表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/198

08.善人、皇帝と運命の出会い

「やめなさい!」

「ん?」


 この日もいつもの様に、アンジェと街に出ていると、剣呑な声が耳に飛び込んできた。

 声の方に目を向けた。

 モレクの住民が行き交う大通りで、女の子が男に絡まれている。


 女の子は16歳くらいだろう。気が強そうだけど、目鼻立ちが整っている文句のつけようのない美少女だ。


 一方の男は二十歳前後ってところか。こっちも顔そのものは整ってるけど、軽薄さが先行して残念な感じがする。


 男は軽薄でありきたりな文句で口説いてて、少女はそれを嫌がっている。

 みた感じたちの悪いナンパだ

 周りの通行人は遠巻きにみているか、我関せず見て見ぬ振りかのどっちかだ。


「アレク様、助けなきゃ」

「うん、助けよう。アンジェは僕のそばから離れないで。それと治癒魔法はいつでも使える様にしておいて」

「うん!」


 意気込む可愛いアンジェ。そんな彼女を引き連れて、二人に向かって行く。


「その辺にしといたら?」

「邪魔すんな――ってガキじゃん。子供が正義の味方の真似をするのは十年早いぞ――」

「スリープ」


 押し問答をする時間ももったいない。眠りの魔法でとっとと沈めた。

 男は一瞬で崩れ落ち、大通りのど真ん中で鼻提灯を作って寝息を立てはじめた。


 この男の処置は後回し、絡まれた子は大丈夫かな。


 そう思って少女の方を向くと、彼女はものすごく真剣な顔で私をじっと見つめていた。


「どうしたの? 僕の顔に何かついてる」

「ううん、なんでもない。助かったわ」

「災難だったね。どこかケガはしてない?」

「ええ、大丈夫。手首をつかまれただけだから」

「あっ、手首に傷が」

「さっき彼が倒れた時に爪がひっかいていったのね。たいしたことないわ」

「アンジェ」

「はい! むむむむむ……ヒール!」


 アンジェは前に出て、少女に手をかざした。

 私との訓練の成果だ。アンジェはとてもなれた手つきで、治癒の魔法を相手にかけた。


 白い肌につけられた赤いひっかき傷はみるみる内に治っていく。


 その間私は男の処置をする事にした。

 鼻提灯している彼に手をかざして、魔法を詠唱。


「クライムカフス」


 賢者の石から知識を引き出して、覚えた魔法。

 呪文が光の紋様になって、男の右手首に輪っかを作った。

 パッと見、ブレスレットにも見える輪っかだ。


 そして懐から羊皮紙とペンを取りだして、公文書のつもりで書き記す。

 右手のブレスレットは魔法で作られた物で、犯罪を起こそうとすればきつく締められる。

 一年すればといてやるから屋敷に来い――と。


 魔法手錠、クライムカフスの効果を記入して、男爵としての私の署名をして、男の懐に忍ばせてやった。


 こっちが終わったのとほぼ同時に、アンジェの治癒魔法も終わった。


「お疲れ様、アンジェ」

「えへへ……」


 アンジェは嬉しそうにはにかんだ。



     ☆


「私の名前はエリザ。さっきは助かったわ」

「どういたしまして。僕はアレク、こっちはアンジェ。よろしく」


 少女が絡まれていた現場を離れて、近くの喫茶店に入った私たち。

 一通り名乗った後、エリザが聞いてきた。


「それにしても、まだ子供なのに難しい魔法を使えるのね」

「分かるの? あれのこと」

「はじめてみる魔法だけど、高度な魔法なのは分かるわ。だってあれ、長期間効果を発揮させる魔法なんでしょ」

「めざといんだね」


 エリザの言うとおりだ。

 攻撃魔法や治癒魔法は、言ってみればたいして難しいものじゃない。

 また、ものの性質を根本的に変える魔法も、難易度としては最上級じゃない。


 魔法を使って、「魔法の効果」を長期間維持し続ける魔法の方が一番難しいんだ。


「どれくらい効果が持続するの、あれ」

「永続だよ」

「永続!?」


 驚愕するエリザ。

 持続するとまでは分かったが、永続とは思ってなかったって反応だ。


「うん、相手が死ぬか、僕が解除するかのどっちかじゃないと消えない。悪い事をするのを防ぐ魔法だからね、出来るだけ長持ちしないと意味がないんだ」

「永続魔法……噂通りの魔力ということか」

「え? いまなんて言った?」

「何でも無いわ」


 エリザはうつむき加減で何かぶつぶつつぶやいたけど、それを聞くと何やらごまかされた。


「あなた、さらっと彼に裁判をしたよね」

「うん。僕、このあたりの領主をやってる、カーライル家の息子なんだ。最近は父上のお手伝いでそういうこともしてる」

「悪人を日頃から裁いてるって事? あの魔法で」

「そうだね」


 意図は違うけど。


「そう、面倒な事をするのね。あんなの、牢屋にぶち込めばいいのに」

「それはあまりよくないんだ」

「なんでよ」

「死後の審判の事を知ってる?」

「もちろん。死んだ後、人生の善行と悪行を統計して、それで生まれ変わりのランクを決める説の事よね」


 説、じゃないんだよな。

 私は実際にそれを経験した、ちょっとした手違いで記憶を消去しないままアレクサンダー・カーライルとして生まれ変わったから、それが「説」とかじゃなくて、実際にある事だと知っている。


