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オロチ綺譚

宝玉綺譚

作者: かなこ

シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。

 スイリスタル太陽系へ向かう途中、オロチは補給の為に最寄りの惑星を探した。

 新オロチの燃費はよく、レーザーもプレ・ロデア砲もミサイルに至るまで積載量は軍艦に並ぶが、肝心の搭乗員の食料がそう大量には積み込めない。

 正確に言えば積み込む事は可能だが、料理人の菊池が栄養価重視の無機質的な宇宙食をよく思っておらず、できるだけ新鮮な食材で調理をする事を好むため、わざと積み込まないのだ。

 オロチクルーは菊池の食事の質に慣れてしまっているので特に文句も言わず、こまめな食材補給を心がけている。

「ここから1番近くてそれなりの食材を揃えられるとなると、新世206号かな」

「しんせ?」

 宵待はキャプテンシートを見上げた。それなりに毎日勉強しているものの、まだまだ知識が追いつかない。

「新世ってのは、開発中の惑星の事だ」

 南は笑って宵待のシートを見下ろした。

「宇宙では毎日のようにあちこちで星が消滅している。そこに住民がいれば移民が出るわけだな。その移民を受け入れる為に、中央管理局が用意している惑星だ」

「移住するって事かい?」

 南はうなずいた。

「惑星ごとの移住となれば、コロニーじゃあ間に合わない。だから惑星丸ごと与えられるんだ」

 へぇ、と感心する宵待に、小さく意地悪げに笑ったのは北斗だった。

「中央管理局の保険に加入している惑星に限るけどね。それも高額なものに加入していないとろくな惑星を与えられない」

「だな。恒星からえらい離れた場所や、生命体が確認されていない太陽系なんかに飛ばされる事もあるぜ」

 北斗と柊の補足に宵待は苦笑した。宇宙の全管理を行っている中央管理局ですら、やはり基本はお金なのだ。

「用意のいい惑星なんぞは先に近場に居住可能な惑星を見つけとくんやけど、太陽系ごと吹っ飛んでまえば近場やったら一緒にのうなってまうやろ」

 笹鳴が自分のシートから更に補足する。

「これから行く新世206号のデータを出すよ」

 菊池の言葉とともに、メインモニタの端に小さなモニタが立ち上がった。

「新世206号。元トリオから移民して来た人達が住んでる。王政で農耕民族。性格は温和で勤勉。特産物は今のところこれと言ったものはないけど、自給率は高いよ。現在は特に交戦中の惑星もなし。移住したのは今から300年ほど前」

 菊池が読み上げると、南は黙ってうなずいた。

「商売で上陸するんじゃないから特産物は関係ないだろう。自給率が高いなら、そこそこいいものも入手できるんじゃないのか?」

「だといいね」

 菊池は笑った。そのひざにはクラゲが寝そべってうたた寝をしている。

「ならそこへ向かおう。北斗、進路を新世206号に」

「了解」

 オロチは進路をやや変更した。

「北斗、到着時間は?」

「約200時間ってトコっス、船長」

 200時間と聞いて、柊は自分のシートで伸びをした。海賊などの襲撃がないのはありがたいが、そろそろ退屈でヒマを持て余している。

「オーパイでいけるだろ。俺ちょっと小型戦闘機のメンテして来る」

「着陸するまで帰って来なくていいよ」

「死ね北斗」

 悪態をついた柊がブリッジを出て行きかけた時、菊池が急に変な声を上げた。

「あれ?」

 それきり黙り込み、うなっている。

「どうした? 朱己」

「うん……」

 どうせヒマ潰しだったので柊はあっさりとメンテナンスを放り出し、菊池のモニタを覗き込んだ。

「何か変な事でもあるのか?」

「うん、ほら、ここ」

 菊池の細い指は3D映像を指していた。

「これって生命反応じゃない?」

 柊は小さなランプを注視した。確かに何らかの生命が存在している表示だ。

「宇宙船でもいるんじゃねぇの?」

「にしては、全然動かないんだ。反応も弱いし」

「停止しているとか」

「こんなところで?」

 柊が改めてランプ周囲を注意してみると、確かに不自然な場所だった。惑星も衛星もない上、UNIONの航路から外れている。

「難破船かなぁ。どう思う? しぐれ」

「うーん……にしても、こんなトコで? って感じだな。新種の生命体か?」

 ぶつぶつ話し合っている2人を、南はひょいと覗き込んだ。

「おい、そこで2人で話してないで、メインモニタに出せ」

「はーい」

 菊池はモニタをメインへ切り替えた。

 小さな光は確かに生命体を表すものだが、こんな所に居住可能な惑星はないし、もし宇宙船だったとしても救援信号を出していないのはおかしい位置だ。生命反応自体もこの新型オロチでなければ拾えないほど微弱なものだった。

