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10.善人、魂に真名を刻み込む

 次の日、私は何処にも出かけず、屋敷の中に籠もっていた。


 普段はあまり使われていない、自分の書斎の中で、大きな机の前に座っている。


 ちなみに書斎とは言うけど、この部屋に本は一切置いてない。

 なぜなら目の前にある、机の上に置かれている賢者の剣が、世界のありとあらゆる知識を持っているからだ。


 私は賢者の剣にそっと触れて、考え込んでいた。


 コンコン。


「どうぞ」

「失礼します」


 恭しい声とともに入室してきたのは、メイドのアメリアだった。

 私の子供の頃からこの屋敷で働いてる彼女は、今や適齢期まっただ中の美しい女性になった。


 彼女は運んできた紅茶を机の上に。

 私の邪魔にならない、しかし手を伸ばせば届くという絶妙の場所に置いてくれた。

 このあたりは熟練メイドの素晴しい仕事で、された方はそれだけでうれしく、心地よくなるものだ。


「美味しい。いつもありがとう」

「恐縮です」


 そう話すアメリアは私の顔をじっと見つめ、部屋から出て行く気配はない。


「どうしたの?」

「珍しくアレク様が考え込んでいるから。アレク様はいつもすぐに解決法や知識を見つけ出してこられてましたから」


 普通の人なら「イメージだ」と言うところだろうが、私を子供の頃から見てきたアメリアははっきりと断言した。


「うん、知識はもう引き出してる、今はどれが一番いいのかを考えていたんだ」

「それほど難題なのですか?」

「うん。実はね、サンの名前をつけてあげようと思うんだ」

「アレク様とアンジェの子供として生まれた後にという話ではなかったですか?」

「そのつもりだったけど、本人が急がなくていい――ちがうね。急がないで欲しい、って言ったから、その通りにしようと思ってね。だから(、、、)今名前をつけようと」

「そうでしたか」

「それで名前と意味、それにその名前をつけられた歴史上の偉人の事績を追いかけてたんだ。どの名前にした方が一番幸せな人生になるか、ってね」


 これはこれで、意外と骨が折れる仕事だった。

 言うなれば、賢者の剣を通して、過去の人物の生涯を演劇で見るようなものだ。

 ダイジェストではあるけど、それでも一生涯となれば膨大な量であり、私が候補としてあげたものが多いのがそれに拍車をかけている。


「お疲れ様です、くれぐれもご無理をなさいませんよう」

「ありがとう。アメリアもね」

「恐縮です」


 アメリアはそう言って、一礼して書斎から出て行った。


 しばらくして、部屋の外からサンの歓声が聞こえてきた。


「口止めしておけば良かったかな」


 私は苦笑いした。

 アメリアがよかれと思って、サンに伝えたんだろう。

 名付けをサプライズにすればもっと喜んでもらえたのかも知れない、わたしはちょっとだけ後悔した。


「……だったら」


 サプライズ、という発想が頭に浮かび上がってきたので、私は何か無いか、と改めて賢者の剣に聞いた。


     ☆


 翌日、またまた私の書斎。

 全ての準備が整った私は、アメリアに頼んで、サンを呼んできてもらった。


「お待たせ、パパ!」


 部屋に入って来たサンはテンションが高かった。

 呼んできたアメリアも、メイドらしく隅っこに控えているが、微笑ましく状況を見守っていた。


 完全に伝わってるし、予想されてるな。

 まあ、問題ない。もう。


「実はサンに名前をつけようと思ってね。いずれはつけるんだから、今のうちからって思ってね」

「ありがとう、パパ!」

「じゃあこれ、ここに血判をおして」


 そう言って、羊皮紙を机の上に出して、サンの目の前に差し出した。


「これは?」

「魔法の術式を描いたもの。ここに血判を押すと僕がつけてあげた名前が浮かび上がる」

「分かった!」


 サンは興奮気味のまま、私が用意した装飾つきのナイフで親指を切って、羊皮紙の指定箇所に血判を押した。


 術式が発動して、魔法の光がサンを包み込む。


「あっ……」


 興奮していたサンの顔が、ハッとした表情に上書きされる。


「これが私の名前……」

「うん、頭に浮かんできたね」

「ありがとうパパ!」


 サンは机を回り込んで、私の首にしがみついた。


「この名前大事にするよ。私、今日から――」

「待った」


 新しい名前を名乗ろうとしたサンの唇を、人差し指を伸ばしてそっと当てた。


 古典的なジェスチャーに、サンは言いかけた言葉を呑み込んだ。


「ど、どうしたのパパ」

「今の名前、誰にも言っちゃダメだよ?」

「どうして? 名前でしょ」

「今のは真名だから」

「まな?」


 首をかしげ、狐につままれた様な顔のサン。

 部屋の隅っこで様子を見ていたアメリアも同じ顔だ。


「うん、真名。魂に刻み込んだ名前とも言うべきなのかな。それを知った人間の命令には絶対に逆らえなくて、絶対服従になるけど、そのかわり真名の意味通りの人生に恵まれる」


 前のサンの真名は知らないが、我慢に強いとかそういうものだったんだろう。

 それを私が上書きした。


「サンが、この先幸せしかない人生になる様に、って」


 彼女の真名を上書きした。

 転生までに、そして転生してからも。

 幸せだけになれるように、と願いを込めて。


「そのような事を……アレク様すごい……」


 部屋の隅っこにいたアメリアが驚嘆していた。

 サンも同じだと思っていたら。


「パパに絶対服従……」


 何故かそれをつぶやき、「ポッ」と顔を赤らめていた。

 そこじゃないはずなんだが……?

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