10.善人、神の金属をねじ伏せる
ヒヒイロカネ。
改めて、賢者の石にそれの情報を聞こうとした――。
「おっと」
ちょっと興奮して、懐にしまっている賢者の石に触れて、思わず取り落としてしまった。
地面を転がっていく賢者の石。
それも高エネルギーの物体だったから、ピーちゃんがピクッと反応した。
これはだめ、といいつつ賢者の石を拾い上げる。
そして気を取り直して、改めて賢者の石に聞く。
欲しい知識の答えはすぐに返ってきた。
ヒヒイロカネ。
黄金のような輝きを放つが、黄金よりも遥かに軽い。
オリハルコンよりも遥かに硬く、魔力などあらゆるエネルギーの伝導性もいい。
伝導性の良さたるや、通常はあるロスはまったく無く、むしろヒヒイロカネの特殊構造で増幅すらしてしまう。
一の力・エネルギーを伝導させたら、最終的に二になることも珍しくない。
まさしく夢の物体、神の金属と呼ぶにふわさしい代物だ。
オリハルコンよりも遥かに強いヒヒイロカネ、これを集めさえすれば……。
「ピーちゃん、これをもっと集めてくれる?」
「……」
ピーちゃんは私の足元で止まったまま、じっと私を見あげる。
はいともいいえとも言わないで、ただ私を見つめてくる。
「ピーちゃん?」
小首を傾げながらしゃがみ込んで、顔を近づける。
ピーちゃんは相変わらず黙ったままで返事をしない。
顔はすねているように見えるが、まとってる空気はそんなでもない。
この空気……知ってる。
私は手を伸ばして、ピーちゃんを撫でた。
止まっているとますます毛玉に見えるピーちゃんを撫でた。
しばらく撫でてあげると、ピーちゃんは黙ったまま、私から離れるように歩き出した。
うーん、ダメだったのかな。
かと思えば、立ち止まって振り向き、私をじっと見つめる。
「ついてきて、ってこと?」
「……」
ピーちゃんはやっぱり返事をしないが、今度は「ついて来い」って感じで再び歩き始める。
よく分からないが、ついていってみよう。
しばらく後についていくと、ピーちゃんは庭にある、モリソン山を模した大岩の所にやってきた。
前に何回か、物理攻撃のコントロールやテストに使った山。
ピーちゃんはその大岩にへばりついて、そのままかじりだした。
ガジガジ、ガジガジ。
何をしたいのか分からない。
モリソンの山を模したこの大岩、エネルギーを全く感じない。
ピルバグなら本来目もくれない様な代物だ。
なのに、ピーちゃんがガジガジかじっている。
一体何のつもりなんだろうと、見続ける事三十分。
ピーちゃんは、大岩を全て平らげて、私の所に戻ってきた。
足元で止まって、私を見あげる。
「どうしたんだ? というか、あんなエネルギーのかけらもない岩を食べて大丈夫だったのか?」
「……まずい」
ピーちゃんはその一言だけ口にした。やっぱりエネルギーのない物体はピルバグ的にはだめなものだったんだな。
というか、まずいのなら食べなきゃいいのに――と思った直後。
ピーちゃんは一粒のヒヒイロカネを吐きだした。
砂粒大のヒヒイロカネを一粒を、私の目の前で吐きだした。
「これは?」
「中にあった、あげる」
もしかして……あの巨大な岩の中にあったたった一粒のヒヒイロカネを感じたから?