「朱己、ESP能力でわからへんの?」

「俺のはサイコキネシスだけだもん。クレヤボヤンス能力はないよ。宵待は?」

「俺のはESPじゃないから、全然違うよ」

 全員がモニタを眺めてうなる中、南が小さくため息を吐いた。

「一応確認してみるか。救援システムが故障している難破船、という事もあり得るしな」

 宇宙航法規約違反にもなるので南が視線を向けると、北斗は黙ってうなずいて進路を変更した。距離的にはそれほど離れていない。

 この辺りには恒星がなく真っ暗だった為、オロチはモニタを頼りに進んだ。幸い船体を傷つけるような隕石はなく、北斗は難なく目的の地点へ到着した。

「このあたりのはずだけど」

「暗くてよく見えねぇな」

 360度視野のあるモニタを覗き込んでいた柊がうなる。

「……おかしいな」

 南は両腕を組んだ。見渡す限り本当に何もない。ただの真っ暗な宇宙空間が広がっているだけだ。

「もし宇宙船であれば側翼灯か何かが灯っているか、海賊船でなければ固有の電波を発しているはずだが」

 仮にステルス機能を使っているのだとしても、それなら生命反応だって隠されているはずだ。

「笹鳴、感知システムを増幅してくれ」

「了解」

 笹鳴が操作すると、途端に間近にはっきりと生命反応が確認できた。

「まさか宇宙空間をからだ一つで漂ってる訳やないやろな。宵待、分析してんか」

「了解。少し時間がかかります」

 宇宙に無数に確認されている生命体と、生命反応にあるバイタルサインを照合するにはかなりの時間がかかる。

「……宇宙空間での生息可能生物……合致パターンなし……近隣惑星との合致パターンなし……」

 1つ1つクリアする度に丁寧に報告する宵待の声だけがブリッジに響く。

 柊があくびをかみ殺した時、クラゲが目を覚ました。

「きゅう?」

「おはようクラゲ。残念だけど、まだ惑星には到着してないんだ」

 菊池に頭を撫でられて目を細めていたクラゲは、やがて不思議そうにきょろきょろと周囲を見回した。

「きゅお?」

「え? 誰もいないよ? って、クラゲ、何かわかるの?」

 クルー全員がクラゲを見た。何せこのクラゲは正体が何もわかっていない。菊池の力を制御できたりする不思議な生物だ。

「お前の仲間でもいるのか?」

 柊の問いに、クラゲはぶんぶんと首を左右に振った。そして触手を2本重ねて頬に添え、首を傾げた。

「あ? 寝るポーズ? まだ眠いのかお前」

「違う」

 真っ先に気付いたのは南だった。

「冷凍睡眠だ。誰かが冷凍睡眠状態でこの近くに漂っているんだ」

 宵待ははっとして探知システムの状況設定を切り替えた。

「合致パターンありました! 意識レベルマイナス3、冷凍睡眠状態です!」

「回収するぞ! ありったけの照明を点せ!」

「了解」

 オロチはその美しい船体が闇に浮かび上がらせ、すべての照明で周囲を照らし出した。



「こら時間かかるで」

 笹鳴は、医務室に運び込まれたカプセルを眺めた。

「健康体やったんが幸いやけど、せいぜい1日に2度までしか体温は上げられへん。意識を取り戻すんに10日はかかるわ」

 南が隣でうなずいた。心拍数は1時間に1回。急激に目覚めさせればいくら健康体でも保たないだろう。

「北斗は何て言うとんねん」

「このカプセルを運んでいた宇宙船が不測の事態に巻き込まれ、カプセルだけが宇宙空間に放り出された可能性が高いと」

「俺達が通りかからんかったらと思うと恐ろしいわ。覚醒システムがセットされとるさかい、作動すれば目が覚めとったで」

「宇宙を漂うカプセルの中でか?」

「普通は発狂するで」

 南は神妙な顔でうなずいた。

 カプセルの中で眠っているのは、まだ10代半ばの少女だった。身分の高い証拠に豪華な衣装と宝石を身にまとい、長い髪は三つ編みにされている。

「最低限のシステムは搭載されとるカプセルや。放っておいても10日後には目覚めるやろ。どないしはる? 南」

「そうだな……。カプセルに何か素性がわかる事はないか?」

「エンテン星製造って事しかわからへん」

「あそこの機材を揃えられるとなると、それなりの惑星って事だな。覚醒はいつにセットされていた?」

「三ヶ月後や。ちなみにスリープに入ったんはつい最近やな。10日前や」

「10日……」

 最も近い惑星は新世206号だが、ワープ航路を使えば10日もあればかなりの広範囲からここへ到着する事ができる。距離での身元確認は不可能そうだ。

「せめていつ頃トラブルに巻き込まれたのかがわかればな……」

「そら無理や。周囲に機体の破片はなかったさかい、昨日今日やない事はわかるけどな。UNIONの航路からも外れとるし、データはないやろ」

 南はしばし考え込んでいたが、やがて小さく首を振った。

「どのみち目を覚ましてもらって事情を聞くしかない。頼めるか? 笹鳴」

「任せとき」

 笹鳴はにやりと笑った。



「どうだった? 船長」

 ブリッジに戻った途端、菊池が不安げに尋ねて来たので、南は笹鳴との会話を繰り返した。

「そうか……。実は船長、北斗が何か情報を掴んだみたいなんだ」

 南は操縦席に視線を向けた。

「報告しろ」

 北斗は気怠げに振り向いた。

「新世206号にトラブル発生っス」

 南は黙って先を促した。

「海賊による襲撃というのが直接的な被害のようだけど、軍の通信を傍受したところによると新世206号の軍部によるクーデターみたいっスね」

「お前また軍の通信を傍受したのか……クーデター側が海賊と手を組んだという事か?」

 北斗はうなずいた。

「防衛静止衛星を占拠、軍事衛星システムに侵入して、照準を王宮に定めているらしいっスよ」

 南は大きくため息を吐いた。

「食材補給は諦めた方がよさそうだな……他に近くに惑星はあるか?」

「ない事はないけど、補給できるかどうか怪しいっス」

 南は更に大きくため息を吐いた。

「参ったな。菊池、スイリスタルまで保ちそうか?」

「うーん……頑張れば何とかなるけど、お米は底をつくだろうから、パンか麺で我慢して」

 途端に北斗が仏頂面になった。

「そんな顔すんなよ。加工米はあるから、リゾットやチャーハンは作れると思うよ」

 でも炊きたて白米はちょっと無理、と言われて、北斗はこれ以上ないほど顔をしかめた。

「わがまま言いなや、北斗。宇宙食やないだけマシやろ」

「……あんなもの、家畜の飼料だよ」

 やる気をなくしたとばかりに、北斗は操縦シートにずるずると寄りかかった。

「俺もやる気ダウン。どうしてもっとたくさん買っとかなかったんだよ、朱己」

「仕方ないだろ。最近お米がある惑星に寄ってないんだから」

 菊池が唇を尖らせてうつむいた。

「元気出して、菊池。俺は菊池の作るものなら何でも美味しいと思うよ」

 宵待は身体をねじって菊池に声をかけた。宵待と菊池の席はちょうど背中合わせになっており、進行方向へ側面を向けた形で座っている。この一見不自然な配置には、理由があった。

「ありがとう宵待……!」

 目を潤ませて顔を上げた菊池に笑みを見せてから、宵待は南を見上げた。

「船長、新世206号を助ける事はできないのか?」

 南は小さくうなり、両腕を組んだ。

「俺達にその権限はないだろう。せいぜいUNIONなり中央管理局なりに報告する程度だが、銀河海軍が知っているとなると、それも杞憂だろうな」

 残念そうにうつむく宵待へ、笹鳴が苦笑気味に笑った。

「宵待、海賊と手ぇ組んだからって、クーデターを起こした側が悪とは限らへんのやで。王の圧政に苦しんだ民が立ち上がる事もあるやろ」

「笹鳴の言う通りだ。ろくに知りもしない俺達が介入していい問題じゃない」

 南と笹鳴2人の説得に、宵待は深くうなずいた。ヨナガ星の時とは訳が違う。

「菊池、新世206号以外の補給基地を探してくれ」

「了解。コースオデッセイに戻ります」

「ついでに医療施設のある惑星も探してくれ。男所帯で眠れる美少女をいつまでも運ぶわけにはいかないだろう」

 南はキャプテンシートへ戻ってため息を吐いた。

 どうにも自分はこういうトラブルを拾ってしまう傾向がある。そのせいで質のいいクルーや知り合いもできたが、そろそろ落ち着きたい。

 しかしそんな南の思いなど無視して、北斗が胸をえぐる言葉を放った。

「アラート!」

 南に瞬間的にスイッチが入った。

「全員戦闘態勢! 宵待、数と種類は?」

「合致パターンなし、海賊です! 数18!」

「菊池、プレ・ロデア砲用意! 笹鳴はSシールド準備! 柊!」

「了解っス!」

 柊は足下の可動式のペダルを蹴飛ばしながらゴーグルをかぶった。

「無駄弾を使いたくない。北斗、できるだけ振り切れ!」

「了解」

 敵数が18なら、これまでの戦闘を考えてもそれほど困難な数ではない。

 北斗は表情も変えず操縦桿を握り直した。この数なら柊に頼むまでもなく、操縦しながらだって撃ち落とせる数だ。

「自動照準システムオーバー、クラスC!」

 笹鳴が叫ぶ。その時、菊池も叫んだ。

「海賊船より通信! こちらを呼び出しています!」

 ブリッジに緊張が走った。

「宵待、菊池」

「「了解」」

 菊池と宵待はシートを90度回転させた。これで宵待のシートはカメラのあるブリッジ正面からは死角となり、菊池しか映らなくなる。海賊との通信が必要になった場合を考えた改造だった。宵待の存在は広く知られているものの、わざわざこれ以上の情報を与えてやる必要はない。

