01.善人、無数の赤い糸で結ばれる
朝の自室。
起きた私は、アンジェに手伝われて、朝の着替えをしていた。
パジャマから外に出るための格好に着替える。
袖や裾、襟などをアンジェがくまなくチェックして、整える。
文字通り、貞淑な妻な振る舞いをするアンジェ。
「……」
そのアンジェを間近で見つめた。
私とアンジェ、二人とも十二歳になった。
まだまだ少年の肉体の私に比べて、アンジェはここしばらく、急速に大人びていった。
女の子は大人になるのが早い。
前世では聞いた事があるが実感のなかった言葉を、今更ながら思い知っている。
ここ数ヶ月、肉体の成長に引っ張られる形で、アンジェがすっかり大人びていった。
同年代の中でも早熟な方だからか、すっかり、出会った頃のエリザと同じくらいになった。
幼さがとれて、文句のつけようがない美少女に。
そんな美少女にかいがいしく支度をしてもらって。
私は前世では感じた事のない、幸せを感じていた。
「お待たせしましたアレク様、これでバッチリです」
「ありがとう、アンジェ」
「いいえ。今日もアレク様、すごく格好いいです」
当たり前のように話すアンジェ。
そこに気取りもためらいもない。
本気で、心の底からそう思っている口ぶりだ。
「ありがとう。アンジェ」
最後の仕上げとして、私は剣を背中に背負った。
ヒヒイロカネと賢者の石の剣。
自分の意識を持つこの剣は、他人に触られる事を嫌う。
触られたらどうする、と前に賢者の石に聞いた事があるが、その時
「歴史上のあらゆる拷問のしかたとその映像を不届者に強制的に見せる」
と答えられた。
精神攻撃、しかもやり方がかなりエグい。
それもあって、剣は常に私自身がつけるようにしてる。
これで、朝の身支度が終わった。
部屋にある大きな鏡を見る。
そこに写っているのは、はつらつで聡明、キリッとした少年の姿だった。
前世の記憶を持って生まれたせいか、あるいはSSSランクで見た目も文句がつけられない位完璧なせいか。
まるで、物語の勇者の様に見えた。
☆
アンジェと一緒に街に出た。
色々厄介事が舞い込んで、あっちこっちに出張る事も多いけど。
何もないときはこうして、アンジェと一緒に街をぶらぶらするのが好きだ。
産まれた直後、アンジェが私の元に来るようになってからずっとしてきた事だから、かれこれ十年近い。
「……」
「どうしたんだアンジェ、真顔で街を見て」
「この前都へ行きました」
「ああ、皇女としてなんかのセレモニーで呼ばれた時の事だっけ? それがどうしたの?」
「都は相変わらずですけど、ここはもう、都以上に発展しているような気がします」
「そうかな?」
アンジェに言われて、改めて街を見る。
カーライルの屋敷のお膝元の街。
確かに子供の頃と比べてだいぶ発展したように見える。
「これもアレク様のおかげですね」
「そうかな」
「はい! 今年もアレクサンダー同盟領に転居するって希望した人間が過去最多を記録したって聞きました」
「父上が言ってたね。審査が大変だって」
「みんな、アレク様の民になりたいんだって思います。王都でもそんな声がありました。アレク様モテモテです!」
持ち上げられるのは悪い気はしないけど、それはそれで問題が出る。
地域格差が大きすぎるのはいい事じゃない。
私が皇帝で帝国全域が領土ならいいのだが、そうじゃないからそこは難しい。
「あれ?」
「今度はどうしたの?」
「あの人達、指に赤い糸が」
「どれどれ……本当だ」
アンジェが指さした先はカフェだった。
カフェはテーブルの上に水晶玉のようなオブジェクトがおかれてて、その上に手を乗せると、小指から赤い糸が伸びていく。
それをやってるのがほとんど男女のカップルで、小指から伸びた赤い糸は二人を結んだ。
「どういう魔法アイテムなんだろう」
「聞いてみます!」
アンジェがバタバタと走って行った。
私はゆっくり歩いて、後をついていった。
カフェの店員にアンジェが聞くと。
「あれは恋占いの魔導具なんです。将来結ばれる可能性のある運命の人と小指の間でつがなるんですよ」
「そうなんですか」
一応、店員から聞いた話を、答え合わせもかねて背中の賢者の剣にも聞いた。
おおよそその通りで、ただしあくまで可能性であって、結ばれない事もあるとか。
それじゃあんまり意味ないな、と思っていると。
アンジェが、私をチラチラ見ているのに気づいた。
「店員さん。二人がすぐに座れる席、まだある?」
「――!」
アンジェは大喜びした。
「もちろんです。お二人さんご案内!」
店員に案内してもらって、奥の席に座った。
二人分の注文を適当にした。
アンジェは注文の事などまったく気にもとめず、各テーブルにあり、このテーブルにもある件の水晶玉に目を輝かせていた。
「アンジェ、やってみるかい」
「はい!」
アンジェは大きく頷いて、他のカップルにならい、水晶玉に手を乗せた。
するとたちまち小指から赤い糸が伸びて、それが私の手に伸びてきた。
手を差し出すと、赤い糸は私の小指に結ばれた。
「わあ……」
私とアンジェ、二人の小指を繋ぐ赤い糸に、アンジェは感動した。
「よかった……アレク様で」
「それは当然だよ。何度も言ってるけど、僕の最初のお嫁さんはアンジェだからね」
「……はいっ」
赤い糸の直後に僕の言葉。
アンジェはますます嬉しそうに破顔した。
「お待たせしました。おめでとうございます」
注文を持ってきた店員が、私とアンジェの赤い糸に祝福の言葉を述べた。
これを置いてる店だから、祝福するのはいかにも慣れてるって様子だ。
「しかし、こんな物が流行ってるなんてね」
私はなんとは無しに、アンジェが手をどけた水晶玉に手を乗せた。
「わああ!」
さっき以上に感嘆するアンジェ。
なんと、私の指から複数の赤い糸が出た。
数は十――いや二十はくだらない。
そのうちの一本がアンジェの指に繋がって、他は空中でぶらぶらしていた。
「ば、ばかな。こんなに出るなんて……見た事ない。いやありえない」
さっきはものすごく慣れた感じで私たちを祝福した店員は、あまりの赤い糸の多さに言葉を失った。
「すごいです! アレク様、糸がいっぱいです」
「こんなにあるのか」
「はい! アレク様なら当然です!」
運命の赤い糸が数十本ある事に、アンジェはまるで自分の事のように喜んだ。




