02.善人、天変地異を起こせるようになる
「主様」
天使を送り返し、見送った後の書斎。
アスタロトが真顔で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「差し出がましいかとは存じますが」
そこでいったん言葉を切るアスタロト、目は私を見つめている。
私を主と呼ぶアスタロトだから、「差し出がましい事」の許可を待っているのだ。
そんな事をする必要はないんだけどな、と思いつつ頷いた。
「主様の肉体は神属性に変化いたしました、ご留意を」
「神属性?」
「はい。神格者の場合、肉体的には神のそれと同一となります」
「なるほど、貴族だもんね」
天使がしていったたとえを思い出す。
通常の神は男爵とか普通の貴族、目の前のアスタロトが公爵だ。
それに対して神格者は準男爵、一代限りの準貴族みたいなものだ。
といっても貴族は貴族。
貴族同士がどうこう、という場合以外は、準男爵も普通に貴族だ。
それと同じように、神格者も肉体は神のそれだと言う。
それはわかった。
「それもありますが、神魔法を行使するためには必須の変化でございます」
「そうなんだ。でもそれでどうして注意を……ああ」
言いかけて、そこで気づく。
アスタロトはしずしずと頷いた。
そうか、逆なんだ。
私の魂はSSSランクだ。
マルコシアスの一件で、人間の肉体からホムンクルスの肉体に入る事で、パワーアップ出来る事を知った。
肉体と魂のずれが大きければ大きいほどパワーが出る。
今回は逆だ、人間の肉体から神属性の肉体になった。
つまり肉体のグレードが上がったのだ。
魂のずれが小さくなったことでパワーが下がるのだと、アスタロトが指摘してきた。
「なるほどね、ありがとうアスタロト」
「恐縮です。一方で神格者でありますので、さきほどの様な神魔法も使える様になるかと。差し引き……」
「うん、むしろプラスだね」
私はにこりと微笑んだ。
賢者の剣から引き出した情報を一通り頭に通した上で、はっきりと断言した。
多少のパワーダウンでも、神の魔法――神魔法の効果と威力がそれを帳消しにする。
「色々出来るもんね、神様だと。例えば今すぐ夜にするとか。そう考えると多少のパワーダウンは問題じゃないよね」
「え?」
「え?」
アスタロトは声を上げるほど驚いた。
どうしたんだと彼女を見る。
天使がいても、神格者になった私を見ても、ほとんど驚かず冷静を貫き通したアスタロトが目を大きく見開いていた。
「どうしたの?」
「昼夜逆転……可能なのですか?」
「うん、やらないけどね、よほどの事が無い限り迷惑な魔法だから。あっ、こっちならそんなに迷惑にならないかな」
手をかざし、魔法を使う。
魔法が発動した次の瞬間、書斎の中が真っ暗になった。
かざした手の指先さえも見えない完全なる闇。
それとほぼ同時に、屋敷の内外から混乱の声が聞こえた。
暗闇は書斎だけではないと言うことの証だ。
「こ、これは?」
「日蝕だよ――ほら」
魔法でロウソク程度の灯りをつけて、書斎の窓を開ける。
窓から空を見上げると、太陽が完全に日蝕になっていて、外周に光の輪をわずかに残してるだけの光景が見えた。
一方で空も地上も暗く、屋敷の内外にいる使用人達がいきなりの事でパニックを起こしているのが聞こえる。
日蝕はすぐに終わって、世界にまた光が戻ってきて、騒ぎが徐々に収まった。
昼夜逆転はまずいが、日蝕ならすぐに終わるしみんなも空を見上げれば納得して騒ぎが収まる。
事実、パニックから聞こえてくる声は急速に落ち着いていった。
一方で、書斎の中にいるアスタロトは目を見開いたまま――さらに口も開け放ってポカーンとなっていた。
「……」
「どうしたのアスタロト?」
「い、いえ……まさかそこまでとは……」
「そこまで?」
「天象・時間を操るのは上級神のみのはずですので……」
そうだったのか、普通に使えたから、その事には気づかなかったな。
「主様……」
豊穣の女神アスタロトが、ますます心酔する瞳で私を見つめたのだった。