「……そっか、ありがとうね」
私のために食べたくない物を大量に食べて、本当は一番食べたいはずのヒヒイロカネを探し当てて私にくれた。
その気持ちが嬉しくて、ヒヒイロカネをもらって、ピーちゃんを撫でてあげた。
ピーちゃんはまんざらでもなさそうな顔をした。
そうしてから、ピーちゃんは再び歩き出す。
今度はあるところでピタッと止まったかと思えば、そのまま地面を掘り出した。
その下にヒヒイロカネがあるんだ、と。
今までの事で何となく分かった。
「ピーちゃん、無理はしないでね」
「……ふん」
ピーちゃんは私をちらっと見て、鼻をならして。
でもやめようとはしなくて、そのまま穴を掘って。
ヒヒイロカネを発掘・精錬してくれた。
☆
三日後、自分の部屋。
私の前に大量のヒヒイロカネがあった。
ピーちゃんが寝る間も惜しんで集めてくれたそれは、ロングソード一振り分の分量になった。
「ありがとう、ピーちゃん」
「……別に」
相変わらず寡黙で、でも私の足元にいて体を押し当ててくる。
口では素直じゃないのはここ数日で分かった事なので、私はピーちゃんをねぎらうために撫でてやった。
口ではぶっきらぼうにいいながらも、口元が嬉しそうにほころんだ。
さて、ピーちゃんが集めてくれたこのヒヒイロカネ、有効に使わないと。
賢者の石からいろんな知識を引っ張り出したが、武器はやっぱり剣が一番という結論に達した。
一番オーソドックスで、クセがなくてほぼあらゆる状況に対応出来る。
分量的に何か一つしかつくれないのなら、剣がベストの選択だと思った。
剣を作るためにまずは――ヒヒイロカネを溶かす。
炎の魔法でヒヒイロカネを熱した。
「……溶けない」
炎が青白く光って、そばに立っているだけで肌がじりじり灼ける程の熱量になっても、炎に包まれたヒヒイロカネはびくりともしなかった。
色が変わりもしない、黄金よりもまぶしい輝きを放つ砂粒の山のままそこに存在する。
さすが神の金属、びくりともしなかった。
ならば、と魔力を強くして炎の温度を上げる。
ムパパト式で自分のピークを、120%の波を捕まえて、一気に込める。
炎がぼわっ! と勢いを増すが。
「……うそ」
目を見開く。
さっきの倍近く勢いが強くなった炎の中で、ヒヒイロカネはやっぱりびくりともしなかった。
ダメなのか……いや!
ちらっとピーちゃんが見えた。
あまりにも熱くて、私の背中に隠れたがそれでも熱くて、毛がじりじりやけているピーちゃん。
やけていても離れようとしない。
彼女が集めてくれたヒヒイロカネ、無駄にしたくない。
深呼吸をした。
これまでほとんどしなかった――全力を出す事にした。
私は記憶を持ったまま生まれ変わった事で、一つの弱点――いや欠点があった。
それは中身が大人だという事。
大人が子供にはっきり劣っていること、それはがむしゃらに全力を出す事ができないという点だ。
子供は常に全力で生きている。
直前まで元気に遊んでいても、次の瞬間糸が切れた人形のようにパタッと倒れて眠ってしまう事が多い。
それは全力で生きているからだ。
大人にはそれが出来ない、私も出来ない。
それを……やる。
全力で、後先考えない、がむしゃらの全力を出す。
大人になったから自然と掛かるようになったリミッターを外す。
ムパパト式。
120%……121……122……123…………。
限界の更に先にある限界、それを引き上げていく。
「はああああ!」
SSSランク、その更に200%の魔力を、一斉にヒヒイロカネにつぎ込んだ。
炎が白く輝く、服が一部焦げて穴が空く。
それでも――。
「ダメ……なのか」
炎の中にあるヒヒイロカネはまったく姿を変えなかった。
これまでか……。
と思ったその時。
焼けた服の中から、賢者の石が転がり出た。
肌身離さず持っていた賢者の石が、炎に向かって落ちていく。
「あっ――」
手を伸ばす、賢者の石をキャッチしようとする。
――任せて。
ビクッ!
伸ばしかけた手が止まった、声が――聞こえた。
その一瞬のためらいで、賢者の石は炎の中に落ちた。
限界を超えた、SSSランクの魔力全開で燃やした炎の中に。
そして――光を放った。
白く輝く炎の中で、更にまぶしく輝く光。
「あっ……」
それは、私の魔力だ。
作った日のことを思い出す。
賢者の石は私の魔力を凝縮して作った高エネルギー体だ。
そのエネルギーは炎の中で、石という依り代を突き破って、一斉に放出された。
SSSランクの魔力。
それが――二人分。
まばゆい光の中で、更に熱量を上げた炎の中で。
ヒヒイロカネはとうとう熱量に負けて、ドロドロと溶けた鉄のようになった。
――もっと、力になれるよ
そのヒヒイロカネから、今まで肌身離さずに持っていた。
賢者の石の意志が、聞こえてきたのだった。




