07.善人、魂を救済
初めて賢者の石を手にしてから早くも一年が経った。
あらゆる知識を引き出せる賢者の石を手にしたため、私は七歳にして大半の家庭教師を必要としなくなった。いわば卒業だ。
この日も、賢者の石で引き出した知識を元に、朝から屋敷の庭でアンジェと一緒に魔法のトレーニングをしていた。
私の目の前に、7つの玉が宙に浮かんでいる。
色はそれぞれ違う。赤、青、緑、黄……と、虹と同じような色合いだ。
それらは膨大な魔力を内に持っている魔力球だ。
宙に浮かんでるそれらに手を触れて、魔力を込めて、手首のスナップをきかせて回す。
魔力球は宙に浮かんだまま高速で回転する。
回転がおちてくると、魔力球は完全な円形を保てなくなり、歪な形になっていく。
それを更に魔力を加えて回すことで、球状に保つ。
これは「セラミクス法」という名前の、魔力トレーニング法だ。
その者が最も得意とする属性の魔力を空中に放り出して、回して丸く整える。
魔力の放出と制御を同時に鍛えられる方法。
私の隣でも、アンジェが白色の魔力球を回している。
回転は私ほどではなく、まだまだいびつだが、七歳の子どもにしてはかなり上手くいっている。
私は七つ、同時にコントロールしている。
炎、氷、風、土、光、闇、無。
七つの属性それぞれの魔力球をまん丸に保つ。
「隙ありぃぃぃ!!!」
突然、裂帛の気合とかけ声とともに、何かがおそいかかってきた。
風斬り音も聞こえる、どうやら両手持ちの剣、ツヴァイハンダーの類での攻撃だ。
手を伸ばして、回っている赤い魔力球に更に回転を掛けて、それを誘導する。
赤い魔力球、炎属性の玉を斬撃の軌道上に置いた。
ジュワッ、という音が聞こえて、両手持ちの大剣はバターのように魔力球に溶かされてしまった。
攻撃はそれっきり、私は少し呆れた目で。
「いきなり何をするのですか、父上」
「ふははははは、さすが私のアレクだ」
元の三分の一しか残ってない大剣を投げ捨てて、腰に手を当てて高笑いする父上。
勝ち誇ってる人間がする笑い方、このシチュエーションでそれをするにはあまりにもちぐはぐ――なのだけど。
「おはようございます、お義父様」
一緒にいるアンジェがまったく動じてない事からもわかるように、我が家ではかなり日常的な光景。
「うむ、おはよう。アンジェも頑張っているな」
父上はアンジェが回している白色の魔力球をみて、満足げに頷いた。
「私が七歳の時よりも遥かに上手く回している」
「アレク様が教えてくれたおかげです」
「そうか、うむ、さすがアレク。天才とは得てして教えるのが不得意だと言うが、アレクにはまったく当てはまらないようだな」
「それよりもいきなり襲いかかるのはやめて下さい父上。使用人達もみていますし、父上の客もいらっしゃるかも知れません。こういうところをみられるのは父上の沽券に関わります」
「そうか!」
父上は目をむいて、ハッとなった。
よかった、分かってくれたみたいーー。
「皇帝陛下を招いてうっかりこれをやれば、アレクの天才さを自然にアピール出来るということか! その手があったとは!」
「いえ父上、やめて下さいという話です」
ちょっとため息が出そうになった。
父上は放っておけば本当にそれを実現させかねない。
領民にはよき領主なのだけど、「アレクアピール」という事に関しては別人のようになる。
「よし、ちょうど皇帝陛下が避暑で行楽なさる時期だ。是非わがカーライル領に来ていただくように上申せねば!」
父上はそう言って、奇襲してきた時以上の勢いで屋敷に駆け込んだ。
……。
えっと。
皇帝陛下、本当に来るかもしれないぞ、これは。
☆
モレクの街。
アンジェと一緒に、いつもの様に街に出歩いていた。
好奇心旺盛なアンジェのいろんな表情をみるのが楽しくて、私はほとんど毎日のように、アンジェと一緒に出歩いている。
「あっ……」
「どうしたのアンジェ」
「これ……アレク様」
アンジェは怯えた表情で、建物の外壁にはり付けられている手配書を指さした。
「連続殺人犯……生死不問。なるほど」
「十人も殺してるって。怖いですアレク様」
「そうだね」
私は手配書をみた。
人相書きも出ている、かなりの凶悪犯だ。
「これは……見過ごせないな」
「アレク様? 見過ごせないって、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味だよ。早くなんとかしないといけない。じゃないと、すごく悲しい事になってしまう」
人相書きが出ている、十人も殺した程の凶悪犯。
このままでも捕まるのは時間の問題だけど。
その前にしゃしゃり出た方がいいと、私は強く思った。
☆
夜、私は一人でモレクの街中を歩いていた。
目的はもちろん自分をおとりにして、連続殺人犯をおびき出すこと。
街の治安隊に話を聞いてみたら、どうやら通り魔的に、女子供に手をかけているということのようだ。
それなら私が最適だ、ということでこうして夜の街を一人で歩いている。
「――っ!」
注意深く歩いていたけど、何気なくすれ違った一人の男が、私の背後に回った途端、首に手を回して、私を暗がりに引きずり込もうとした。
首筋には尖った、冷たい感触を覚える。間違いなく刃物だ。
巻き添えやとばっちりの人を出さないために、私は無抵抗のまま、男に路地裏に引きずり込まれた。
「ふ、ふふ、ふははは」
男が立ち止まって、笑いだした。
ちらっと肩越しにみた、手配書の人相書きと同じ顔だ。
「ねえ、どうしてこんなことをするの?」
「肉だ……肉だ、肉だ肉だ肉だ肉肉肉――」
男は血走った目で、ナイフを更に私の首に押し当てた。
話が通じそうにない。
ならば、彼のためにできる事は一つ。
「肉肉にく――え?」
男は目を剥いて、愕然とした。
私はするり、と首に回されてている腕から抜け出し、数歩の距離を取って、男に向き直った。
男は信じられないって顔で自分が持っていた刃物を凝視する。
柄だけになったしまった刃物、刃の部分はほとんどバターのように溶かされて、地面にどろりとおちていた。
「もう、ここまでの方がいい。これ以上だと人間に戻るまでの回数が増えてしまう」
「――うおおおおお!!」
男はわずかに残った刃の部分を振りかぶって、私に斬りかかってきた。
手を無造作に振り払う。
赤色の魔力球――直前に作り出して、男の凶器を溶かした魔力球が、私の手の振りと軌道で飛んでいく。
途中で爆発的に大きくなって、男の全身を呑み込んで、一瞬で溶かしてしまった。
跡形もなくとかされた男、骨の一本も残ってない。
多分自分が何をされたのか、痛みも感じる暇もなく絶命したはずだ。
私は、地面に残された、男の刃物だった金属の塊をみて。
生まれ変わる前に並んでいた時にみた、悪人達の悪行と生まれ変わりの事を思い出して。
「十人殺しなら、動物に一回ですむはず」
男が、次の次はちゃんとした人間に生まれてくることを祈った。