『……こちら宇宙船リキューエール号。オロチ号、応答願います』

「回線を繋げ」

 菊池がモニタへ繋ぐと、見るからに海賊の雰囲気を漂わせたならずもの達が映った。

「こちらオロチ、船長の南だ。何の用だ?」

 南はカメラを睨んだ。

『戦闘の意思はない。訊きたい事がある』

「答えるとは限らないが、一応聞こう」

 モニタの向こうで、海賊達の笑い声が起こった。

『さすが、1度は全宇宙の海賊を敵に回しただけはあるな、たいした度胸だ。オボロヅキ人が見当たらねぇが、隠したか?』

「用がないなら攻撃させてもらう」

『待て待て』

 海賊は慌てたように手のひらを広げた。

『お前達と一戦交えるほど馬鹿じゃねぇ。ここで小型宇宙船を見なかったか?』

「いや」

『本当か? 淡いブルーの旧クリネクス型の船だ』

「しつこい」

 海賊達はしばし黙った。南が嘘を言っているかどうか、探っているようだった。

「船長、めんどくせぇからやっちまおうぜ」

 ゴーグルをしたままの柊が舌なめずりをした。

「今ならばっちり録画システムも作動してるしさ。こんな連中でも、海軍に突き出せばはした金くらいにはなるんじゃねぇの?」

「賛成。1分で片付けるよ」

 北斗も挑戦的な笑みを浮かべた。

『ま、待て、わかった。もし見つけたら教えてくれ。海軍よりはマシな礼を出そう』

「気が向いたらな」

 南は一方的に通信を切った。

「船長……」

 シートを直しながら宵待が見上げると、南は大きく息を吐いてシートに寄りかかった。

「こんなところをそうそう船が通る訳がない。さっきのカプセルは連中が探しているものに関わると思って間違いないだろう」

「女の子が眠ってたってやつかい?」

 南はうなずいた。

「さっきの連中は距離的に考えて新世206号のクーデターに加担している海賊だろうな。とすれば、あの少女は新世206号のお偉いさん関係者って事になる」

「もっとはっきり言ったら?」

 北斗は帽子の下から南を見上げて笑った。

「多分、あのカプセルの人間は新世206号の王族だって」

「先入観は禁物だ。北斗、もう少し情報を集められるか?」

「軍の通信を傍受をしてもいいならね」

「仕方ない、許可する。バレないようにしろよ」

「了解」

 北斗はにやりと笑うと、モニタに向かった。



「船長、真っ直ぐスイリスタルへ向かった方が早いよ」

 菊池はため息を吐いた。最寄りの食材補充惑星を探していたのだが、売ってくれそうな惑星は見つからなかった。

「北斗の言う通りある事はあるんだけど、翻訳のきかない未開の地だったり、宗教的に異星人の受け入れを拒否してたり、UNION加盟船じゃないと入港許可が下りなかったりするんだ」

 南は肘をついてため息をこぼした。

「……できればここから離れたくないんだがなぁ」

「でも、いつまでもとどまっていたらさっきの海賊に不審に思われるよ」

 南は肩を落とした。あの少女の為にはあまりここを離れたくはないが、情報収集という名目でとどまるのもそろそろ限界だろう。

「仕方ない。進路変更、スイリスタルへ向かってくれ」

「……へーい」

 北斗がいやいや進路をセットした。和食好きの北斗にとって米は基本食だ。それがないとなると、かなりやる気が落ちる。

 オロチはゆっくりと進路を変更し、機首を上げた。

「北斗、俺頑張って何とか美味しいもの作るから、機嫌直してくれよ」

「……別に、機嫌悪い訳じゃないけど」

 行くと決まれば早い方がいい。北斗はエンジンを全開にした。

「進路スイリスタル、コースオデッセイ、エンジンローダーMAX」

 発進、と北斗が言いかけた時だった。オロチのレーダーが何かを捕らえた。

「宵待、何があった?」

「何かの爆発のようです」

 宵待はあちこちのスイッチを入れて分析に乗り出した。操行補佐は全面的に菊池に任せ、今の宵待の仕事は知識を増やす事も兼ねた分析分野だ。

「原因判明。新世206号の静止衛星が爆破されたようです」

「はぁ?」

 柊がメインモニタの端に写された結果を見て声を上げた。

「おいおいおい、人がいたんじゃねぇの? 防衛用静止衛星?」

「おそらく」

 宵待はキーボードを叩いた。

「北斗の情報によると、小規模ながら防衛用静止衛星だったようです。クーデター側は防衛用静止衛星の職員を人質にとり、政府相手に交渉していた模様」

 南は腕組みをした。

「クーデター側の出した条件を政府が飲まなかった。その見せしめってところか……宵待、職員は何名だ?」

「正確な数字はわかりませんが、同規模の防衛静止衛星から推測するとおよそ30〜40人かと」

 柊の舌打ちを聞きながら、南は眉間にしわを寄せた。

「北斗、クーデター側がどんな要求を出したかわかるか?」

「政治犯の釈放と、王族の政権撤退、身柄の拘束」

「宵待、新世206号のデータすべてを出してくれ」

「了解」

 宵待は瞬時にメインモニタに新世206号のデータを出した。菊池が食材補給可能惑星を探している間に、しっかり調べていたのだ。


 新世206号(元モーリス地区エクスト太陽系第5惑星トリオ)

 政治形態/王政。

 提携惑星または親交や同盟のある惑星/現在特別な惑星等なし。

 民族属性/農耕民族。勤勉、温厚。

 移住開始日/ー294年。

 移住理由/隕石衝突による爆発。

 移住時間/160日 。

 備考/ー142年、地下に未知の鉱石(ST-3)を発見。ダイヤモンドを凌ぐ硬度を誇り、独自の技術で研磨に成功。

    ー38年、宝石としての価値が低い事が判明。王の命令で研究を中止。


「ここからは民間のデータバンクに照会した最近の情報になります」

 宵待がモニタのデータ表示を変えた。


 現国王の実弟(公爵)がST-3の商品化を提案。しかし国王が退けた為に関係がこじれ、クーデターが発生。

 王族は代々政治主権を握っており、現在の王は42年前に就任。先代の王は存命しているが、アドバイス役にとどまって政治的権利はない。

 男子の誕生はなく、次期王は第一王女にしてただ1人の後継者、ヨザクラを予定。


「こらまいったな。王女様やったん?」

 医務室から戻って来た笹鳴がモニタを見るなり苦笑した。

「状況は思っているより悪いようだな」

「せやな。王女様をカプセルに入れて脱出させるなん、相当の事やで」

「もう1つ問題があるっスよ」

 柊が険しい表情でモニタを睨んだ。

「通常、中央管理局は新世に当てる惑星の地下資源を必ず調査する。そこで使えそうなものが見つかれば、保険金額を跳ね上がるか新世に適応しねぇ。でも見たところ新世206号の保険金額はそれほどべらぼうじゃねぇっス」

「中央管理局の調査が甘かったって事?」

 北斗に尋ねられ、柊は小さくうなずいた。

「多分な。温厚で勤勉な民族が裏取引をするとは思えねぇ。元トリオの住民が発見するまでわからなかったんだろう。そして、実質的に新世の地下資源を調査しているのは中央管理局に委託されたUNIONだ」

