04.善人、こっそり罠を張る
私をぼうっと見つめるシャオメイに訊ねる。
「体に不調はないかい?」
「はい……それは、だ、大丈夫です」
「どうやら人間の体に戻った時に気絶するみたいだね。さっき助けた人と一緒だ」
「気絶!?」
「もしかして記憶が繋がってるのかい?」
「は、はい」
なるほどね。
「それよりも立てるかいシャオメイ? ああ、立つときは自分の影と背中合わせにした方がいい」
「影と背中合わせって……こうですか?」
不思議そうに首をかしげながらも、彼女は言われた通りにした。
立ち上がって、太陽を真ん前にして、自分の影が真後ろに行くように立った。
そんな彼女と向き合って、安心させるようにしっかり頷く。
「うん、それでいい。影と目があってしまうとああなっちゃうんだ」
「影と……目が合う……」
「不思議な表現だよね、でもそういうことなんだ」
「はい、分かりました。影を背中にして、見なければいいんですね」
「そういうこと」
「アレクサンダー様。もう何か分かっているのですか?」
「聡いねシャオメイは。うん、この状況――ううんこの魔法の名前と、効果が分かった。あとはそうだね、相手の狙いも分かったかな」
「そんなに!?」
シャオメイは驚愕した。
「魔法の名前はハーシェル。大昔に編み出された魔法でね、効果はシャオメイも体験したように、モンスターと魂を入れ替えるものなんだよ」
「どうしてそんな事を……」
「ある説があってね。モンスターは基本ランクの低い魂が入ってる。何故そうなのかは、前世悪い事をしたから、その罪をそそぐために人間に狩られる側のモンスターにされる。という説なんだ」
「なるほど」
「一方で、魂のランクはその人の能力に直結している。当たり前だよね、いい人生を送るにはそれなりの能力が無いとダメだから。いやらしい話お金がいい人生だとしても、お金を稼ぐにもそっちの才能がいるからね」
「そうですね」
「そこでこう考える人がいたんだ。低いランクの魂が入っててもあれほど強いモンスターの肉体に、人間の高ランク魂をいれればどうなるのだろうか、って」
「モンスターがもっと強くなるって事ですか?」
「そういうもくろみをした集団があったんだ。結論から言うと、それは正しかった。ううん、もっとすごい結果が出た」
「もっとすごい結果……」
「高ランクの魂が低ランクの肉体に入ると、魂がもつ本来のランクよりも高いパフォーマンスを発揮する」
「ど、どれくらいですか」
おそるおそる、って感じで聞いてくるシャオメイ。
「ざっくり1ランク上って結果が出たらしい。例えばシャオメイがあのままモンスターになってたら。Aランクの魂だけどSランクの力を発揮してただろうね」
「そ、そんな……」
「そのハーシェルの魔法で強力なモンスター軍団を作った人達は、力に酔って、舞い上がって。ついには世界征服をしようと言い出した」
「せ、世界征服」
ごくり、とシャオメイが生唾を呑み込んだ音が響きわたる。
その言葉には力がある、善良な人間には不安を与えるものだ。
「もちろん阻止されたよ、多大な犠牲を払ってね。問題は、それをまたしようとしてる人が現われたって事だろうね。それも魔法学校に入れるくらいの、多分大半がランクB以上の魂のここでやろうとした」
「た、大変な事になります!」
「うん、なるね。モンスターにさせられた人間は、個人差もあるけど、一ヶ月も経てば魔法を使った人、『創造主』に逆らえなくなって、命令に絶対服従になるんだ」
「絶対服従……」
「その集団は更にもう一つの説を唱えだした」
「ど、どういう物ですか?」
不安がるシャオメイ、話の流れでその先にある事に不安がった。
「高ランクの神の魂を、低ランクな人間の肉体に入れたらどうなるか」
「……」
絶句し、いよいよ青ざめてしまうシャオメイ。
「まあ、それは実現しなかったみたいだけどね。でも、安定して強力で、命令に絶対服従のモンスター軍団を作り出す方法は確立された。それがどういうわけか今になって復活したってことだね。とめなきゃまずいよね」
「ど、どうしたらいいでしょう」
シャオメイは青ざめたまま、震えた声で聞き返してきた。
「うーん、まずはこのまま」
「こ、このまま?」
「うん、このまま」
「そ、それってよくないんじゃありませんか?」
シャオメイが訝しんで聞いてきた。
私はにこりと微笑んだ。それを見て、ますますシャオメイが不思議がった。
ややあって、私はおもむろに動き出した。
ゆっくりと賢者の剣を抜き放って、流れるような無駄の無い動きで刺突を放った。
賢者の剣がシャオメイの顔の横を通り過ぎる。
ザクッ――手応えがあった。
「あ、アレクサンダー様?」
「な、なぜ……」
シャオメイの背後、賢者の剣の切っ先からしわがれた声が聞こえてきた。
「なんのためにベラベラ喋ってると思ったの? このためだよ」
「あっ……だからアレクサンダー様、ずっと私と向き合ってて……」
シャオメイににこりと微笑む。
彼女には影を背負うように立たせながらも、向き合って立って話をしていた私。
ずっと自分の影を見ていた私の長話は罠だ。
罠を張って、掛かるのを待っていた。
「アレクサンダー様……」
シャオメイは起き上がった時、助かったと思った時よりも更に。
尊敬の眼差しで私をみた。
そして、私は賢者の剣に魔力を込める。
油断はしない。
殺さず、逃がさず。
あらゆる反撃と逃走の方法を防ぎつつ、私を襲ってきたそれと改めて対面した。




