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07.善人、バイオハザードを阻止する

「おはよう、アンジェ」

「おふぁよーございましゅ……アレクしゃま……」


 朝日の中、アンジェと一緒に目覚めた。

 彼女が屋敷に来てからずっと同じベッドで寝ている。

 朝、寝ぼけてちょっと舌っ足らずになるアンジェの姿も、気づけば見慣れて、日常には欠かせない一コマになった。


「おめざぁ、しますね」

「うん」


 アンジェのおめざ。

 濃いお茶とかコーヒーとかそういうのじゃ無くて、アンジェが魔法を使って気づけをする。


 六歳の頃からわたしと一緒に魔法の勉強をはじめたアンジェは、十歳にして既に魔法を応用する域にたどりついている。

 治癒魔法の応用で、眠気を強制的に吹き飛ばすものだ。


 アンジェはまず私に手をかざして、いつものように魔法を使おうとする。


「……あれぇ?」

「どうしたのアンジェ」

「魔法が使えません……」

「またお疲れなのかもね。もうちょっと二度寝する?」

「うーん、そうしましゅ……」


 アンジェはぴと、と私にくっついてきた。

 子供のアンジェの体温はほどよく高くて、どこもかしこもぷにぷに柔らかいのも相まって。


「アンジェがずっと一緒でしゅよー」


 こっちまで眠気が伝染してきそうだった。

 このまま私も二度寝しようと思ったが、ふと、なにやら騒々しい事に気づいた。


 部屋の外がやけに慌ただしい。


 どうしたんだろうと思って、アンジェをやさしく引き離して、部屋から外にでた。


「あっ、アレク様」

「おはようアメリア。何かあったの?」


 ドアを開けて廊下に出ると、騒がしいのがはっきりと大きな音になって聞こえてきた。

 遭遇したメイドのアメリアも、なにやら困った顔をしている。


「実は、みんなが魔法使えないと騒ぎになっているのです」

「魔法が?」

「アレク様もご存じの通り、メイドの中には魔法を使えるものもいて、仕事で効率的にやれるのなら、って旦那様から魔法を使う許可が出ているのです」

「うん、そうだね」

「その人達が全員、朝から魔法を使えないって騒いでいるんです」

「魔法を使えない……」


 背後を振り向いた、ドア越しに、部屋の中で寝ているアンジェの方向を見た。

 そういえばアンジェも魔法使えてなかったな。


 ……偶然じゃないな、何かがおきてる。


 試しに私は魔法を使って見た。

 手をかざして、手のひらの上に炎の玉を作る。

 初歩的な魔法、炎を出す魔法だ。


「あっ、すごい。アレク様は普通に使えるんですね」

「ううん、普通にじゃないよ」

「え?」

「ぼくも、魔力は普段の半分くらいになってる」


 一体何が起きてるんだ?


「きゃああああ!?」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 この声……ミアか!


