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03.善人、幽霊のハートを射抜いてしまう

 屋敷の中、自分の執務室。

 私が書き物をしている横で、幽霊の少女が空中に浮かんだまま、「ねーねー」とまとわりついてきた。


「早く子供作って。ねっ、パパ」

「今はだめだ」


 少女が間近でウインクしてきたが、私は即答で却下した。


「どうして? 貴族なんだから、別に子供作ってもおかしくない年齢じゃない」

「僕には許嫁がいる。アンジェって名前のね。彼女を僕の正室にするって決めてるから、一人目の子供はまず彼女に、って決めてるんだ」

「へえ」

「そしてアンジェはまだ幼い。もう数年――いや十年くらいは待つつもりだよ」

「十年も? それじゃ私はどうなるの?」

「十年は待てない?」


 ちらっと少女を見る。

 彼女は不満タラタラって感じで、唇を尖らせている。


「そりゃそうだよ。何百年も待ってやっと生まれ変わると思ったら……。だよ」

「意識はあったんだ」

「うん。だから早く生まれ変わりたいんだ。分かるよね、すっごいごちそうが今目の前にあって、お預け食らってる気分。だよ」

「なるほど」


 私は微苦笑した。

 確かにそうかもしれない。


 実際の光景は最近広まったが、この世界の人間は元々生まれ変わったら善行次第で次の人生が決まることを知っている。

 そして少女は実際にSSランクと、次の人生が華やかなものだと確約されている。


 ちなみにエリザは謁見した時にメガネで見たらSランクだった。


 エリザがSなのは納得だ。何しろ帝国のトップ。

 全ての権力と富が集まってその気になれば思いのままに生きられる、皇帝。だからSなのは納得。


 皇帝でもSランクなんだ。

 SSランクと告げられた少女が素晴しい人生に期待を膨らませて、急ぐ気持ちになるのは分かる。


「だとしても待ってもらうしかない」

「ちぇー。ちぇっ、だよ」


 少女は空中浮遊したまま、あぐらと腕を組んで、唇をますます尖らせた。

 そんな姿も可愛いなと思いつつ、私はさらに書き物をすすめた。


「そういえば、さっきから何を書いてるの?」

「みて分からない?」

「見てもわかんないよ、私の時代と文字違うから」

「なるほど」


 数百年前の人間だとそうかと納得した。私は死んですぐに生まれ変わったから、文字の知識はそのまま持ち越せた。

 ああ、そういえば古い書き方を家庭教師に指摘されたっけ。


 私でも微妙に差異はあったんだから、数百年ぶりの少女はもっとだろう。

 そんな彼女に、私は書きかけの羊皮紙を掲げて、紙の材質と隅っこの印が目に入るように見せた。


「あっ……」

「執務だよ。この先人口が爆発的に増えるのが分かってるからね。一千万人ぐらい」

「……」

「そんなに人間が増えてしまうと、食糧も土地も街のインフラも教育も、何もかも足りなくなってしまうのははっきりしてる」

「……」

「だから、今のうちから準備をしておくんだ」


 答えつつ、領地の各所に送る書状やお触れを書いていく。

 緊急時じゃないから、こうして命令だけ下して、部下や役人達に頑張ってもらう方針だ。


 ふと。


「そういえばさっきから黙ってるけど、どうしたの?」


 少女がさっきから黙り込んでいる事に気づいた。


「……な、なんでもない」


 少女はハッとして、パッと目をそらした。

 そらした後もチラチラと私の手元を見ている。


 私も視線を落とした。

 そこにあるのは私の手と、ペンと、お堅い内容の公文書だけ。


 少女が目をそらす様なものでもない様でもないはずなんだけど……。


「……字」

「じ?」

「字、上手いね」

「ありがとう」


 大昔に父上からほめられた時の事を思い出した。

 普通に丁寧に書いてるだけなんだけどな。


「私も」

「うん?」


 改めて少女を見る。

 彼女はますます頬を染めてしまっていた。

 もう耳の付け根まで真っ赤っかで、冗談抜きでゆであがったタコみたいに赤かった。幽霊なのに。


「生まれ変わったら、字、上手くなるかな」

「上手くなりたいの?」

「だってすごくヘタクソだもん。だよ」

「ふむ」


 私は少し考えて、執務机のそばに置いてある賢者の剣に触れて、幽霊に触れる方法を聞く。

 魔力球の要領で、体の表面に闇属性の手袋っぽいものを作れば触れる、ってのを知った。


 早速それをして、少女に手招きする。


「こっちおいで」

「え?」

「ほら」


 向こうから来ないので、手を引いて引っ張った。


 空中浮遊していた少女を近くに引き寄せてから、同じように表面に皮を被せたペンを握らせ、その上に自分の手を重ねた。


「な、なに?」

「教えてあげるから、書いてみようよ」

「あ……」


 少女は戸惑うが、まずはやってみようと、添えた手を動かした。

 彼女の手を握って、紙の上にペンを走らせ、丁寧に文字を書いていく。


「うん、いい感じ。そうそうゆっくり丁寧にね」

「……」


 途中から少女は私の意図を理解して手をある程度動かすようになったから、若干力を抜いて、彼女の手の動きを導く程度に留めておいた。


「うん、上手いじゃない。ヘタクソなんて事はないよ。ちゃんと綺麗に書ける才能あるよ」

「そ、そうかな……」

「うん。僕はそう思う」


 言うと、少女は少しキョトンとしてから、「えへへ。だよ」とはにかんだ。


「ねえ、これってどんな字? どういう意味の文章?」

「そっか、文字が分からないんだったね。キミの名前だよ」

「えっ?」

「僕が考えてるキミの名前。その候補だね。僕の子供として産まれるんだから、今から考えないと」


 名前は大事だから。

 自分の子供になるというのならなおさらだ。


「…………」

「どれがいい? って分からないよね。上からソフィア、これは知恵って意味だね。これがアマンダ、大切なものって意味。これが――」

「――っ!」


 私が説明している途中で、少女は私の手を振り切って、逃げる様に飛んで、壁をすり抜けて外に出てしまった。


「どうしたんだろ……」


 壁をすり抜ける直前に、何故か少女は顔を押さえて、更に顔が真っ赤になっていたのが見えた。

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