01.善人、さっそく神の力を使いこなす
書斎の中、天使と二人っきり。
私は自分の手のひらを見つめた。
神格を得たことで、肉体的、魔力的に変わったところを精査している。
それと並行して、天使にも聞く。
「神格を得たことで、なにかが変わるの?」
「自分の好きなタイミングで年を取らなくなります」
「不老不死ってこと?」
「神格者だと不死まではないです、不老だけですね」
「そっか」
この見た目のまま不老になったと言われても少し困る。
自分でタイミングを決められるのはいいことだ。
「それと、一部神の力が使える様になります。まだなったばかりで無理でしょうけど、徐々に変化に気づくと思いますよ」
「分かった。ありがとう」
「いいえ」
「そういえば、神格者って向こうの世界でどれくらいのポジションなの? 一般人?」
「うーん」
天使は頬に指をあてて、思案顔をした。
「神様達が貴族だとしますね。神格者は準男爵、って所ですね」
「なるほど、新興の準貴族ってわけか」
「そういうことです」
言われてみれば普通にそういう扱いなんだろうと納得する。
「でも、もったいないですよ」
「なにが?」
「あなた、あの時そのまま神様になってたら、公爵クラスの神様になってたはずですよ。それくらいなんです、SSSは」
複雑そうな顔をした天使。
それなのに人間、そのクセ今は準男爵相当――
と、言いたいのが顔にはっきり出ている。
「ごめんね」
「え?」
「そのせいで君が地上に来るハメになったんだよね。仕事を増やしてごめん」
「それは別にいいですけど……」
またまた複雑そうな表情をする。
まだ何かあるのか、って思っていると。
書斎の中、机の前の床が円形に光り出した。
上向きに放たれた光から一人の女性が現われる。
女神アスタロト、昔助けて以来私に協力している人だ。
アスタロトは更に一歩下がって、流麗な動きでそっと片膝をついた。
「主様」
「なに?」
「各地で作物の収穫が始まっております。今年もそろそろ買い取りの時期かと」
「もうそんな季節か。収穫はどんな感じ?」
「はい、主様への信仰は篤く、問題ありません」
まったく迷いなく答えるアスタロト。
事情を知らない人間からすれば前後の意味が通じないやりとりだ。
豊穣の女神アスタロト、彼女は私の頼みで、アレクサンダー同盟領内の農作の守り神になっている。
その彼女が加護を授ける基準は、なんと自分ではなく私を信仰しているかどうかというものだ。
だから彼女はそう答えた。主様つまり私への信仰が篤いので問題ない、と。
「ありがとう」
「その中で賊から主様の像を守り切れなかった村が一箇所、ここは通常通りの収穫に。主様などいうほどのものではない、と自発的に侮辱したのが三箇所、ここは凶作としました」
「そこまでする?」
「主様を侮辱するものは何人たりとも見過ごせません」
アスタロトはきっぱりと言い切った。目がまったく笑ってない。
まあ、基準ははっきり告げてるし、僕が少し悪者になるくらいだろうから、別にいいか。
そうやって、いつも通りにアスタロトの報告を受けていた。
すると普段はいない、まだここにいる天使が驚愕している姿が見えた。
「どうしたの?」
「話には聞いてたけど、実際に見ると衝撃的」
「なにが?」
「アスタロト様、人間で言うと公爵様レベルですよ? それが……」
天使は私とアスタロトを交互に見た。
なるほど、公爵が準男爵にかしづいてるのがあり得ないとびっくりしている訳か。
「ごめんなさい、ちょっと刺激的すぎて、みてて頭がクラクラするので帰りますね……」
「大丈夫?」
「大丈夫、この光景が刺激的すぎるだけだから」
天使が言う、私は苦笑いで頷く。
そうして、天使が両手を空に挙げる――が。
「あれ?」
「どうしたの?」
「門が開かない……やだ? もう時間切れ?」
「門って、向こうの世界への門?」
「うん、まだ時間的に大丈夫のはずなんだけど……どうしよう」
門を開かないと帰れないのか?
私は賢者の剣に触れて、聞いた。
すると賢者の剣は神格者による「門」の開き方の知識を教えてくれた。
それを覚えて、賢者の剣を持ったまま立ち上がる。
「はっ」
弧を描くように、賢者の剣を振り抜く。
すると、天使の頭上にぽっかりと空間――門が出来た。
「え?」
「これでいいんだよね? 向こうに帰る門って」
「う、うん……えええええ!?」
「どうしたの?」
さっきとは違う形で驚く天使に聞くと。
「こんなに早く神の力使いこなす人初めてですよ……」
「さっきしばらくすると使えるっていったじゃない?」
「いったけど、普通は何年かかかりますよ……」
「いや、それは……」
更に驚嘆する天使。
逆に私の方が苦笑いした。
天使の時間感覚の「しばらく」だったんだな。




