04.善人、SSランクホムンクルスを赤子扱いする
処理すべき仕事を一通り終えて、立ち上がって伸びをする。
窓際に行ってそこから夕日を眺めようとすると、庭で少女の姿が見えた。
大きな木の下で、彼女は浮遊したまま、膝を抱えたままゆっくりとぐるぐる回っている。
その姿は水中にいるような感じで、ちょっとだけおかしかった。
そんな彼女と目があった、考えるよりも先に体が動いて、彼女に手招きした。
彼女は膝を抱える体勢から手足を伸ばして、人魚の様な優美さで、空中を泳いで来た。
一歩後ろに下がってスペースを作ってやった、少女は窓をすり抜けて執務室に入ってきてそのスペースで止まった。
「どうしたの?」
「体、作ってあげようか」
「え?」
「すぐに産んであげる事は出来ないけど、体を作ってあげる事なら出来る」
「体、を?」
どういう事なのか分からず、って感じで小首を傾げる少女。
私は袋を取り出した。
カラミティの爪で作った、もう一つの袋。
食糧貯蔵用じゃなくて、いろんな事に使う素材をとか材料を備蓄しておく袋だ。
最近ますます、色んな出来事に巻き込まれるようになったから、そのために用意した袋。
それは早速役に立った。
袋の中に手を入れて、同時に魔法を使う。
少女を見つめ、彼女の見た目を網膜に焼き付けつつ、魔法を使う。
そして、袋の中から人の姿をしたものを取りだした。
ホムンクルス。袋の中で作って、そのまま取り出して少女の前に立たせた。
「これ……私?」
「うん。キミの姿を模したホムンクルス。キミさえよければしばらくこの体を使って。もちろん責任は色々とる。キミが生まれ変わるまでは」
「せ、責任?」
少女は顔を真っ赤にした。
ああ、この言葉のチョイスはちょっとよくない。
字義的に間違いじゃないけど、ニュアンスがよくない。
「アフターケア、だね。丈夫には作ったけど、長期間使うと不具合があるかも知れないからね」
「……」
「どうかな」
「やってみる」
「わかった」
頷き、ホムンクルスの肉体と少女の魂を両手でそれぞれ触れた。
天使・マルコシアスにしてやったのと同じように、少女の魂をホムンクルスの中に入れる。
しばらくして、魂を取り込んだホムンクルスのまぶたが開き、不思議そうな表情で自分の手の平を見つめた。
「どうかな」
「肉体……」
「うん、肉体だね」
「地面踏んでる……何百年ぶりだろ」
今度は床に立っている自分の足元を見た。
感動が徐々に沸き上がってきたのか、少女の表情から次第に笑みが浮かび上がった。
「すごい、やった――」
少女の笑顔は一瞬にして消えた。
物理的に。
あまりの嬉しさに小躍りして、ピョン、とジャンプした少女は、ものすごい勢いで飛び上がり、ドォォォン! と轟音を立てて天井を突き抜けた。
執務室の上にも部屋があるが、それすらも全て突き抜けて、空高く飛び上がってしまった。
風通しがよくなって、天井ではなく空が見えてしまう。
「どういうことだ?」
目の前の出来事を不思議に思っていると、少女がスタッ、と着地してきた。
「どうしたんだい?」
「わからないよ、ちょっとジャンプしただけで……。私の足どうしたの――きゃっ」
今度は自分の足元を見る少女、多分「トントン」と足で地面を小突くような事をしたかったんだろうが、一発目で床を踏み抜いて、下の階――一階に落ちてしまった。
穴の上から彼女に呼びかける。
「大丈夫かい?」
「う、うん。大丈夫。でも本当に一体どうしたんだろう」
「うーん」
考えつつ、私も穴から跳び降りて、少女の前に立つ。
そんな事を考えていると、少女がむずがりだした。
ジャンプと踏み抜き、二度に亘る屋敷の破壊。
それだけではなく落下した事で破壊したものの粉塵が巻き起こされ、彼女の鼻に入った。
その結果、少女はむずがって――
「――クシュッ!」
ドーーーーン!
可愛らしいくしゃみだが、威力はまったく可愛くなかった。
彼女のくしゃみは爆発を起こす程の威力があった。
くしゃみで屋敷が半分吹き飛んでしまった。
「えええええ!? ど、どういうことなのこれ?」
「……ホムンクルスにSSランクの魂を入れたから」
「え?」
「マルコシアス以上かな。それに加えて数百年間肉体が無かった状態だから、ブレーキがまったく効かない状態」
「ねえ、どういう事なの?」
少女が私に向かってきた。
顔に焦りが出てて、それが動きにも出た。
彼女は床に転がってる、屋敷の残骸をけつまづいて、前のめりに転倒した。
ピターン!
少女が転んで――今度は地震が起きた。
ぐらぐらぐら……と屋敷だけじゃなくあたり一帯がゆれた。
SSランクにホムンクルスの超絶パワー、しかしその力をコントロール出来ていない状況。
私とも、マルコシアスの時ともすこし訳が違う。
数百年間、肉体そのものがなかった少女は戦闘でパワーを出す以前に、日常的に力をコントロールする事さえも出来ないのだ。
「……っ!」
ハッとする少女、どうやら自分でも状況と理由が分かったみたいだ。
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
全体的に身体能力が上がって、制御も効かないせいで。
少女の怯える心音がはっきりと私の耳にも聞こえてきた。
「こ、ここにいちゃダメ。だよ」
少女は身を翻して、駆け出そうとした。
きっとやさしい子なんだ――ああ、SSランクだったもんな。
「待って」
「引き留めないで!」
少女は私の伸ばした手を振り払おうとした。
轟音が耳をつんざく、容赦のない一撃が空間ごと引き裂いて飛んで来た。
「あっ――」
ハッとする少女、やっぱりコントロールが出来なくて、なのについつい力が出てしまって。
それで後悔した表情――なのだが。
「……え?」
私は彼女の手を受け止めた。
ビシッ、と体を伝わって足元がひび割れたほどの力。
少女の手を――やさしく――受け止めた。
まずは、安心させること。
「ど、どうして」
「大丈夫、僕はキミの攻撃ではケガしない」
「え?」
「娘より弱い父親はこの世にいないから」
「――ッ!」
キュン!
ハッとする少女……なのはいいんだが。
彼女の胸から、はっきりと、しかし初めて聞くような音が聞こえてきた。




