朝使 樹
警報。
文字通り、警戒するよう報せるもの。
それは通常、何に、どのように、といった補足のアナウンスを伴う。
それが先程鳴り響いた。
予め決められていた手順に則って、僕たちは船外作業用の防護服を着用し、不意の衝撃に備えて体を椅子に固定した。
それから、かれこれ10分は経っただろうか。
ただの一度も、船内放送はおろか、連絡網へのメッセージすらない。
僕は確かに門外漢だ。
出来る事といえば、避難誘導位だろうし、それだって正式な訓練を受けたわけではない。
だとしても、名目上は職員待遇なのだし、少なくとも子供たちを預かる側の一員なのだから、もう少し状況を共有してくれてもいいのではないだろうか。
そんな子供じみた不満ばかり募っていく。
ふと視線を上げると、そこには預かった子供の一人が眉間をすぼめて俯いていた。
我に返る。
自らの職責を戒めた。
私は、先生なのだから。
「眉間にしわが出来ちゃうぞ?」
手振り付きで軽口を叩く。
嫌そうな顔でこちらを見返す少女。
どうやら、上手く茶化せたようだ。
しかし、すぐにはにかむ。
どうやら、こちらの意図は筒抜けてしまったらしい。
相変わらず聡い子だ、と思った。
「背中が痛くなってきたんです。早く解放して欲しいなぁ。」
わざとらしくため息までついてみせる。
それは計算高さなのかもしれないが、無邪気さにも見えた。
それから暫くは取り留めの無い会話を続けた。
けれど、流石に話題が尽きる。
どうしたものかと思案を始めた折、ようやっと端末に連絡が入った。
今更か。
多少仄暗いものもあるが、これで身動きが取れると思えば我慢できた。
けれど。
見れば彼女もメッセージを受け取ったようだ。
緊急時の私信は禁止されている。
もしくは業務連絡か?
鎌首を擡げようとする赤や黒を抑え込み、浅く息を吐く。
彼女を信じる事にした。
一呼吸おいてから、尋ねる。
「何か、指示を受けたのかい?」
「はい、集合するように、と…猫の手も借りたいのでしょうか?」
安堵と共に苛立ちを覚える。
彼女は準士であり、いわば専門家だ。
このような状況では、僕などより余程役に立てるのだろう。
子供相手に嫉妬する等惨めな事この上ないが、それでも常々思ってしまう。
この子たちの有望さ。
その、前途洋々たるや。
意識して、深呼吸をした。
「私には良くわからないけれど、」
話していれば、私を取り戻せる。
「君たちの知識と技術は一任前だからね。現場の人達もそう思ってるんじゃない?」
この子は、私の心持ちに敏感だ。
今は、諸々の不満を不安と捉えているのだろう。
私の顔を覗き込んでいる。
腐っている場合ではない。
「さぁ、準備をしよう。詳細がわからないままだから、十分に警戒しないとね。」
私が私である為に、彼女の模範であり続けよう。