 私は駆け出した。

 悲鳴を追いかけて、ところどころでメイドが困っている廊下を駆け抜ける。

 そうして二つの角をまかった直後、ミアの部屋のドアが開いてるので中に入った。


「どうしたんだミア」

「アレク様――きゃああああ!?」


 私と目があった、ミアは二度目の悲鳴を上げた。

 部屋の中にいる彼女は下着姿だった。


 他に何もつけてない、高級感と清潔感溢れる白の下着。


 それを私に見られた事で、ミアは手で隠して悲鳴を上げた。


「ごめんミア、今すぐ――」

「どうしたのですか――あら」


 同じようにミアの悲鳴に誘われて、様子を見に来た母上。

 母上は部屋の外から私とミアの姿、部屋の中の様子をしばし見て。


「うふふ」


 と、ドアを閉めてしまった。


「そういうことじゃないです母上!」


 私は盛大に突っ込んで、ドアを開けて廊下に飛び出した。


     ☆


 屋敷の執務室、父上で一緒にいる私。

 私たちの前にアメリアがいて、彼女が困った顔で報告してきた。


「相変わらず魔法使いは全滅です。ミア様のドレスは修復直後に即消失を繰り返して、実質着られませんので普段着を用意しました。それと」

「それと?」

「カラミティ様が体調不良を訴えて休んでおられます」

「ご苦労……アレクよ」

「うん、魔法を阻害する何かが起きてるみたいだね」

「アレクはどうなんだ?」

「僕は普段の半分くらいかな」


 そういって炎を出した。

 手足に鉛をつけて走るのと似た様な感じでハンデを感じるが、魔法が完全に使えなくなるわけではない。


「むぅ、アレクが半分だと? 半分でもアレクは英雄級だがこれは許せん」


 父上は本気で憤慨していた。

 そういう台詞の時はせめて冗談っぽく言って――と願うところなのだが、十年間父上の息子をやってきて、父上が本気でそう考えているのが分かってしまう。


「原因はなんだ?」

「原因は分からないけど……」


 私は部屋の中をくるくる見回した。

 立ち上がって、ぐるっと部屋を一周した。


「どうしたアレク」

「こっちの方が影響がちょっと少ないんだ」


 部屋の角に立つ私。

 手のひらに炎の玉をまるでロウソクのよう出して、それを掲げたまま対角線上にある角に向かって行った。


「むっ、炎が小さくなった」


 父上が呻く。

 傍からでも分かるくらい、炎の玉が小さくなった。


「なるほどさすがアレク、そっちの方角に元凶があるのだな?」

「多分」

「アメリア、屋敷にいる全員に命じる、この方角にいってくまなく探せ」

「分かりました」

「待って」


 私はアメリアを呼びとめた。


「どうしたアレク」

「反対側には魔法使いを行かせて。元凶が一つなら影響範囲は円形になる可能性が大きい。反対側にいって魔法が使える距離で半径が割り出せるかもしれない」

「おおお! なるほど、さすがアレクだ!」

「分かりました」


 アメリアは今度こそ、命令を伝達するために執務室からでていった。


 十分ほど待つと。


「旦那様! アレク様!」

「見つかったか!」

「はい! でも……」

「案内して」

「はい!」


 アメリアに先導されて、私と父上は執務室を出て、屋敷からも出て、庭に降り立った。

 屋敷の敷地内にある小さな森の中に入っていくと、そこに屋敷の使用人達がぞろぞろいる事に気づいた。


「あっ! アレク様」

「アレク様だわ」

「アレク様が来てくれた!」


 瞬間、使用人達から大歓声が上がった。

 全員が私を見て歓声を上げる。


「うんうん」


 それを見た父上が満足げに、腕組みしながら大きく頷く。

 普通の貴族はそこ怒るところなんだがな父上。


 そのツッコミも後回しにして、使用人たちの前に進みでる。

 森のぶっとい木の下に、巨大なコロニー――虫の巣があった。


 巣の中から出てくるのは――。


「ピルバグ!?」

「今悪さをしてる虫どもか?」


 父上が聞いて、私が静かにうなずいた。


 うじゃうじゃいるピルバグの周りにホウキやら折れた剣やら槍やらがあった。

 使用人達がすでに退治を試みて、失敗しているみたいだ。


「これが原因だと思います。魔法使い組がぐるっと周りを使える距離を測定しましたら、そこが中心になってます」

