の少女の返事は航の期待したようなものでは無かった。
「失礼ですが番号をお間違いではないでしょうか?こちら東条宅で御座いますが」
駅を出て秋葉原の通りを前にして、電話の少女のえらく慇懃な物言いに、航はこのままこの通話を続けていいものか迷った。
「もしもし……もしもし……」
手にかざしたスマホから少女の呼びかけが小さく聞こえていた。