 クルー全員の表情が曇った。

「UNIONが絡んでるのか……」

「ねぇ」

 宵待がみんなを見回した。

「前に言ってなかった? 依頼を受けて強奪する海賊がいるって」

 南が小さくうなずいた。同じ事を考えていたのか、表情に動揺はない。

「クモだ。クーデター側がクモに惑星侵略の助力を申し出たって事は、充分考えられる」

「どうしてそんなに鉱石にこだわるんだ? ただ硬いだけなんだろう?」

 宵待の質問に、笹鳴は苦笑した。

「その硬いいうんが大事なんや。宵待、ロデア砲の原理にダイヤモンドが使われとんのは知っとるか?」

「え?」

「あれだけのエネルギーを集積するには、硬い石が必要なんや。今はほとんど人工ダイヤになっとる。それ以上の硬度を誇る鉱石が発見されたとしたら、どないなると思う?」

「……より強力なロデア砲を作る事ができる……?」

「そういうこっちゃ」

 宵待は難しい表情を作った。現国王はそのために研究中止の命を下したのだろう。

「今はコストがかかるさかい小型タイプのプレ・ロデア砲が主流になっとって、ロデア砲は海軍の大型戦艦にしかあらへんけど、研究いかんによってはロデア砲を上回る威力の武器を作れるかもしれへん」

「UNIONの考えそうな事だ」

 柊はシートに深く寄りかかった。

「おそらくクーデター側はUNIONにもその情報を渡している。失点をカバーする為にもこの戦争、UNIONは見て見ぬフリをするぜ」

「中央管理局や軍部はどうすると思う?」

「UNIONを敵に回すほど馬鹿じゃねぇだろ。むしろより強力な武器開発の可能性があるなら、便宜を図るんじゃねぇの?」

 ブリッジに重い沈黙が流れた。何度も経験した状況だが、それでも苦いものは苦い。

「あのカプセルの人物の素性がわからないままだったら、素通りするところなんだがな……」

 考え込む南にクルー達は苦笑と呆れを混ぜた表情を浮かべた。基本的に南はおせっかいで面倒見がいい。こうなってしまったら見なかった事にはできないだろう。

「ひとまずここを離れよう。王女に何かあったらまずい。あとで何らかの方法を考えて、王女が無事である事を新世206号に伝えよう」

「了解。発進」

 北斗は気怠げに操縦桿を引いた。



 新世206号を離れたものの、結局オロチはスイリスタルへは向かわなかった。

 往復にかなりの時間を取られるからだ。単独ワープしてもいいのであればそれほど時間はかからないが、銀河海軍から無断ワープはしないようきつく言われている。一旦は離れたが、海賊とクーデター側を警戒しつつ、ステルス機能全開で近くまで戻っていた。

 北斗は不機嫌の頂点だった。

「北斗」

 菊池がそっと食卓に料理を並べた。

「加工米だけど、今日は和風のおじやにしてみたよ。あと、お前の好物の茶碗蒸し。きんぴらも作ったし、筑前煮もたくさん作ったから、お代わりしてよ」

 文句こそ言わないものの、北斗はむすっとしたまま箸を動かした。食べられないと思えば思うほど、ほくほく湯気を上げる白米が恋しくなる。

「そんな顔しなや、北斗」

 笹鳴は北斗の頭を小突いた。

「朱己やって頑張ってるやん。そもそも宇宙船でできたての料理を食えるいうんは、結構な贅沢やで」

「……別にマズいだなんて言ってないでしょ」

 北斗はきんぴらを噛み砕いた。ぼそぼそとマズい加工米を、菊池は実に上手く調理している。それはわかっているので文句は言わないが、それでも白米が恋しいものは仕方ない。気分を紛らわせようと、北斗は話題を変える為に笹鳴を見上げた。

「で? 眠れる王女様はどうなの? ドクター」

「順調や。明日には目覚めるで」

「目覚めるのはいいけどさ、それからどうすんの? 船長」

 おひたしをもごもごさせながら尋ねる柊に、南は口に持って行きかけた箸を皿へ戻した。

「そこなんだよなぁ……。彼女の乗っていた宇宙船がどうなったのかは結局わからなかったし、新世206号は陥落寸前だ。UNIONも中央管理局も海軍も援助はしてくれない。どう考えても絶望的な気持ちにさせてしまう」

「絶望的なんは王女様だけやない。俺達もやろ」

 クラゲはクルー達の会話がよくわからなかったので、もっきゅもっきゅとおじやを頬張っていた。初めて食べるものばかりだが、どれも口に合うので上機嫌だ。

「王女様を保護しとるのがバレたら、UNIONと中央管理局と海軍は黙ってへんで」

 全員が箸を止めた。このままではそういう立場になるだろう。だが、今更王女を放り出す訳にもいかない。

「王女の身柄を中央管理局に引き渡せば? 一応あそこは中立を旨としてるから、上手くやってくれんじゃねぇの?」

「お前が王女の立場なら、そうして欲しいと望むか? 柊」

 南に見据えられ、柊は眉を寄せて視線を落とした。自分が王女の立場であれば何が何でも自分の星に帰ろうとするだろう。

「スイリスタルに協力を仰ぐというのは? 力のある太陽系なんだろう?」

 宵待の提案に、南は首を左右に振った。

「ただでさえスイリスタルには宵待の時の借りがある。これ以上迷惑はかけられん」

 全員がうなった。

 本心としては王女を新世206号に帰してやりたいし、場合によってはクーデター鎮圧に力を貸してもいいと思っている。しかし問題はその後だ。幸か不幸かオロチはUNIONに加盟していないから市場的な制裁をくだされる事は無い。しかしそれはUNIONが敵でも味方でもなかった場合だ。新世206号に力を貸せば、間違いなくUNIONを敵に回す事になる。そうなればあらゆるマーケットから閉め出しを食らうだろう。

