02.善人、モンスターの偽装を一目で見破る
ビーレ魔法学校の中は静まりかえっていた。
人の気配がまったく無くて、奇妙な空気が漂っている。
その空気にシャオメイが思わず自分に腕を回して身震いした。
「大丈夫かい、シャオメイ」
「だ、大丈夫です」
シャオメイは眉をひそめたまま、周りを見回して。
「アレクサンダー様、人が全然いません」
「みたいだね。しかも人が見えないじゃなく、そもそもいないみたいだね」
「そうなんですか……」
シャオメイは怯えつつ、困りだした。
私もこれは初めてだった。
賢者の石、賢者の剣であらゆる知識を好きな時に得る事ができるが、経験となればまた話が違う。
魔法学校の様な巨大な建造物にまったく人の気配がしないのはすごく不思議な感覚だ、初めての経験だ。
「まずは色々調べてみよう。気をつけていこう」
「はい」
頷き、軽く深呼吸してキリッと顔つきを切り替えるシャオメイ。
そんなシャオメイと一緒に歩き出して校舎のところにやってきて、窓の一つから建物の中をのぞき込む。
「ここは教室みたいだね」
「やっぱりおかしいですアレクサンダー様」
「うん、おかしいね。まるでさっきまで授業をしてたみたいだ。机の上に教科書とかノートとか開きっぱなし、それに黒板も書きかけの途中」
「争った痕跡もありません。いきなりみんなが消えたみたいな感じです」
「ますます不思議だね」
並んでるいくつかの窓を次々とみていったが、全部同じ感じの「人が急に消えた」みたいな光景だった。
「教室だけじゃなくて、他の施設も見てみよう」
「はい!」
校舎から少し離れて、学校の全体が見える所まで下がってから、毛色の違う建造物に目星をつけて、そこに向かう。
その途中で、
「アレクサンダー様!」
「うん? あっ、モンスター」
どこからともなくモンスターが二体現われた。
片方は二本角のウサギで、もう片方はメガネを掛けてる様な顔のゴリラ。
どちらとも似ているタイプの動物の倍以上のサイズで、ゴリラの方はいかにもパワーが強そうな見た目だ。
「倒します」
シャオメイが一歩進みでて魔法を詠唱した。
私が魔法学校で教えてムパパト式を活用して魔力を限界近くまで高めて、輝く魔法陣から数本の氷の矢を作り出す。
氷の魔法が得意なシャオメイはそれを放った。
魔力を帯びた鋭い氷の矢、さてあの二体のモンスターに効くかな。
「――ッ!」
モンスターを見た瞬間私は眉がビクッとした。
同時に体が動いた。
背負っている賢者の剣を抜き放ち飛び出す、通常の矢と遜色ない速さの氷の矢を追い抜き、賢者の剣で叩き落とす。
「アレクサンダー様!?」
「ちょっと待ってシャオメイ」
「ど、どうしたんですか?」
いきなり私が乱入して戸惑うシャオメイ。
一方で、二体のモンスターは逃げ出した。
まったく戦意がなくて、ただ逃げ惑うだけ。
私はずっと掛けていたメガネをぐいっとたくし上げ、眼を細めて逃げるモンスターを見た。
「どっちもCだった」
「え?」
「……つまり人間の魂だった」
「あっ……ほ、本当ですか?」
「ああ、この眼鏡で見た前世の行い、魂のランクだとどっちもC。そしてランクCは今まで例外なく人間だった」
あまりにも高いと、例えばSランクとかだったら人間じゃない場合もあり得る。
低かったらそれはそれで懲罰的に違う生き物にされる。
しかし、Cランクは良くも悪くも普通に人間なのだ。
「ど、どうしてモンスターがCランクの魂なのでしょうか」
「分からない」
分からないから、賢者の剣に聞いてみた。
しかし返ってきた答えは多すぎた。
世界のあらゆる知識を持っているが為に、例えば「人間がモンスターに変えられた」という現象だけでも考えられる可能性はざっと100をのぼる。
答えが多すぎて絞りきれなくて、実質答えを得られてない様なものだ。
「もう少し様子を見て回ろう」
「はい」
頷き合い、気を取り直して、シャオメイと探索を再開した。
人気はやはり無いが。
「モンスターはすごくたまに見かけますね」
「だね」
「みんなこっちを見ると逃げていきます。もしかして?」
シャオメイは私を見た。
私は小さく頷いて。
「うん、全員人間だよ」
「捕まえて、お話聞けるのなら聞きたいです」
「そうだね、いきなり逃げるのと、追っかけてもいつの間にか見失ってるのが気になるね」
頷くシャオメイ、それも疑問点の一つだ。
消えるのだ、文字通り。
Cランクのモンスターを追っかけてると、文字通りいつの間にか消えていなくなる。
気配で追ってもプツッと消える、すごく不思議な現象が起こり続けている。
「アレクサンダー様!」
「どうしたの――むっ」
シャオメイの視線を追いかけていくと、その先にモンスターと人間がいた。
魚の体に手足がついたモンスターで、一緒に見えた人間の倍以上大きい。
モンスターは、人間に襲いかかっていた。
ある意味ホッとした。
事態が膠着している所で起きた出来事、打開できるきっかけになるかも知れない。
…………ああ、なるほど。
「助けないと!」
シャオメイは手をかざした魔法を詠唱。
その手はモンスターに向けられていた。
私は背中に背負い直した賢者の剣を抜き放ち、そのまま投げつけた。
シャオメイが魔法を放つよりも早く。
賢者の剣は、人間を貫いた。
「アレクサンダー様!?」
「あのモンスターは元人間だよ。そういう魂だ」
「……あっ」
シャオメイはハッとして、手を下ろした。
そう、これまでも何人かの、人間の魂を持ったモンスターとであった。
それでもシャオメイは人間とモンスターの同時登場に、反射的に人間の方を助けようとモンスターに向かって魔法を放とうとした。
逆に見えてる私は、ランクGの魂、間違いなく人間じゃなくて懲罰的になにか別のものに生まれ変わらせる魂の入った「人間」を倒した。
「ごめんなさいアレクサンダー様」
「大丈夫、シャオメイは思ったまま動いて。僕が見えている時はちゃんと止めるから」
「はい……」
シャオメイは顔を染めて、小さく頷いた。
「そういえば、逃げないね」
「え? あっ本当です」
説明が一段落した所で、私とシャオメイはモンスターが他と違って逃げない事に気づいた。
直後、更に驚きの事態が起きる。
私が倒したGランク魂の人間が次第に薄まって消えた。
Cランク魂のモンスターが光に包まれ、その光の中からうっすらと見えてきた人間は。
私が倒した人間の姿だった。
戻った、という言葉が頭に浮かび上がってきた。
どうやら、何かの理由で
人間とモンスターが入れ替わっているようだ。




