09.善人、神の金属を手に入れる
カーライルの屋敷の庭。
許可を取ろうと、私は父上を呼び出した。
「どうしたんだアレク」
「父上、お願いしたい事があります」
「……おおぅ」
「え?」
話をする直前まで普通だった父上が、いきなり身震いして、恍惚な表情を浮かべだした。
「ど、どうしたんですか父上」
「アレクが、アレクが私を頼った。アレクに頼られた! アレクに頼られた! 父親としてこれ以上の喜びがあろうか! いやない!」
「あの……父上?」
「こうしちゃいられない、記念すべきこの大事な日を祝日指定にしなければ――」
「あなた、そんな事をしていては嫌われますよ」
一緒にやってきた母上が、暴走しかかった父上を止めてくれた。
「むっ!? 何故だ!」
「アレクは『お願いしたい事がある』と言ったのですよ、それを聞かずに嬉しさにかまけて記念日作り……そんな世界最低、いいえ、史上最悪の父親になるおつもりですか?」
「そうだった! うかつ!」
最後の「うかつ!」って言った父上、口調がやや芝居がかっている事もあってちょっとだけ格好良く見えた。
そんないつもの如く暴走する父上に、気を取り直して言った。
「お願いしたい事があるのです」
「うむ! なんでも言ってみろ。金か、ハーレムか、それとも世界が欲しいのか?」
矢継ぎ早に聞いてくる父上。母上の「いい父親」が頭に残ってるんだろう。
望めば全部用意してくれそうな勢いだ。
まあ、それもいつもの事で、私は普通に返事した。
「違います。実は飼いたいものがあるんです」
「なんだそんな事か。金貨一万枚で足りるか」
「いえ買いたいではなく、飼いたい、です」
というか金貨一万枚って、小さい国一つ買えるぞ。
私は苦笑いをしつつ、連れてきた「彼女」を父上の前に差し出した。
毛むくじゃらな生き物、「歩く毛玉」と女子供が大好きそうなそれ。
賢者の石で進化して、形を変えたピルバグを父上と母上に見せた。
「これを飼いたいのです」
「それは?」
「ピル……じゃなく、ピーちゃんっていいます」
これがピルバグって事はまだ伏せておこう。
「ピーちゃんか。うむ、いいぞ」
「ありがとうございます父上」
「ではピーちゃんのための家を建てよう」
「あなた、あそこの土地が日当たりも良くて、水はけもいいから、あそこに建ててはいかがかしら」
「うむ! 広さはそうだな、何ヘクタールで足りるだろうか」
「そんなにいりませんよ!? というか大丈夫です、僕の部屋で飼いますから」
放っておけばピルバグ――ピーちゃん用にものすごい大豪邸、いや宮殿が建ってしまいそうな勢いだから、そうなる前に父上を止めておいた。
「えー」
いや「えー」じゃなくて。
何はともあれ、ピーちゃんを飼う事を許してもらった。
☆
父上と母上が屋敷に戻った後の、広い庭。
ピーちゃんが庭でもそもそしているのを眺めながら、私は思考に耽っていた。
風が吹き、目の前に葉っぱが舞ってきた。
腕をしならせながら振ってみると、舞っている葉っぱが真っ二つに切れた。
鋭利な切り口、指先で斬ったのがまるで鋭い刃物でやったかのようになった。
最初の頃とはまるで違う、体術――物理的な力もコントロール出来るようになった。
次に屋敷の武器庫から持ち出したロングソードを振る。
剣を乱れ振って、あらゆる形の斬撃を繰り出す。
徐々に速度をあげていき、弧形の光が無数に宙を舞う。
風切り音も徐々にうなりを上げて高まっていくが、ある段階を超えたあたりで音がプツッと消えた。
斬撃が早すぎて、音を置き去りにしたのだ。
――パン!