「あのさ」

 菊池はクラゲの頬についたゴマを取り除きながら小さく呟いた。

「俺達ずっと貧乏だっただろ」

 言いたい事に見当がつかず、全員の視線が菊池に集まった。

「それは儲けを二の次にした商売ばっかりしてきたせいだよな。俺の知る限りオロチが金儲け第一に動いた事はない。だけど、後悔した事もないよな?」

 菊池は顔を上げ、にこりと笑った。

「後悔するくらいなら、今より貧乏になる方がマシだって思わない?」

 俺頑張って節約するよ。そう続けた菊池に、全員は顔を見合わせ、やがて苦笑した。

「……だな。いまさら貧乏は怖くねぇし」

「俺達は誇り高きフリートレイダーやしな」

「オボロヅキ星にいた時に比べたら天国だよ、俺には」

「馬鹿じゃないの? ……まぁ、仕方ないから付き合うけどさ」

「きゅう!」

 クルー全員に笑みが戻ったのを見て、南も苦笑した。

「そうだな。後悔に胸を痛めながら生きるくらいなら、明日の食事に悩む方がまだマシか」

 南は箸を置いて両腕を組んだ。

「乗りかかった船だ。1度くらいは全宇宙を敵に回してみるか」

「面白そうじゃん」

 柊がきししと、北斗は挑戦的に、宵待は穏やかに、笹鳴は苦笑し、菊池はクラゲと顔を見合わせて、全員が笑った。

「お前らも貧乏くじを引いたな。俺が船長じゃなければ、こんな事にはならなかっただろうに」

「逆やろ、南。俺達をクルーにせぇへんかったら、こうはならなかったかもしれへんで?」

 食卓に笑いが起きた。



 翌日の午前10時、新世206号の王女ヨザクラが、20日間の眠りから目を覚ました。

「自分の名前が言えるか?」

 ヨザクラはぼんやりと笹鳴を見上げていたが、やがて見知らぬ人間である事に思い至って飛び起きるように上半身を起こした。

「まだ動いたらあかん。解凍が済んで2時間しか経ってへん」

「あの、ここは?」

 ヨザクラは怯えた目で医務室を見回した。どの記憶の引き出しを開けても、同じ風景が見当たらない。

「自由貿易船オロチの医務室や。俺は医師の笹鳴ひさめ。他のクルーはみんなブリッジや」

 オロチ、とヨザクラは口の中で復唱した。やはり知らない名だ。

「自分、むき出しのカプセルのまま宇宙を漂ってはったんやで」

「カプセルのまま……?」

 ヨザクラははっとして顔を上げた。

「みんなは? 私を乗せていた船を知りませんか?」

 笹鳴が黙って首を左右に振るのを見て、ヨザクラは絶望的に表情を凍らせた。

「俺達が発見したんは自分のカプセルだけや。周囲には船の残骸もなかった。うちのパイロットの予測によれば、船が何者かに襲われた際、自分のカプセルに直接小型ブースター付けてUNIONの航路目がけて脱出させたんやないかって話や。カプセル後方に設置の痕跡もあったしな」

 ヨザクラはがくりと肩を落とした。

 カプセルにエンジンブースターを直接取り付けて脱出させるのは、方法としては最悪に近い。燃料が切れたらそれまでだし、いくらUNIONの航路近くとは言っても、軍艦でもなければ冷凍睡眠状態の生命反応に気付く事は難しい。しかし、それでもヨザクラを乗せていた船はそうせざるを得なかった。それほどの緊急事態だったのだろう。だとすれば、船自体の生存確率は限りなくゼロに近い。

 泣き出すのではと見守っていた笹鳴は、やがて顔を上げたヨザクラの目に強い光を見た。

「……助けて戴いて何のお礼もできない身の上で、ずうずうしいのは承知でお願いがあります」

「言うてみ?」

 ヨザクラは1度深く息を吸った。肩が震えているが感情を爆発させたりはしない。これが王女の矜持なのだろう。

「どうか、私の素性は尋ねないでください」

「なんでや?」

「今、私の惑星では争いごとが起きています。私の名を明かせば、助けてくださったあなた達に迷惑をかけてしまいます」

 ヨザクラは震えながら強く毛布を握りしめた。

「……どないするつもりやねん」

「通信機能設備がある近隣の惑星で降ろしてもらえると助かります」

 笹鳴は無言でヨザクラを観察した。

 惑星を統括する王族の後継者でありながら、真っ先に身分を明かして誰かに頼ろうとしない。この状況で他者を巻き込む事を懸念し、たった1人ぽっちで心細いだろうに、それでもまずは自分の力で何とかしようとしている。

 発見された鉱石が兵器に利用されるのを恐れ、利益より研究の中止を言い渡した王の血を引いているだけの事はある。見事な覚悟だ。

「……この辺で通信設備のある惑星言うと、新世206号しかあらへんなぁ」

 ヨザクラははっとして顔を上げた。笹鳴が自分の正体に感づいていると気付いたからだ。

「せやけど、あそこは今ちょっとあかんねん。クーデターが起きとるんやて」

 笹鳴は立ち上がり、冷蔵庫から水分補給用のドリンクを取り出してヨザクラに差し出した。

「飲んで。新世206号以外となると、あとは着艦許可を出してくれへん惑星ばっかりなんや。せやから降ろすんはもう少し待ってくれへんか?」

 硬直するヨザクラを意図的に無視して、笹鳴はすっとぼけて再び椅子に座った。

「クーデター側のリーダーやってはる公爵が、現国王に従う者をどんどん惑星の外に追い出しとるらしいで。政権譲渡と引き換えに民すべてを脱出させたってもええ、さもなくば皆殺しやて現国王に言うたんやて。国王はその条件を飲んだんやろ」

「政権譲渡……」

 ヨザクラが聞き取れないほどの声で呟いた。

「公爵に加担しとる海賊が太っ腹らしゅうてな、新世206号が元々ステーションとして持っとった小さいコロニーに、王に従う民達をせっせと運んどるそうや。もともと新世206号はそれほど大きい惑星やないし、人口も少ないしな。ギリギリで積み込める思うたんちゃうか?」

 笹鳴は自分も飲み物のキャップを外して口に運んだ。

「父……現国王に従う民達というのは、現在どれくらいいるのですか?」

「全人口の3分の2ってとこやろな。ほぼ全員が民間人やろ。もっと正確に言えば、新世206号に残るんは公爵とその家族、それに直属の部下達と軍部だけや」

 ヨザクラは両手で顔を覆った。

「どうせわかる事やから言うてまうけど、現国王は現在行方不明や」

 ヨザクラは愕然として両手をひざに落とした。

「コロニーはステーション型や。方向転換用のエンジン程度なら積んどるやろうけど、惑星全土の3分の2の住人積んで移動するんは無理やろな」

 驚愕の表情のまま、ヨザクラは笹鳴を見上げた。もはや血の気は無い。

「思い通りにならへん民と邪魔な国王、それらすべてをまとめて一掃する気やないか、というのが俺達の考えや」

 ヨザクラは声を出そうとして喉を引きつらせた。公爵はコロニーを落とす気だ。笹鳴はそう言っているのだ。

 しばらくの間は震える事すら忘れて呆然としていたが、やがてヨザクラはゆっくりと口を開いた。

「……この船の船長さんに、会わせて戴けますか?」

「車椅子に乗ってくれはるならええで」

 すでに用意してあった車椅子へ向けて、笹鳴は視線を放った。



「気が付いたか」

 ブリッジのやや高いところに設けられたキャプテンシートから、南が振り返ってヨザクラに小さく笑みを見せた。

「連れ出していいのか? 笹鳴」

「お嬢さんのお願いは聞き届ける主義や」

 全員の視線が集まっている中、ヨザクラは笹鳴の押す車椅子の上で深々と頭を下げた。

「助けて戴いて本当にありがとうございました。訳あって素性を名乗れない無礼をお許しください」

 例え推測していたとしても、明かさなければ建前上迷惑をかける事はない。その姿勢を読み取って、南は深くうなずいた。

「色々事情もあるだろうし、尋ねないでおこう。俺は船長の南ゆうなぎだ」

 ヨザクラはゆっくりと顔を上げた。蒼白だが、目には強い決意が見て取れた。

「無礼の上に厚かましくて申し訳ありませんが、通信機を貸して戴けますか?」

 菊池が一瞬、南と視線を合わせた。ここはまだ新世206号の通信傍受可能地区だ。逆にこちらの通信も探知される危険性がある。王女が乗っている事を知られたら、おそらくクーデター側もUNIONも海軍も中央管理局も黙ってはいないだろう。

