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05.善人、賢者の石を作ってしまう

 夜、自分の部屋。

 私は魔法のコントロールのトレーニングをしていた。


 窓際のテーブルの上に石ころを大量に置いた。

 一つ一つが、指の関節程度の大きさの石だ。


 それを一つ手にして、魔力を込める。

 変化させたい方向性と、そのために必要な魔力量を覚えるトレーニングだ。


 何も考え無しに魔力を注ぎ込むだけなら一番得意な変化になるが、もちろんほかの方向への変化も出来る。

 そのためのトレーニングをしている。


「むっ、また失敗ですか」


 手のひらに載せた石ころは金属になった。

 光沢と質感からして、銅に変化したみたいだ。


 変えようとしているものを考えれば、失敗である。


 私はいま、自分の膨大な魔力を持て余している状態だ。

 例えるのなら、手綱なしで暴れ馬に乗せられている状態。


 前代未聞、史上最強クラスの魔力量を、上手くコントロール出来るようになりたい。

 いや、ならなければいけない。

 膨大な魔力を持て余して万が一にも暴走したら大変なことになる。

 そのためのトレーニングだ。


 石をとって、魔力を込める。

 石は鉄になった、失敗だ。


 次の石をとって、また魔力を込める。

 微調整すると、今度は銀になった。また失敗だ。


 それを繰り返していく。

 やがて、目的の金を作り出した。


 庭から適当に拾ってきた石ころを、魔力の物質変換で黄金に変えた。

 まったく同じ大きさの黄金。

 それを置いて、新しい石ころをとる。

 同じようにすると、ちゃんと黄金になった。


 少し状況を変えて、今度は銀を取って魔力を込める。

 無事、これも黄金になった。


「そうだ、逆も出来るようにならなきゃ」


 今度は成功したもの、石から作り出した黄金に魔力を込める。

 黄金は石に戻った。


 だいぶ感覚がつかめてきた、私はテーブルの上にある石ころを、全部黄金に変えた。

 テーブルの上に積み上げられた黄金は、家を数軒は買えるし、奴隷なら数百人は買える程の額になった。


 元手は石ころ――ただである。


「ただいまですアレク様――あれ?」

「お帰りアンジェ。今日はピンク色のパジャマだね。かわいいよ」

「ありがとうございます、アレク様」


 アンジェは嬉しそうに微笑んだ。

 湯上がりで微かに上気していて、寝るためのゆったりめのパジャマに着替えている。

 いつもならこの後ベッドに潜り込んで朝まですやすやなのだが。


 アンジェは当然のごとく、テーブルの上に積み上げられた黄金に気づいた。


「アレク様、何かお買い物ですか?」

「いや、魔法の練習をしてたんだ」

「魔法の練習?」

「うん、こんな風に」


 私は黄金の一つをとって、手のひらの上に載せて、アンジェがよく見えるように差し出した。


 そして、魔力を込める。

 黄金を物質変換させる。


「まずは石」

「わっ、黄金が石になってしまいました」

「次に鉛、銅、鉄、銀、また黄金」


 手のひらの上に乗せた元石ころはめまぐるしく変化した。

 各金属の輝きが違うが、形はまったく変わってない。

 そのため、石ころがいろいろな色で点滅している様にみえる、我ながら不思議な光景だと思った。


「わあ、すごいですアレク様」

「魔力が高いだけじゃダメだからね、ちゃんとコントロール出来るようにならなきゃ」

「はい! そうですよね!」


 私はにこりと微笑んで、テーブルの上にある、練習に使ったものを、全部黄金から元の石ころに戻した。

 だいぶなれてきたから、みるみるうちに全部石ころに戻っていく。


「どうして石にしちゃうんですかアレク様」

「石から黄金を作り出すのはあまり良くない事だからね」


 普通の魔力じゃできない。

 非金属から黄金を作り出すのは、歴史上様々な魔法使いが夢見たものだ。

 SSSランクの魔法力でそれを成功させたが。


「だからこれは僕とアンジェだけの秘密。僕がこれを出来る事はみんなには内緒でね」


 そう言って、ウインクをすると、アンジェは両手で可愛らしく拳を握って。


「はい! 私、絶対に誰にもいいません」

「ありがとうアンジェ」

「あっ、アレク様、そこにもう一つ黄金が残ってます」

「どれどれ……本当だ」


 石ころの塊の中に、戻し忘れた黄金が一つ残っていた。

 黄金が石ころの形をしてることはほとんどない。

 大抵は金貨か金塊、あるいはなにかのアクセサリーの形に加工されている。


 こういう形のは、存在させたら勘のいい人間は気づいてしまう。


「ありがとうアンジェ、本当にたすかった」

「えへへ……」


 嬉しそうにはにかむアンジェ。

 私はその黄金を石ころに戻す為に、魔力を込めた。

 ふと、頭の中で何かがひらめいた。


 一瞬のきらめき、私自身にも、ひらめいたけど内容がよく分からないひらめき。

 ただ、すごい、という言葉だけはっきりと頭の中に残った。


「……」


 私は石ころを再び握り締めた。

 なれてからは手のひらの上で変換していたが、初心に戻って、両手で包み込んで、祈る仕草で魔力を込める。


 魔力を込める、込めて変化させる。

 昼間の何も分からなかった時とちがって、膨大な魔力をつぎ込むが、しかし元の物質を消滅させないように気をつける。


 暴れ馬に、とても複雑な手綱捌き。

 「行け」と「止まれ」を同時にするようなもの。


 細心の注意をはらい、石ころ消滅させないようにこめ続ける。

 石は、まるでスポンジのように私の魔力を吸い込み続けた。


 手のひらの中が熱くなった、まるで小さな太陽を握っているかのようだ。

 やがて、脱力感とめまいが私を襲う。


 前世でよくあった感覚、魔力を使い果たした時の脱力感だ。


 史上最強クラスの、SSSランクの魔力。

 それを全て石につぎ込んで変質させた。


 手のひらを開ける、そこにあるのはまったく見た事のない、不思議な色と圧倒的な存在感をもった石だ。


「アレク様、それは……?」

「多分、だけど」


 自分でも半信半疑、でもそうかもしれない。

 ううん、そうに違いない。


 ひらめいた瞬間と同じ感覚で、私はこの石の名前を思い出した。

 おそらくこれは、伝説の――


「賢者の石、だと思う」


 私は、ものすごいものを作ってしまったのかも知れない。

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