「犯罪を犯した人間を牢屋に閉じ込めるのは簡単だけど、それじゃ彼らが善行を積んで、最後の審判で帳尻があう機会を奪うのと同じことだから」

「だから野に放って、改心させるって事」

「うん、そのためのあの魔法。あれは悪い事をしたら反応してとめる魔法だから。どうしても悪い事を続けたら、最悪手首がちぎれる様になってる」

「でもそんなの関係なく、悪い事しかしない人間もいるじゃない? 手首がちぎれようがなんだろうが」

「そういう人は……残念だけど殺してあげるのがベストなんだ」

「殺してあげる?」

「悪行をかさねすぎる前に」


 461人を殺して、ミジンコに生まれ変わった山賊の事を思い出した。

 その人がもし、一人目を殺した時点で逆に殺されていたら、次の人生は貧民だけど、人間のままだと思う。

 早めに生まれ変わったら、記憶とか人格をリセットやりなおせるはずなんだ。


 だから、どうしようもない悪人は早めに殺して(止めて)あげるのがいいんだと思う。

 裁くんじゃない、助けるって感覚が強い。


「ふーん」

「なにかな」

「あなた、子供らしくないわね」

「そうかもね」


 私は苦笑いした。

 ついつい語ってしまった。

 普段はある程度年相応の子供として振る舞おうとしてるけど、なぜかエリザ相手だと真面目に話してしまう。


「それに、だいぶ善人だわ」

「それはどうかな?」

「ほめてないわ、だって自分が損をする考え方だもの。善人は普通(、、)損をするものよ」

「そっか」


 確かにそうかもしれない。

 でも、それでいいのかもしれないと私は思う。


 エリザはふっ、と笑った。


「でも私は好きよ」

「そうなの?」

「年齢がもう少し近かったら恋人にしてあげてたわ」

「ありがとう」


 たとえお世辞だったとしても、ちょっと嬉しかった。


     ☆


 エリザと別れた後の帰り道。

 一緒に並んで歩くアンジェが、どこかぼうっとしていた。


「どうしたのアンジェ」

「エリザさん。すごく綺麗な人だったな、って」

「そう思う?」

「うん。アレク様と話している時の目がすごく綺麗でした」

「そうなんだ」


 言わんとすることがわからなくもない。


 エリザは私の事を子供らしくないといったが、それは私も同じことを考えていた。

 見た目は16歳くらいの少女だが、彼女の精神年齢はもう少し上だ。


「私もああなれるかな」

「あれはね、家庭の事情で、子供の頃から一家の経済を背負って立った人、そういう人の目なんだ」

「そうなの? えっと、苦労してる人?」

「そうだね、望まない苦労を背負い込んでるけど、腐ってない人。貴重だよ」

「そうなんだ……」

「アレは綺麗だけど、アンジェもこのままなら違うタイプの綺麗な目になるはずだから、無理してあっちを目指さないでね」

「うん、分かった。アレク様の言うとおりにします」

「いい子だ」


 アンジェの頭を撫でてやった。

 アンジェはえへへ、と笑った後、何かをねだる目で私を見た。


「どうしたの?」

「アレク様、何かその人のお手伝い……できないかな」


 なるほど、「苦労を背負い込んでる」ってところに反応したか、アンジェ。


「そうだね、その時が来たらお手伝いしよう」

「――っ、はい!」