 その無言のやり取りに気付き、ヨザクラは小さく笑った。

「ご迷惑はおかけしません。私達の間でだけ使用するチャンネルがあります」

「傍受される可能性はゼロじゃないだろ」

 北斗が鋭い視線を放った。元軍人としてはスパイ活動における技術機器がどれだけ高レベルに進歩しているかよく知っている。

 しかしヨザクラは静かに首を振った。

「そのチャンネルを使用できる者は、私ともう1人しかこの宇宙にいません」

 南が無言のまま菊池に視線をやると、菊池は黙って自分の席に誘導した。

「危険だと思ったらすぐに中止します。それでもいいですか?」

「結構です」

 ヨザクラは再び深々と礼をすると、最新式の通信機に手をかざした。

 ヨザクラの方法は不可思議だった。通信機に両手を置いたまま、何もせずにいつまでもじっと正面のモニタを見つめているだけだ。

 使い方がわからないのかと思った菊池が教えようとしたその時、菊池の腕の中にいたクラゲがひょいとヨザクラに触れた。その瞬間、ヨザクラとクラゲの両目はサファイアのような青い光を発した。

「まさか……!」

 菊池が息を呑んだ時、突然モニタに映像が入った。通信機のスイッチすら入れていないのに。

 やがてモニタの中には影が現れた。それが少しずつ人の形をとり、やがてあどけないおかっぱの少年が映った。

「オウバイお父様!」

『ヨザクラさん!』

 お父さん? と柊はモニタとヨザクラを見比べた。どう見ても同じ年にしか見えない。

「ご無事だったのですね! よかった……!」

『こっちのセリフだよ! よく生きててくれたね……!』

 モニタの中の少年は涙目だった。

『今どこにいるの? 君を乗せた船からの通信が途絶えてもう20日になるんだよ!?』

「貿易船に救助して戴きました。オウバイお父様こそ今どこに? 行方不明だとお聞きしましたけど」

『うん、左大臣と司書官がドサクサにまぎれて脱出させてくれたんだ。今はコロニーに潜んでいるところだよ』

 オウバイが後ろを振り返ると、そこにまた同じ年くらいの少年2人が涙目で立っていた。

『王女様! 生きてたんですね! よかった……!』

『だから言っただろ! 王女がそう簡単に死んだりするわけないって!』

 やはりヨザクラと同じくらいの年齢の少年2人が泣きながらどつき合っている。オロチクルー全員の頭にハテナマークを飛ばしたまま、ヨザクラは続けた。

「オウバイお父様、よくお聞きください。彼らはコロニーを破壊する気です」

『まさか! そこまで残忍非道だなんて……!』

「この距離ではミサイルが届いてしまいます。何とかお逃げください!」

 何とかと言っても、とオウバイは泣きそうな顔でうつむいた。移動できるほどのエンジンは積んでいないし、本星からの攻撃など考えて作られていないから対策など何もない。

「このままではST-3が彼らの手に渡ってしまいます! そうなればトリオ全人口の比ではないほどの死者が出ます! お願いですオウバイお父様! 新世206号を破壊してください!」

 ヨザクラは叫んだ。

「あの石を見つけたのは私達です。私達さえ見つけなければ、これから開発されるかもしれない恐ろしい兵器に怯える事もなかった。2度も故郷を捨てる事になんてならなかった。私達の見つけた石から作られる兵器がまだ1人の命も奪っていないうちに、破壊するべきです!」

 諸悪の根源である惑星そのものを破壊する。それが、ヨザクラの出した結論だった。

『……ヨザクラさん、それはできないよ』

 オウバイは悲しげにうつむいた。

『本星にはコロニーが乗っ取られた時のための準備があるけど、コロニーには対本星の兵器は何一つないんだ』

「そんな……」

 呆然とするヨザクラを見て、オウバイはしばらく無言だったが、やがて静かに顔を上げた。

『……でも、1つだけ方法がある』

「どんな方法ですか? オウバイお父様」

 オウバイは小さく笑った。

『このコロニーを、本星に落下させるんだ』

 ヨザクラは息を呑んだ。

『この距離なら本星に避ける時間はないし、例え攻撃されたとしても、これだけ大きいコロニーだからね。破片になって降り注いでもそこそこのダメージは与えられるかもしれない』

「それじゃあダメだね」

 空気を読まずに会話に乱入したのは北斗だった。

「例え大気が破壊されて惑星が氷河期に陥ったとしても、UNIONや中央管理局には発掘できる技術がある」

 そうだな、とうなずいたのは柊だった。

「UNIONの金への執着を舐めんじゃねぇよ。新世206号が木っ端みじんにでもならない限り、徹底的に調査するぜ」

『誰だお前達! 生意気だぞ!』

 モニタの向こうから少年が北斗と柊に怒鳴ったが、ヨザクラが制した。

「彼らは私を救ってくださった命の恩人です。無礼な言動は控えてください」

 少年はしおしおとうなだれた。

「……口を挟んでもいいだろうか?」

 南が慎重に挙手をした。何だか盛り上がっているようなので少々気が引けていた。この辺の図太さは南は北斗や柊に遠く及ばない。

「何でしょうか? 南船長」

 ヨザクラに尋ねられて、南はうなずいた。

「新世206号を破壊する。それが現国王の意見だと見ていいのか?」

 ヨザクラはモニタの中のオウバイと視線を合わせた後、うなずいた。

「事は一刻を争います。オウバイお父様が生きている事が知れたら、きっと伯父さまはすぐにコロニー目がけてミサイルを撃ち込むでしょう。そうなれば主権は自動的に伯父さまに移り、私達は公式な権利を失います」

