11.善人、物理の力を完全に我が物にする
屋敷の庭のまん中。
私は目を閉じ、一人で佇んでいた。
風が吹いた。
地面近くでつむじ風を起こす、強めの風。
「――ッ!」
私はカッと目を見開き、目に映った光景を一瞬で把握。
吹かれて飛んでくる落ち葉が1、2、3……合計で10枚。
背中に背負っている剣の柄に手をかけて抜き放つ。
目の前を舞う落ち葉10枚を相手に、全力の剣舞。
斬撃の電光が乱れ飛ぶ、10の斬撃がしっかり落ち葉を捉えた。
振るいきった後、剣を確認。
神の金属ヒヒイロカネと、賢者の石が融合した新しい剣。
私の全力を受けてなお、まったく変わらない輝きを放っていた。
「いい剣を手に入れたみたいだね」
「エリザ」
後ろから近づいてきて、私の隣に並ぶエリザ。
皇帝なのにもかかわらず、ちょこちょこお忍びで遊びに来る彼女。
私の横から新しい剣を、一緒になってのぞき込んでくる。
「今の全力だったんでしょ」
「分かるの?」
「ええ…………あなたのことだもの」
相変わらず、最後に聞き取れない独り言をつぶやくエリザ。
「今なんて言ったの?」
「な、なんでもないわよ。それより、アレクの力に耐えられるなんてすごいじゃない。材質はなに、やっぱりオリハルコン?」
「ううん、ヒヒイロカネっていうものだよ」
「……え?」
ポカーン、としてしまうエリザ。
「ヒヒイロカネって、あの?」
「うん、多分、あの」
「……うそでしょ」
「本当だよ」
「えええええ、だって、ヒヒイロカネをどうやってこんなに集めたの? それに加工だって」
「なんとかしたんだ」
説明すると長くなるから、その辺はぼかした。
直後、剣の刀身が小さく――私にだけ分かる程度に脈打った。
それは意志。
剣と融合して、より強く感じるようになった賢者の石の意志だ。
そう、融合した。
ヒヒイロカネに飛び込んだ賢者の石は消滅しなかった。
消滅しなかったどころか、剣そのものが賢者の石みたいになった。
私の全力に耐えられる、その上あらゆる知識を持った剣として生まれ変わった。
「相変わらず信じられない事ばかりをするのね。あなたは」
「そうかな」
「でも、剣術はまだまだみたいね」
「え?」
エリザはしゃがんで、数枚の落ち葉を拾い上げた。
さっき、私が剣で切った落ち葉だ。
ほとんどは無傷で、一枚だけ斬れている。
「ほとんど斬れてないじゃん。うーん、全部で十枚くらいあるのに、斬れてるの一枚だけ」
「ありゃ」
「一枚しか斬れないんじゃ、剣術はまだまだみたいね」
「ううん、違うよ」
私は苦笑いした。
逆なんだ、一枚しかじゃない。
一枚も斬れてたんだ。
「どういう事?」
当たり前のように、エリザが首をかしげる。
「えっとね」
私は落ち葉を一枚エリザの手から取り上げて、それをひょいを投げてから、剣を振り抜いた。
斬撃がはっきりと落ち葉を捉えた、が。
切れる事なく、空中でひらひら舞って、ゆっくり地面におちた。
「あれ? 斬れてない?」
「うん、力を完全にコントロールしたくて、斬れないように斬ってるんだ。もちろん斬ることもできるよ」
そう言って、その落ち葉をもう一度放り投げて、剣を振り抜く。
今度は滞空している時からはっきりと見て分かる、真っ二つに斬った。
「こんな感じにね。さっきは十枚とも斬らないようにしたんだけど、そっか……一枚斬れてたんだ。まだまだだね」
「……」
「エリザ?」
エリザはポカーン、と私を見つめる。
信じられないものを見たような顔だ。
ふと、風が吹いた。
さっきのと同じような、強い風。
庭木の落ち葉が、再び私の前に運ばれてきた。
……今度こそ。
剣をしっかり握って、集中して斬撃を放つ。
落ち葉の数は20――さっきの倍。
エリザの姿がちらっと目に入った。
数は倍、難易度は倍以上。
でも、エリザに見られてるから失敗はかっこ悪い。
私は集中して、全部の落ち葉に斬撃を当てた。
風が止み、落ち葉が足元に落ちる。
「一枚も斬れてない……」
更に唖然とするエリザ。
良かった、成功したみたいだ。
「あなたって、本当に……」
ますます驚くエリザの顔。
彼女の前で二度も失敗しなくて良かった。
これが自信になった。
ちょっと前に目覚めた力。
コントロール出来なくて、受け止める武器もなかった物理の力が。
武器も出来て、制御も出来るようになって。
完全に自分の物になった、と確信したのだった。




