険悪
上げて下げる。
振れ幅大きな出来事が重なると、人はより強くストレスを感じらしい。
ふっざけんな。
なんだよ、これ、訓練と違いすぎるだろ。
つか、こんな時に限って一人とか。
まぁゆっくり眠れたんだけどさ…
じゃなくて、なんか説明とかない訳?
取り合えず集まれとか無茶苦茶じゃね?
だいたいさ…あれ?
葵恒はお気に入りを見かけて足を止めた。
体格の良すぎる教官連中の中で、ただ一人シュっとした文学系。
特にどうという事は無いが、眺める分には癒しだった。
それは今まさに葵恒が求めていたもの。
「うん、大丈夫そう。」
声を掛けるのは何か違うので、物陰から見守る。
「私は、こちらのようだ。」
「私、あっちみたいです。」
「そうか。それじゃ、気を付けて。視野を広く持って、落下物や転倒物を警戒するんだよ?あと、走らないように。こういう時こそ、」
「大丈夫ですから。先生こそ、お気をつけて。」
見たことのある顔。
華枉黒冬子。
たいそうな名前に、準士というたいそうな肩書。
その上淑やかとくれば、鼻につくのも仕方がない。
そいつが今、癒しの時間をぶち壊していった。
何あれ?
気色の悪い声出しちゃって、嬉しそうに。
そういえば、先生はあいつの面倒見で乗ったんだっけか。
世の中不公平だよね。
少し特殊な経緯で今回の実習から合流した「面倒な子」。
それゆえに、専属でケアする教官が同行する。
葵恒からすれば、逆に、お気に入りについて回るたんこぶなのだが、いずれにせよ、まさに腫物だった。
それは、平時であれば、ただ疎ましく思うにとどまる。
しかし、今は全てにおいて間が悪かった。
忌避が、嫌悪にかわる。
「あ…えっと、」
先生は離れていった。
互いが互いの視界に入った時、黒冬子から口を開いた。
しかし、
「華枉さん、だっけ?」
葵恒はそれを無視した。
先程までとは打って変わって弱弱しい声が癪に障ったのだ。
不快感を隠そうともせず、畳みかける。
「お前も、機関部だったっけ?」
威圧的な言い様に気圧され、伏し目がちになる黒冬子。
それが余計に葵恒の琴線を逆撫でした。
「はい。あの、失礼ですが、」
「ここに来いって言われたの?」
お前の話など聞く気は無いとばかりに地図が示される。
もはや取り付く島などなく、黒冬子は黙ってうなずくしか出来ない。
「そう。」
言うが早いか、背を向けて歩き出す葵恒。
遅れて後を付いていく形になる黒冬子。
二人の間に言葉が交わされることは無かった。