「王女が生きていても、公爵に権利が移譲されるのか?」

 ヨザクラは唇を噛み締めてうつむいた。

「……オウバイお父様に何かあれば、素性を証明する術を失います」

 私の素性を、とはヨザクラは言わなかった。ここまで来てまだヨザクラはオロチを巻き込む事を恐れている。

 クルー全員の視線が南に集まっていた。

「俺達はフリートレイダーだ。UNIONの保護は受けていないから、立場が弱い」

 ヨザクラとモニタの向こうの面子は、唐突な言葉に不思議そうに南を見た。

「もしここで惑星における最大責任者から協力を要請されたら、断る事は難しい」

 ヨザクラは青ざめて南を見上げた。

「いけません。あなた達を巻き込む事はできません」

「俺達は惑星を破壊できるだけの武器を持っている」

 モニタの向こうが息を呑んだ。

「どうせこのままじゃああんた達に勝ち目はない。それなら俺達に助力を申し出てみないか?」

 ヨザクラとオウバイはモニタ越しに視線を合わせた。

『……条件はなんですか?』

 オウバイにじっと見据えられ、南は小さく吐息した。

「条件は2つ。1つはこちらのお嬢さんにきちんと素性を話してもらう事だ。それがないと俺達には言い訳ができない。宇宙を支配する組織とまともに争う事になる」

『もう1つは?』

 南はオウバイから目を逸らすと、ぼりぼりと側頭部を掻いた。

「米があったら分けてくれ」

 ヨザクラ達はきょとんとして瞬きを繰り返した。



「代々トリオの王族には、直系同士のテレパス能力があるんです」

 ヨザクラは車椅子に乗ったまま、ブリッジの正面モニタを見上げた。遥か遠くに豆粒のような大きさで新世206号のステーション型コロニーの光が見える。

「なるほど。だからクラゲが触れた瞬間に、その能力が増幅されてモニタに繋がったんだね」

 ヨザクラは菊池へうなずいた。

「その生物には私も初めて出会いました。クラゲと言うのですか?」

「さぁ。名前をつけたのは俺だけど」

 菊池の腕の中で、クラゲは愛想良くひらひらと触手を振った。

「……宇宙には知らない事がたくさんあるのですね」

「そりゃそうだよ。俺だってまだ知らない事がたくさんあるもん」

 菊池とヨザクラが笑った時、ブリッジのドアが開いて柊が戻って来た。

「準備完了だ。あとは、まぁ、やってみなけりゃわかんねぇな」

 柊が汚れた手袋を菊池に放り投げ、それをクラゲがキャッチした。

「お疲れさま、しぐれ。きっと何とかなるよ」

「気楽に言ってくれるな、朱己。肝心なところはお前にかかってるんだぜ?」

 菊池はクラゲを抱え直してにやりと笑った。

「大丈夫。俺にはクラゲっていう強い味方ができたからね。スイリスタルの時よりは楽だと思うよ」

 再びブリッジのドアが開いて、南と笹鳴も戻って来た。

「よし、全員配置に着け。北斗は船体保守、笹鳴はエアスキッドとSシールドの用意だ。柊、外したらお前に米は当たらんと思えよ」

 ひでぇ、と柊は唇を尖らせた。

「今回初めて使用するからな。宵待はデータというデータを全部取ってくれ」

「了解」

「菊池とクラゲはノーマルポジションで待機。今回の防衛地点は二カ所だ。しくじるなよ」

「了解」

「きゅう!」

 全員が表情を引き締めて自分のシートに戻った。

「お姫さんはこっちや」

 笹鳴は車椅子から予備シートへヨザクラを移乗させた。

「そこのベルト締めてんか。それからこれ」

 色付きのゴーグルを渡され、ヨザクラは笹鳴を見上げた。

「えらい光源やさかい、してへんと失明するで」

 ヨザクラは訳もわからずゴーグルをそろそろとかぶった。初めて装着するが、調節する前に自動的にサイズが設定された。

「北斗、新世206号の状況はどうだ?」

「さっき無線を傍受したところによると、最後の輸送船が出航したようっス」

「そいつがコロニーに近づき次第、オロチは新世206号を攻撃する」

 全員がゴーグルを装着した。クラゲもゴーグルを装着して大人しく菊池のひざの上に座っている。

「宵待、輸送船の到着時間を算出してくれ」

「何事もなければ67分後です」

「今回、菊池はナビ的なバックアップには一切入れない。お前1人で大変だろうが頼むぞ、宵待」

「全力を尽くします」

 宵待の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

「ミサイル発射と同時にSシールドとエンジン全開。北斗、近隣に衝突しそうな惑星がないか確認してくれ」

「する必要ないっスよ。全部吹き飛ぶから」

 そういえばそうだな、と南はキャプテンシートの上でうなずいた。

「あ、あの」

 ヨザクラは近くの笹鳴に遠慮がちに声をかけた。

「いったい何をするつもりなんですか?」

 笹鳴は装置を調節しながら生返事しかせず、ヨザクラは不安になった。さっき南は『初めて使用する』と言っていたし、シールドはともかくエンジンを全開にする理由がわからない。まだ60分以上も時間があるというのに、どうしてブリッジはこんなにギリギリの緊張感で満たされているのか。

「エネルギーチャージ60%」

「ハイパワーブースター及びオートリロードシステムオーバー、エンジンローダー、ノーマルポジションで固定」

「出力曲線カテゴリー1。電磁波及び重力コンパスのオートキャンセル解除、これより手動に入ります」

「いらん電力は全部落とせ。間違って制御盤に傷がついたら大事だ」

「了解。チャージ65%」

 難しい言葉ばかり飛び交っていて、ヨザクラの不安はいっそう募った。1人静かにしている菊池は、さっきから微動だにせずクラゲとともに人形のように宙を見つめている。

 彼らは何をしようと言うのか。ヨザクラが不安げにクルー達を見回した時、北斗が叫んだ。

「アラート!」

 はっとしてモニタを見上げたヨザクラの目に、新世206号方面から無数の光が近づいているのが映った。

「柊! ステルス機能は!」

「全開っすよ! でもさすがにこれだけのエネルギーチャージはちょっとバレちまったようっス!」

「やはり気付かれたか。まぁいい、想定の範囲内だ。北斗、やれるか?」

「ったり前でしょ。宵待さん、数とタイプは?」

「数25、戦闘艦5隻と戦闘機20。距離1,200」

「りょーかい。だらだらとチャージしてないでよね、柊 サ ン」

「潰す……てめぇ本気で潰す……」

 引きつった柊に意地悪そうな笑みを投げて、北斗は帽子をかぶり直し、操縦桿を倒した。

「ナビはいらない。1人でやる」

 途端にオロチは急発進してひらりと逃げた。全速力で逃げれば追撃される事はまずないが、新世206号とコロニーからこれ以上離れるわけにはいかないので、付かず離れずの攻防戦になる。この微妙なさじ加減は、まだ柊の及ぶところではない。

 あっという間に半分の敵船を落としたところで、宵待が緊張した声を上げた。

「新世206号の核ミサイル影響範囲内に、輸送船が入ります」

「いよいよだな。宵待、秒読み開始! 柊!」

「エネルギーチャージ85%!」

「核ミサイル発射まで60、59、58……」

「北斗! あと何隻だ!?」

「5」

 短く答えた北斗は、すぐに「4」と言い換えた。途端にモニタの向こうに炎の花が咲く。

 そこで初めてヨザクラは気付いた。公爵は最後の輸送船がコロニーに到着するまで待つつもりなどなかったのだ。最初からミサイルの爆発範囲内に輸送船が到達した瞬間に、コロニーもろともミサイルを撃ち込んで消し去るつもりだったのだ。輸送には海賊が付いているはずだが、その辺は捨て駒扱いする手はずが整っていたのだろう。

 オロチはそれを予測していた。だからこんなに早く臨界態勢をとっていたのだ。

「5、4、3、2……新世206号より核ミサイル発射! 目標コロニー!」

「菊池! 核ミサイルを打ち返せ! 笹鳴はSシールド! 柊まだか!?」

「チャージ90%! ディスチャージ秒読みに入ります!」

「北斗退避! エアスキッドスタンバイ!」

「こちら自由貿易船オロチ、輸送船に告ぐ。死にたくあらへんかったら全速力でコロニーに向かわんかい!」

 南が叫ぶたびにブリッジの緊張は臨界に近づいていた。

 北斗は敵船を一掃した直後にオロチを新世206号へ向けて停止し、エアスキッドで船体を固定した。アラーム音と人の声しか響いていなかったブリッジ内には低いタービン音も響き始めており、ヨザクラは怯えた。

 これから何か想像を絶する事が行われようとしている。

 状況を把握しようとモニタを見たヨザクラは目を疑った。輸送船の間近にまで近づいた核ミサイルが停止している。後方に勢いよく火を吹いているのに、まったく前進していない。はっとしてブリッジを見渡すと、菊池とクラゲが瞳を青く光らせて歯を食いしばっていた。

