03.善人、罠を張って犯人を暴く
旅館の中、私とアンジェが泊まる部屋。
アンジェは二人分のタオルを持って、私の前にやってきた。
「アレク様、お風呂に行きませんか?」
「そうだね……あっ、ちょっと待ってアンジェ」
アンジェは「はい」と答えつつも、小首を傾げてきょとんとした。
何をするんだろう、ってアンジェに見守られる中、私は賢者の剣にそっと触れて、知識を引っ張り出した。
引き出した知識を一通りまとめた後、魔法を使ってある物を作った。
それをアンジェに差し出す。
「はい、これに着替えて」
「これは?」
「大昔のある国の服、温泉に来たらみんなこれを着てたんだって」
「そうなんですね。わかりました、着替えてきます」
アンジェは私が作った服を受け取って、部屋の奥に引っ込んで着替えた。
ドア越しにしゅるり、と衣擦れの音がした。
「アレク様、これ、どうやって着るんですか?」
「簡単だよ、羽織った後帯でとめるだけ――こんな感じ」
指を突き出し、魔法を使う。
こっちからは見えないが、ドアの向こうで人形の様な映像が浮かび上がってて、服の着方をうつしているはずだ。
「どうかな、アンジェ」
「ありがとうございますアレク様! すごくわかりやすいです」
「うん」
ドアの前から離れて、アンジェを待つ。
三分くらい――ちょっと時間かかってるな、と思っていると、アンジェがドアから出てきた。
「お?」
「ど、どうですかアレク様」
「うん、すごく綺麗だよ。似合ってる」
「……ありがとうございます」
アンジェは頬を染めて、はにかんで喜んだ。
「ところで……これはどういう服なんですか? はじめて着る不思議な服です」
「それはね、浴衣っていうんだ」
「ゆかた……ですか」
「うん、さっきも言ったけど大昔のとある国の服。何度も何度も温泉に入ったり出たりするから、そういう着やすい服が開発されたみたいだよ」
「そうだったんですね……」
「あとこれ」
「これは……さっきの髪飾りですか?」
「ああ、使っちゃったから新しいのを。新しい効果も足してみた。僕が作った物だから、アンジェがつけてれば、何処でピンチになっても僕には居場所が分かるから、いつでも駆けつけるよ」
「――ありがとうございます」
アンジェは嬉しそうに微笑った。
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
アンジェを連れて部屋を出て、温泉の方に向かって行った。
少し歩くと、すぐに。
「えー、なになに、すごく可愛い」
「これ何処の服なの?」
アンジェのそばに、他の宿泊客が集まってきた。
みんなはじめて見る浴衣に注目し、テンションが上がっていた。
「これは浴衣って言います、えっと――」
アンジェがちらっと私の方を見た。
私は一歩前に進みでて、宿泊客達に説明した。
「僕が作った服だよ。温泉にぴったりだって思ってね」
「すごいね、うん! ぴったりだよ」
「センスあるね君。ねえねえ、この服ってこれしかないの? もっとない?」
「私も着てみたい」
宿泊客達が羨ましそうなめでアンジェを見ながら、私にせがんできた。
「うん、あるよ」
手をかざして、魔法で浴衣を目の前の人数分作る。
私の魔力を込めたただの服だから、一瞬で作ることが出来た。
「わああ!」
「ありがとう!」
「中に挟んだ紙に着る方法が書いてあるから、分からなかったら見てね」
「「「うん!」」」
居合わせた女性達が更にハイテンションになって、私の手から浴衣を受け取る。
彼女達は早速自分達の部屋に戻って、浴衣に着替える。
浴衣があっという間に広まった。
その後も噂を聞いて更に別の客が訪ねて来たが、私は全員に浴衣を作ってやった。
浴衣はそのままでもいい感じだが、湯上がりに着ると健全でもちょっと色っぽくなる。
旅館中湯上がりの浴衣美人だらけにできて、副産物としては充分だった。
☆
「アレク様、大変ですアレク様!」
夜、旅館の自分の部屋でくつろいでいると、アンジェが慌てて駆け込んできた。
「どうしたんだいアンジェ」
「大変です! 浴衣が、アレク様が作った浴衣がなくなりました」
「なくなった?」
「はい! 旅館中パニックになってます、温泉に入って出たらなくなってるって」
「そうか」
「そうかって……アレク様、どうしてそんなに落ち着いてらっしゃるんですか?」
「ぼくがここに来た理由がそれだからね」
賢者の剣にそっと触れて、魔法を使う。
空中に枠線を引いた丸が現われて、その中にいくつもの光点が光っている。
「あっ、物がなくなるーー」
「そう、浴衣に興味を示すかも知れないって思ってね、それでいっぱい作ってばらまいたんだ。ほら、ここ」
空中に浮かんでいる映像を指さす。
「僕の魔力で作った物だからね、簡単に追跡できるんだ」
「あっ……」
アンジェは自分の髪飾りにそっと触れた。
そう、それと同じ効果だ。
「さすがですアレク様!」
アンジェににこりと微笑みながら、一箇所だけ光点が集まっている所を見る。
そこに犯人がいるはずだ。