突如、大きな音がした。
剣を振るう私の手も止まった。
手元の剣……いや剣だったものを見る。
私の力に耐えきれず、溶けて柄しか残ってない剣。
最初の頃と同じような光景だが、あの頃と違って、力を制御できるから、何処までの力ならロングソードは耐えられて、どこから剣を消し飛ばしてしまうのかが分かる。
もう一本のロングソードを抜いて、今度は壊さないように振り続ける。
力はほぼ完全に制御出来る様になっていたが、この普通のロングソードじゃ――
「力の一割も発揮できないね。オリハルコンでもよくて五割かな……」
制御出来るようになったために、ますます切なくなった数字。
ロングソードの方を止めて、代わりに手刀を振った。
音速を遥かに超えて、全力で振り抜いた手刀、もちろん私自身の体だからどうもしなかった。
素手なら、全力を出せるのだ。
「……」
一つ気になって、地面から石ころを拾い上げて、ロングソードで斬る。
ズパッと斬れた後、まったく同じ力で、今度は素手で殴った。
「やっぱり、同じ力なら武器を持った方が強いね」
当たり前といえば当たり前の話だ。
全力の1%程度の力を出した場合、素手よりもロングソード、武器ありの方が攻撃力が高い。
全力を出した場合、耐えられる武器がもしあれば、武器ありの方が強くなるのもまた当たり前の話だ。
魔法と違って、物理の方は私の力に耐えられる武器がないため、今のままじゃ本当の100%を出せてない。
それがちょっともったいないと思った。
ふと、ひらめいた。
魔法と違って――そう魔法だ。
魔法で作り出せばいいじゃないか。
賢者の石に聞いて、その通りにした。
魔力球を作る要領で、放出した魔力を整える。
具現化した魔力を剣の形にした。
それを軽く握って、深呼吸。
全力で横に薙ぐッ!
何もないところへの斬撃。
何も斬れてない――が。
魔法の刃が通り過ぎたそこが、遅れて空間が歪んだように見えた。
そして、魔法の剣は何事もなかった。
私の肉体同様、私の魔力で作り出した魔力の剣は、私の全力に耐えうるものだった。
「ふう、よかった」
私は安堵した。
全力を出せないまま終わったらモヤモヤが残ったが、これを使えば全力が出せる。
モヤモヤをすぐに取っ払えて、私は安堵した。
もちろん、これで全て解決したわけじゃない。
エリザを誘拐しようとした奴らがしたように、魔法を完全無効化する罠にかけられた時はつらいけど。
それでも、とりあえずはこれでよしとした。
今後しばらくはこの魔力の剣を使うことにして、剣をもっと素早く出し入れ出来るように練習しようとした。
「……ん」
ふと、足元で何かが押しつけてくる感触がした。
視線を落とすと、感触の主はピーちゃんだった。
歩く毛玉という、可愛らしい姿に進化したピルバグのピーちゃんは、私の足元で体を押しつけてくる。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
聞いてもぶっきらぼうに答えるだけのピーちゃん。
しかし体を押しつけてくるまま、まるで甘える様なボディランゲージをしてくるままだ。
ちょっとそれがおかしくて、しゃがんでピーちゃんを撫でようとした、その時。
ピーちゃんのすぐ隣で、光っているものに気づいた。
「これは?」
「集めた」
「集めた?」
「すごいエネルギーだから、集めた。集めるのダメ?」
「いや、ダメじゃない」
ピルバグ、いやピーちゃんの新しい習性かな。
不老不死になって、食事の必要もなくなったピーちゃん。
それでも高エネルギー体に惹かれ、それを集める。
食事用ではなくなった分、ちょっとカラスに近いかな。
「集めるのはいいけど、壊して集めてくるのはダメだよ」
「……わかった」
言いつけを聞き入れるピーちゃん。
そんな彼女に微笑みかけながら、集めてきたものを拾い上げてみる。
それは砂粒のようなものだった。
砂粒大のものが、ほんの三粒程度。
それでも、金塊以上の輝きを自ら放っていた。
「これってなんだろう」
自発のすごい輝き、ピルバグが注目して集める高エネルギー体。
それの正体を不思議に思い、賢者の石に聞く。
全ての知識を持った賢者の石、最近は感情のようなものも見せる様になった賢者の石。
喜びが少し混ざった感じで答えた。
「ヒヒイロカネ……オリハルコンを超える最強の金属?」
はじめて見た伝説の金属、オリハルコンよりも更に希少な神の金属。
賢者の石は更に進言する。
これなら……私の武器を作れる!?




