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こうかい日誌 上巻  作者: A.I.
1日目
4/99

切離

湿り気を帯びた声。

吐息のような囁き。

腹の底に響くような発動機の作動音は、低く大きく他の全てを飲み込んでいく。

けれど、お互いはお互いにだけ届いた。

それが確かに伝わった。

ただの物陰は二人だけの密室になり、昂る気持ちをぶつけ合い、求めあう。

発動機の刻む律動は、やがて二人を導いた。

思考が鈍り、想いが膨らむ。

それぞれがそれぞれの求めるモノに夢中になると、間もなく弾けた。

発動機は刻み続ける。

それは二人だけのものだった。


「先、行くから。」


唯智花の声には鋭さがあった。

応じるように跳ねた伸一は、そそくさと上体を起こして向き直る。

どう見てもまだ惚けている。


「あ…うん。」


返す応えは鈍かった。


「私、ここの人じゃないし。」


唯智花は既に身支度を終えていた。

なにかを振り切るように立ち上がると、視線すら寄越さず通路を降り始めた。


「唯智花!」


名を呼ばれ立ち止まる。

それは期待。


「…また、後でな!」


それは失望。

結局、ついぞ振り返ることなく、伸一の呼びかけに応える事も無かった。

伸一は決して朴念仁ではない。

掛けたい言葉はいくらもあった。

けれど、それ以上の迷いがあった。


実習を終えて部屋に戻る途中、警報が鳴った。

その時、たまたま唯智花が居た。

何故いるのか等どうでも良かった。

私的な時間も空間も限られた中で、会いたいという想いが募っていたから。

だから、手を伸ばした。

精神的にも肉体的にも負荷の高い状況が続いていた。

ふたりとも鬱屈していた。

歯止めはどこかに置き忘れてきた。

それはどちらのせいでもない。

けれど、どちらも間違った。

言い訳がしたいのではない。

けれど謝るのは違うと思った。

だから、言葉が出なかった。

ただ、一つだけ後悔している。

それは、ここが思い出の場所になってしまった事。

そこだけは、取り返さなければいけないと、そう決心した。

その時だった。


「へ!?」

揺れてる!?

んな馬鹿な…つーかこれ、普通じゃねぇ!

「唯智花!」


着のみ着のままで駆け出す伸一。

その眼前で、隔壁が下りる。

この向こうに唯智花が居る。

その焦りが手元を狂わせる。


開けよ…くそっ。

「おい!唯智花!唯智花!?」


もはや精密な操作など出来ないと悟った伸一は、がむしゃらに壁を叩き始めた。

けれど、1気圧を優に耐える鉄壁が、人の力でどうなるはずもない。


「唯智花!おい!唯智花!」


鈍い衝撃音と伸一の叫びだけが木霊する。

伸一。

声が聴こえた気がした

舷窓を覗き込む。

そこには求めていた顔があった。

何事か叫んでいる。

伸一も叫ぶ。

そして。

唯智花は遠ざかって行った。

短い衝撃達と耳を劈く轟音と共に。

暗い底へ向かって。


「いちかぁぁあ!」


発動機は刻み続ける。

まるで何事も無かったかのように。


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