「なるほど。確かにピルバグは『力』を食べるし、原因はこれで決まりかもね」


 私はそう言って、一歩前に進みでた。


「やるのかアレク」


 父上が聞いてきた。


「うん、このまま放っておく訳にもいかないでしょ」

「そうだな。よし、酒とつまみを用意しろ、私はアレクの勇姿を見る」


 父上はくつろぎすぎだ……と、突っ込んでももはや今更なので、私は静かに進みでて、ピルバグの巣に向かって行った。

 私の接近を感知したのか、一体の虫が飛んできた。


 拳を握って、殴った。


 パンチによる斬撃。

 農村を巣くってる虫たちを殴り斬ってきたパンチだ


「――えっ?」


 パンチは効かなかった。

 ピルバグは殴り飛ばされたが、斬れなかった。


 今まで100%斬れてたのが斬れなかった。

 まさか物理も……。


「ふふ、ふふふふふ」


 巣の中から女の笑い声が聞こえた。

 直後、他のピルバグよりも一回り大きいピルバグが現われた。


「もはや我々に物理攻撃は効かない」

「……女王か」


 虫の生態を思い出し、一体だけ大きい、特別なメスの個体。

 女王、という言葉が自然と頭の中に浮かんだ。


「いかにも。私がこの巣の女王だ」

「物理攻撃が効かないと言うのはどういう事なの?」

「言葉通りの意味だ。我々は進化し、あらゆる物理攻撃が効かない様になっている。そう、お前に殺された同胞の犠牲で進化したのだ」

「……」


 無言で突進する。

 落ちている剣を拾い上げて、虫を斬る。

 槍を掴んで、鋭くつく。


 手応えはない。

 斬撃も刺突も、まったく効かない。


 虫が襲ってくる。

 複数体が一遍に私に飛びついてきた。


 よけつつカウンター、全力のパンチを振り抜く。


 パンチは確かに虫を捕らえたが、まったく効かなくてむしろ虫に押された。

 横っ飛びして、虫の突進を躱す。


「ふははははは、無駄だと言った。我々にはもはや打撃斬撃問わず一切の物理攻撃は効かぬ。そして泡を食って退治に来たザコどものようにこの範囲内の魔法は封じた。もはやら我々は無敵!」


 高笑いする女王、虫たちがそれに共鳴した。


「さあ、人間ども、絶望の顔を見せろ!」

「ソーセージが少し焼きすぎだ。ゆではいい感じだからもっと用意しろ」

「かしこまりました」

「……何をしている人間ども!」


 すっかりくつろぎ、料理に注文を出す父上に、女王が激怒した。


「状況が分かっているのか! 貴様ら人間は――」


 そこに母上が現われた。


「あらあなた、こんな所にいたの」

「おお、丁度いい。お前もアレクの活躍するところを見ていけ」

「あら」

「う"わ"あ"あ"あ"に"ん"げん"ども"があ"あ"!!!」


 女王が完全にキレ(、、)た。

 少し可哀想な気もする。父上のそれに悪気はないが、当事者には溜まったもんじゃない。


 が、だからといって同情も出来ない。


 父上と母上に突進する虫の間に割り込んで、掴んで止める。


「どけぇ――ぐああああ!」


 女王が悶絶して後ずさった。

 体の一部を押さえて、驚愕の表情を浮かべる。


「と、溶けてる……魔法だと」

「うん、魔法」

「馬鹿な、魔法は――」

「残念だったね、僕はまだ使えるんだ」


 ボッ……ボッ……ボボボボボボッ……。


 周りのピルバグが次々と炎上し、溶けていった。

 ピルバグの巣の効果で魔力が半減した私、無駄な魔力を使えないと思い、全虫にロックして、ピンポイントで魔法を打ち込んだ。


 虫の巣、コロニーになるくらい巨大な巣で、虫の数も軽く千を超えている。

 それらを全部ピンポイントで燃やした。


「く、くそがあああぁぁ……」


 最後に突進してくる女王も、途中で燃え尽きて、絶叫の残響だけを残して消え去った。


「うむ、さすがアレク」

「さすがアレクですわね」


 父上も母上も手を叩いて、私を称えた。

 二人のノリはいつも通りで軽かった。後々の調査と分析で女王ピルバグの発生が災害級だと判明しても、


「おおお! さすがアレクだ!」

「私たちの希望、誇りですわね」


 称賛のテンションが上がるだけで、やっぱりノリが軽かった。

 これくらいの方が気楽ではあるんだけどな。

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