「アンジェはいい子だね。来世もきっといい人生になるよ」

「本当ですか! それなら私、来世もアレク様と一緒がいいです!」


 てらいの無いアンジェの好意、ちょっとこそばゆい。


「手をつなごうか」

「はい!」


 アンジェと一緒に、手を繋いで屋敷に戻った。

 いつもの散歩、穏やかな時間。

 心が洗われるかのようだ。


 が屋敷の敷地に足を踏み入れた途端それが全てふっとんだ。


「隙ありぃぃぃぃ!」


 物陰からかけ声とともに、父上がものすごい勢いで斬りかかってきた。

 自分の体よりも巨大な、戦場で馬を斬るために作られた大剣を振りかぶって、私に斬りかかってきた。


 とっさに炎の魔力球を生成した。

 魔力を出して、空中でものすごい勢いで回す。


 高速回転で、一瞬でまん丸になった魔力球で父上の大剣を迎え撃った。


 先日と同じように、魔力球が大剣をバターのように溶かした。


「うむ!! さすが私のアレク。オリハルコン製の特注品をいとも簡単にとかしてしまったな」

「オリハルコンって、わざわざそんな超希少金属で作らせてまで何をしてるんですか父上は」

「ふふふ」


 父上はニヤリ、と得意げに口角をゆがめた。

 ゾクッとした。いやな予感がした。


『皇帝陛下を招いてうっかりこれをやれば、アレクの天才さを自然にアピール出来るということか!』


 先日の父上の言葉をはっきりと思い出してしまった。

 まったく同じ形の奇襲、しかしオリハルコンという希少金属を使ったワンランク上の襲撃。

 これってまさか――。


「父上、もしやとは思います、本当にやってしまった、なんて事はありませんよね」

「そんな事はするものか! 私のアレクにやってしまった、などするはずもない」

「本当ですか?」


 疑わしげな目を父上に向ける――までもなく自供された。


「うむ。あるとしたら『やってやった』の方だ」

「……」


 もっとたちが悪いと思った。確信犯の方か!


 これは……来ている。

 間違いなく来ている。


 そしてみられている。

 父上が「私のアレク」をアピールする所をみられている。

 もっと、強く止めておけばよかった。まさか本当に皇帝陛下を引っ張りだすとは。


 有言実行は時には美徳にならないのですよ父上。


「出来た息子だな、カーライル卿」

「恐縮でございます」

「そして卿には過ぎた息子だ。帝家に生まれていればな、余の代わりに名君となれただろう」

「全くもっておっしゃるとおりでございます!」


 父上の向こうから威厳のある声が聞こえてきた。

 皮肉の言葉にも、私が持ち上げられているという一点で父上は大いに喜んだ。


 仕方ない、ちゃんと挨拶を――と思ったのだが。


「え? エリザお姉さん?」

「へ?」


 アンジェの言葉に驚いて、父上の向こうにいる者を改めて見る。

 それはさっき街中で助けた、エリザその人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 人間の貧民に生まれるのとミジンコに生まれるのとどっちがいいかは微妙なところだなー。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