不登校の彼女
私の父は高校の教員であった。
かつて、T高校の担任を引き受けた時、三年生になって、不登校になってしまった女生徒がいた。
あまりにも突然だったため、父は戸惑い、電話してみたが、電話に出てくれない。
家庭訪問をしても、不在のようだったという。
それには、必ず事情があると父は考え、彼女の友人に尋ねても、知らないの一点張りだった。
不登校の彼女は父に促され、何度か学校に来たが、ひどく痩せてやつれた様子だったという。
中間テストは何とか切り抜けたが、最後の期末試験に彼女は学校に来なかった。このままだと、卒業できない。
父は東奔西走して、彼女に試験を何とか受けさせ、何度も同僚に頭を下げて、卒業式の前の日まで土下座をして、何とか彼女を卒業まで指導し続けたという。
そして、それから二十年経って、ある日、彼女と偶然再会することが出来、その時の事情を父は知った。
あの時、自分の母親の更年期障害が酷くなり、重いうつ病を患い、湖に入って死のうとしたそうだ。
「お母さんしなないで。」思春期の彼女は、制服のまま母の後を追いかけ、湖に飛び込んだ。
必死で母を助け出し、それからの日々は、母を抱きしめ、背中をさすり続けていたという。
「Mちゃん遊ぼう。」「Mちゃん学校へ行こう。」友達に何度も声をかけられたが、涙をこらえながら、彼女は無言のままだったという。
うとうとしていると、ふと母はどこかへ行ってしまう。
母子家庭の彼女は、母親を守るのに不眠不休だったに違いない。
若かった彼女は、どんなに友達に会いたかっただろう。学校に行きたかっただろう。と私は父の話を聞いて考えた。
私は生徒を信じぬいて卒業させた私の父と、母を守り抜いた不登校の彼女を尊敬している。