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07.善人、英雄の父親になる

「大丈夫、待つのとか我慢するのとかは得意だから」


 エリザの「気長に待ちなさい」という発言に対し、少女は無邪気な笑顔で答えた。


「そんな風には見えないけど」

「本当だよ、何百年もずっと我慢してきたし。だよ」

「なるほど、それもそうね。じゃあ宜しく――えっと」


 エリザが首をかしげた。


「そういえば聞いてなかったわね。あなたの名前は」


 ……そういえば私も聞いてなかった。

 うっかりしてたな、と思っていると。


「うーん、それが分からないんだよ」

「分からない? もう記憶消去されたのかい?」


 生まれ変わる時の事を思い出す。

 私は半分やらかし半分幸運でそうはならなかったけど、普通は記憶を消された上で転生するものだ。

 もしかして彼女もそうか、と思ったのだが。


「ううん、そうじゃないんだ。単に忘れてるだけ」


 あっけらかんと笑いながら。


「名前も、生前の自分の事もわからないんだ」

「そうなのか?」

「うん、なんかこう、もやが掛かっててさ。思い出せそうで思い出せないんだよね。最初は思い出そうって頑張ったけど、どのみち生まれ変わったら全部忘れちゃうし、まいっかって」

「お気楽ね」


 エリザは軽く苦笑しながら言った。

 そうしてから、私の方を見た。


「アレクは、何か方法はないの? この子の名前と記憶を戻す方法」

「そうだね」


 エリザにいわれて、常時背負っている賢者の剣に触れた。

 今の状況と、それの解決方法を聞く。


 賢者の剣から答えが返ってきた。


「うーん」

「どう?」

「今すぐに出来る方法は一つだけかな。僕が彼女の心――魂の奥をのぞいて、それで持ち帰ったものを教える」

「まわりくどいのね」

「今すぐ、だからね。それにこれをやればその人の一番根っこの記憶が触発されて戻る可能性が大きい。大抵の場合名前だね」

「本当? じゃあ見て見てー」


 少女は胸を突き出し、服をはだけさせかねない程の勢いで言ってきた。

 無邪気であけすけな感じ、生きてる間もこんな感じなんだろう。


「じゃあ、のぞいてくる」


 私はそう言って、気楽な感じで、彼女に魔法をかけた。


     ☆


「すまない……ハーシェルの使徒を止めるには、もうこうするしか方法はないんだ」

「気にしないで」

「永劫の苦しみ、地獄の底に突き落とすような形で……本当に申し訳ない」

「気にしないでってば、私は我慢とか待つのとか得意。だよ」

「すまない……」


     ☆


「――ク……アレク」

「……え」

「アレク!」

「エリザ、それに……」


 戻ってきた(、、、、、)私の顔を、心配げにのぞき込んでくる二人の女。


 エリザと少女、二人の顔にははっきりとした心配の色があった。


「大丈夫なの? 汗、ひどいわね」

「うん、大丈夫」


 エリザにいわれた通り、いつの間にか汗びっしょりで、服が濡れて肌にへばりついていた。


「なんか悪い夢でも見たような顔をしているわよ」

「……びっくりしただけだよ」


 私は見てきたものの一部。

 求められている二つの内、片方だけを告げた。


「びっくり?」

「そう。サン・サクリファイス。それが彼女の名前だよ」

「……本当に?」


 エリザの顔色が変わった――のも一瞬だけの事。


「いいえ、うん。納得ね」

「納得しちゃうの?」

「ええ。だからこそあなたの子供に産まれるという次の人生が与えられたのでしょう?」

「そういうことか」


 私は苦笑いした。

 いつものエリザ、伝染して定着してた父上理論が少し気分を軽くしてくれた。


「なに? どういう事? 私の名前がどうしたの?」


 少女改めて、サンが聞いてきた。


「サン・サクリファイス。銀の厄災で人類を救った、英雄の名前だよ」

「……えええええ!? そ、そうなの?」

「うん。間違いない」


 念の為に賢者の剣にも確認したら、その通りだった。


「英雄も間違いではないのだけど、正しくは聖女ね」


 歴史をよく知っているエリザは補足説明をした。

 彼女は、細かい所まで知ってるのだろうか。


「すごいねえ、昔の私」

「だからアレクの娘になるという人生になるのでしょう。一千万人を救った英雄。あの中でトップクラスの魂。妥当よ」

「そっか、そうなんだ……」


 サンはエリザにいわれた事をかみしめる。

 やがて私の顔を見て、にやけた笑いを浮かべた。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもなーい。だよ」

「そうか」


「それにしてもさすがアレクね、英雄の父親だなんて」

「責任重大だね。それよりも、そういうことなら早く産んであげたいね」


 前世の記憶を完全に消すにはその方が、と私は思った。


 彼女の記憶をのぞいたとき、永遠に続くかと思われた苦しみも一緒にのぞいてしまった。

 それをとっさに魔法で封じたが、苦しみの記憶を完全に消すには生まれ変わるのが一番だ。


 私の子に生まれるのがベストなら――と前言撤回して早めのそれを考えたが。


「大丈夫、我慢とか待つのとかは得意だから」

「……そう」

「そうね。それに考え方を変えてみれば」


 エリザがにこりと微笑んでいった。


「今こうしてアレクと一緒なのも既にご褒美よ」

「だよね!」

「生まれ変わる前ならもう一つの可能性も生まれるし」

「うん! 実はそっちもいいかな――チラッ、なんて思っちゃったりして」

「気持ちはわかるわ」


 意気投合するエリザとサン。

 明るくも健気なサンの事を、私は、急速に好ましいと思うようになっていった。

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