「核ミサイル第2弾発射されました!」

「菊池! まだ打ち返せないのか!?」

「もう……ちょっ……と……!」

 モニタの中で核ミサイルがゆっくりと方向転換をしていた。どうしてそんな事になっているのか、ヨザクラにはまるでわからない。

「菊池! 2発目を止めろ!」

 肘掛けを掴む菊池の手に力が込められた。クラゲも強く菊池にしがみついている。

「どっ、こい、しょー!」

 2発目の核ミサイルも輸送船ぎりぎりで停止したが、1発目は中途半端な方向転換のまま止まっている。

「柊!」

「ディスチャージカウント32! 31! 30!」

「さ、3発目来ます!」

 上ずった宵待の声にヨザクラは青ざめた。核ミサイルを3発も食らえば、コロニーなど跡形も無く消し飛んでしまう。

「菊池! もう打ち返さなくていい! とにかく当てるな! 止めろ!」

「了、解……!」

 1発目があらぬ方向に放たれたと同時に、今度は3発目が2発目と同じ位置で急停止した。だが相変わらず凄まじい勢いでエンジンは噴射されている。大気圏を突き破るほどの推進力を持つ核ミサイルを2つも同時に止めているのだから菊池の消耗は激しかったが、それでもゆっくりと核ミサイルは垂直方向に角度を対称に変えつつあった。

「しぐ、れ……! まだ……っ?」

「ディスチャージカウント13! 12! 11! 10!」

「菊池! 核ミサイル放棄! コロニーと輸送船をシールド! Sシールドフルパワー! 総員ゴーグル確認!」

 核ミサイルはわずかな方向転換をしたのみで突然再び飛び出した。

「4、3、2、1、ディスチャージ!」

「タンホイザー砲発射! エンジン全開!」

 音の無いはずの宇宙で、ヨザクラは轟音を聞いたような気がした。

 エンジンを全開にしているはずなのに、オロチは瞬間的に後方へ突き飛ばされるように後退し、しかし北斗が意地で機首を新世206号へ保ち続けた。

 オロチから放たれたミサイルは吸い込まれるように新世206号に食い込み、そして、巨大な爆発を起こした。

 モニタを突き破るような光にゴーグルをしていてもまぶしさに目がくらむ。船体全体にびりびりと振動が走った。

「あかん……! この距離やったらSシールドでも保たん!」

「任せて!」

 菊池とクラゲがきらりと目を光らせた。途端にオロチの振動が緩和する。

「朱己、大丈夫なん?」

「うん、ピンポイントの攻撃を止めるより、ピンポイントで守る方が断然余力があるから」

 しゃべりながらも菊池の息は荒かった。言うほど楽ではないのだろう。

 しばらくそうやって凌いでいたオロチがブリッジに色彩を取り戻した頃、宵待の「新世206号、完全消滅確認」という静かな声が響いた。



 爆発が収まったのを見計らってオロチはコロニーに船を着け、王女を降ろした。

「皆さんには何てお礼を言えばいいか」

 おかっぱの少年国王は深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

「いや」

 南は困惑しながら同じく頭を下げた。明らかに子供に見える相手にどう接していいのかわからなかったのだ。その上コロニーで出迎えてくれた住民達のすべてが子供ばかりだった。

「元トリオの住民って、発育が他の生命体よりゆっくりしてるんスか?」

 柊の無遠慮な質問に、ヨザクラが通信した時に国王の背後にいた少年のうちの1人が必要以上に胸を張って咳払いをした。

「我々トリオ人は生まれて13年で大人になるんだぜ。そして100年くらいこの外見のままなんだ。すげぇだろ?」

「へぇ……」

 菊池は思わず感心したように何度もうなずいた。そういう形態の生物には初めて会ったからだ。

「中央管理局にはこれから援助を申請して、他の惑星へまた移住する事になると思います」

「そうですか。色々大変かと思いますが、ご健勝とご発展を祈念しています」

 南の差し出した右手を、オウバイは握り返した。

「ありがとう。大丈夫です。こう見えて僕たち、すごくタフですから。あ、そうそう」

 オウバイが振り返ると、通信時に見たもう1人の少年がいそいそとコンテナを運んで来た。

「お約束のお米です。新世206号で採れたお米で、お口に合えばいいのですけど」

 南は申し訳なさそうに眉尻を垂れた。

「これから復興が大変だというのに、ずうずうしい報酬を要求してすみません」

 オウバイは陽気な笑顔を作った。

「とんでもない。僕たちが恐ろしい兵器の根源にならなかったのは皆さんのお陰ですから。それより」

 オウバイは笑顔を引っ込めると心配げに表情を曇らせた。

「そちらこそ大丈夫でしょうか。お願いしたのは僕たちですが、惑星を破壊するだなんて何か罰則が下ったりはしませんか?」

 ああ、と南は朗らかに笑った。

「問題ありません。自治区の最高責任者から緊急支援を申し込まれたら通常の職務を放棄してでも人命第一に受諾しなくてはならないと、銀河航法に記載されてますから。UNIONも中央管理局も銀河海軍も、少なくとも公式には俺達に手出しする事はできません」

 横で聞きながら、宵待はそうなのかと驚いた。だとすれば、ヨナガ星の時はかなりギリギリの行動だったのだ。反乱分子に加担したのだから。

 ほっとしたオウバイの隣にいたヨザクラが、改めて深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

「いや、力になれたのならよかった」

 南は笑って、もう1度オウバイを見た。

「我々はそろそろおいとまします。何か必要な物資や販売したい荷ができたら、是非声をかけてください。安くしますよ」

「ありがとう」

 にこりと笑って、オウバイはヨザクラと視線を合わせた。

「そのペンダントをくれる?」

 ヨザクラはきょとんとしてペンダントを外した。黒っぽい石を中心に様々な宝石のはめ込まれた豪華なペンダントだった。

「これも受け取ってください。中央の黒い石は、おそらく唯一残ったST-3です」

 ヨザクラはもとより南も驚いた。

「ST-3と言うのは……確か例の鉱石では?」

 オウバイは小さく笑った。

「何か人の役に立てられる方法があるんじゃないかと思って1つだけ残しておきました。あなた達に託せば僕の願いも叶うんじゃないかと」

 どうかもらってくださいとオウバイに頭を下げられ、南はペンダントを受け取った。

 ただの黒い石だ。こんなものが惑星を破壊に至らしめるほどの争いを引き起こした。もう2度と過ちを繰り返してはならない。

 南はペンダントを強く握りしめた。

「必ずご希望に沿う方向で使用できるところへ運びます」

「信じています」

 オウバイは本当に安堵したように笑った。



「米だ……!」

「米やな……」

「ああ、米だ……」

「お米だね……」

 柔らかい湯気を上げるつやつやふっくらな白米を、クルー達はそれぞれ感動したように見つめた。

「スイリスタルまで充分保つくらいもらったから、みんな遠慮せず食べてね」

 にこにこと菊池が食卓にメニューを並べると、柊はしみじみと茶碗を持ち上げた。

「やっぱ基本は米だよな。あんな大変な思いをしたのも米のためだと思えば、あんまり辛くねぇもんな」

「いただきます」

「あ! 北斗こらそれは俺の生姜焼きだ!」

「早いもん勝ちでしょ」

「お前ホント潰す……!」

 にぎやかな食卓を囲みながら、オロチは一路スイリスタルを目指していた。

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