09.善人、数千万の魂を解放する
ポカーンとしている二人をひとまずおいといて、倒れている人達の方を向いた。
人間に戻ったビーレ魔法学校の教職員や学生達は、全員が素っ裸なままだ。
全裸が一人二人だとエロスティックだが、この域まで来る「壮観」って言葉しかない。
「みんなをこのままにしとくのもなんだし、意識が戻る前に全員に服を着せないとね」
「カーライル様」
いつの間にか我に返ったマルコシアスが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「瑣事はどうかお任せを」
「やってくれるの? ありがとう」
「恐悦です」
マルコシアスがちょっとだけ嬉しそうな顔をして、全裸の山と向き合った。
ぶつぶつと何かを詠唱して、魔力を高める。
天使の彼なら造作も無いことだろう、ここは任せよう。
私は一緒にここまでやってきた、シャオメイのところに向かった。
「お疲れ様、シャオメイ」
「アレクサンダー様……」
「どうしたの? 元気がないようだけど」
「はい……すみません、私なんのお役にも立てなくて。バタバタわめいてるだけで終わっちゃいました」
なるほど、そういうのを気にしてるのか。
シャオメイは内気なのと同時に真面目で、その分塞ぎ込みがちな性格と見た。
「……それは困るね、シャオメイが元気を出してくれないと」
「いえ、私なんて――」
「シャオメイに頼みたいことがあったんだ、元気がないとその分それが遅れちゃってこまる」
「わ、私にですか!?」
驚き、目を見張ってしまうシャオメイ。
「うん、でも元気がないのはしょうがない。シャオメイが元気になるまで――」
「やります!」
シャオメイは大声を出して、前のめりで、食ってかかるくらいの勢いで私に詰め寄った。
「何をすればいいですか?」
「やってくれるの? じゃあついてきて」
「はい!」
元気になったシャオメイを連れて、さっきピリングス・マルコシアスと一瞬だけ地上戦をやったところに向かった。
陸の孤島の外れで、戦いの余波で崩落しているところだ。
「あ、ここは……」
「ここを元の形に戻さないとみんな困るよね、って思ってたんだ。シャオメイの永久凍結ならその場凌ぎじゃなくて完全に解決出来るから、頼もうって思ってたんだ」
「そうだったんですね……任せて下さい!」
シャオメイは更に元気を出し、意気込みだした。
足を少し広げて、目をつむって両手を突き出して重ねる。
ムパパト式で魔力を高めて、その魔力に黒い長髪がふわりとなびく。
強くて、綺麗。
シャオメイの姿にそう思った。
彼女は自身の限界まで高めた魔力で、崩落の部分を永久凍結の氷で作り直した。
「お疲れ様、ありがとうねシャオメイ」
「――はい!」
シャオメイはものすごく嬉しそうに、大輪の花が咲いた様な笑みを浮かべた。
自信がついて、達成感に満ちたシャオメイの姿は、私が知っている女性の中でも屈指の美しさだ。
もっと彼女に自信をつけさせたい、そのためには具体的にはこうしたい――と、思考が飛躍するくらい美しかった。
「あの……」
その思考にふけさせてくれなかった。
背後から男の声がしてきた。
振り向くと、初老くらいの男が立って、おそるおそる私に話しかけてきた。
「あなたは?」
「ジャックと申します。このビーレ魔法学校の校長です」
「校長先生だったんだね」
「ありがとうございます副帝殿下」
ジャックはそう言って、深々と頭を下げた。
魔法学校の校長だ、私の事を知っていてもおかしくはない。
それよりも。
「起きた出来事を覚えているの?」
「はい、ここにいるもの達、全てが」
「「「ありがとうございます!」」」
「わっ!」
ジャックの更に向こうから、ありがとうの斉唱が聞こえてきた。
いきなりの大音声でびっくりした私。声の大きさと多さからして、ほとんどの教職員と学生達が目を覚まして、声を揃えて言ってきたんだろう。
「どういたしまして。それよりもまだ何か困ってることある?」
「それが……」
「あるんだ」
ジャックは申し訳なさそうにうつむいた。
それを聞いたのは、彼の顔にそれが出ていたから。
賢者の剣の知識と違って、長年の経験で目の前の相手が困ってるかどうかが何となく分かってしまうんだ。
だから聞いてみたんだけど、案の定だった。
「こちらへおいで頂けますか?」
「うん」
私は小さく頷いてついていった、後ろからシャオメイもついてきた。
ジャックに先導されて、意識を取り戻した魔法学校関係者達のところに戻ってきた。
ほとんどの人に共通しているのが、眼差しの中に感謝の他に、困惑が混ざっているということ。
どうしたんだろうと思っていると。
「これです」
ジャックが私たちを案内してきた先に、人間っぽい何かがあった。
形は間違いなく人間だ。
170センチくらいで、美しい人間。
ただし男とも女ともつかない、中性的な見た目だ。
それが地面に仰向けに寝かされている。
見た目、いや外形は人間で、材質がそうじゃなかった。
クリスタル。
無機物で半透明のそれは人間どころか生物ですらない。
「これは?」
「分かりません。私たちが目覚めたら共にありました。周りの人間に聞いても誰一人として知っているものはいませんでした」
「なるほど」
「あれほどの事があった後ですから、不気味で」
「……」
私は無言で頷き、結晶体をじっと見つめた。
不思議な感覚だった。
いや、見た目って言うべきか。
メガネ越しに見えているのは、間違いなく人間の魂。
しかし今までどんな相手を、天使のマルコシアスを見てもランクが分かったのと違って、その魂のランクは分からなかった。
むしろ、秒刻みで変わり続けていると言った方が正しいのかも知れない。
秒刻みで変化する魂、メガネ越しに見えたのはそういうものだった。
ジャック達、魔法学校の人間は期待と、すがる様な気持ちを視線に乗せて私を見た。
私は少し考えた、賢者の剣にも聞いた。
やがて、その賢者の剣を背中から抜き放ち、ゆっくりと、触れるくらいの勢いで結晶に突き立てた。
「――っ!」
瞬間、目の前が一変する。
光に包まれた、まばゆく真っ白な空間になる。
そこから無数の何かが、風船のように空に飛び立った。
それが一つ飛び上がるごとに、「ありがとう」が一つ聞こえてくる。
無数に飛び立って、無数の「ありがとう」。
その数は十や百とかそういう単位じゃない、万――いや百――――いや千万。
それくらいはある数だった。
解放。
目の前の光景からその言葉が浮かび上がった。
一千万人以上の魂の解放。
そう思った途端、賢者の剣から珍しく自発的に知識を授けてきた。
銀の災厄。
それで犠牲になった人類の一割が、目の前の数とおおよそ同じだという。
それほどの数、ハーシェルの魔法という共通点。
関係ない……とは到底思えなかった。
私は確信した。
クリスタルの人形は、あの時に犠牲になった魂が昇天できずに、とらわれになっていたもの。
つまり。
銀の災厄で犠牲になった魂が百年以上の時を超えて。
ようやく、解放されたのだった。




