05.善人、最「硬」の虫を退治する
「これは……ひどいね」
次の日、アレクサンダー同盟領内、シスクという名前の村。
大変な事になった、という知らせに私は視察にやってきた。
「アレク様の像がほこらごと壊されてますね……」
一緒に連れてきたミアが言った。
俺たちの前には、半壊したほこらと、あっちこっち虫食いみたいにボロボロになった私の石像が転がっていた。
豊穣の女神のよりしろであるほこらと石像が壊された事で、村民は私に助けを求めてきた。
「どうしたの? これ」
振り向き、シスク村の村長のローラに聞く。
儚げな雰囲気を出している未亡人のような女性だ。
彼女は困った顔で、ますます儚げな空気を出しながら、いった。
「モンスターが現われたのです」
「モンスター?」
「はい、ピルバグというモンスターです」
彼女が言うと、村民の一人、別の女の人がボールを持って現われた。
いや、よく見たらボールじゃなかった。
リンゴくらいのサイズに丸まってる虫だ。
「モンスターっていうけど、普通に持っていいの?」
「ええ、このピルバグは――」
ローラが答えようとした瞬間、丸まったピルバグが突如動き出して、近くにいるミアに飛びかかった。
ミアはそれをとっさに払いのけるが。
「あっ……あ、アレク様のドレスが……」
悲しそうな目をするミア。
私が作ってやったドレスが一部食いちぎられて、胸の半分とおへそが外気にさらされた。
ちょっと……色っぽい。
「大丈夫かいミア」
「はい、体はなんとも」
「それならよかった」
ローラに振り向く。
「攻撃してきたね」
「攻撃ではないのです。失礼ですがそのドレスはもしかして魔法アイテムなのでは?」
ローラが聞くと、私は頷いた。
「よく分かったね」
ちらっとミアの方に振り向く。
不死鳥の如く蘇る能力を持つドレス、食われた所は早速再生して、なにごともなかったかのように元の姿に戻った。
「なるほど、であれば当然です。これは――」
ローラは何事もなかったかのように、
平然とミアのドレスの切れ端をもぐもぐしているピルバグを拾い上げて。
「強力な力が付与されたものだけを食べる虫なのです」
「強力な力……」
ミアのドレスを見た、アスタロトのほこらを見た。
なるほど、そういうことか。
賢者の石にも聞いてみた。
生態としてはよく知られているモンスター、ローラの言うとおりだった。
「今まで問題、脅威にはなりませんでした。作物も人間も、通常の建築物も。一切興味のないモンスターなのですから」
ローラはピルバグを手のひらの上に載せたまま、物憂げなため息をついた。
賢者の石の知識もそう言ってる。本来なら、農村にはまったく脅威にならないモンスター。
「けれど、今はアレク様のほこらが出来てしまいましたので……」
なるほど。
豊穣の女神の加護が込められたほこらとか私の石像とか、まさにピルバグ大好物ってわけだ。
「それに……」
「うん?」
「これも……」
ローラがそう言って差し出したのは、カラミティの爪で作った収納袋。
魔法力が弱い人間の性質を逆手に取った、高速肥料生成袋だ。
それも虫食いになって、見るからに効力を失っている。
「なるほど」
頷く私。
被害はこの袋とほこら。
いずれも私がらみで、アレクサンダー同盟領にだけ起きる問題だ。
これはなんとかしなきゃ。
「あっ」
ピルバグはローラの手から飛び出して、再びミアに飛びついた。
ドレスの切れ端を完食して、おかわりって訳だ。
私がそれを掴んでキャッチすると、私の手の中で丸まった。
「とりあえず、退治しておこう」
「無駄です、それが丸まっているときはあらゆる攻撃をはじく――」
拳を握って、ピルバグを殴る。
徐々に感覚をつかめてきた打撃で、ピルバグを真っ二つに切り裂いた。
万能性はないが、私の物理の攻撃は、純粋な攻撃力では魔法を上回る。
ちょっと堅くて手がじんじんしたが、ピルバグは問題なく切り裂けた。
「――の、で……す?」
唖然とするローラ、ピルバグを運んできた女性もだ。
真っ二つにされたピルバグが地面におちて、ピクピクけいれんする。
「う、うそ。ピルバグが斬られた……?」
「何をしても効かなかったのに……」
「まって、今のは拳だよね、殴りだよね、なんで……?」
盛大に驚かれた理由はすぐに分かった。
賢者の石で得た情報でスルーしてたのが一つ。
丸まったときのピルバグは、生物の中でもっとも硬度が高い。
物理攻撃で倒す事は出来ない、とされている。
やってしまったかな、と思いつつ、その事をごまかして。
「それよりもほこらを作り直そう。袋もね。このままじゃ収穫に影響が出るしね」
「ありがとうございます。ですが……ピルバグは……」
「大丈夫、それも任せて」
☆
小一時間くらい使って、私はほこらと石像を修復した。
一部残っていたから、そこから元の形に復元した。
「これで良し」
「ありがとうございます」
ローラは私にお礼を言ったが、儚げで何かを心配している表情は変わらなかった。
「あっ……」
彼女の視線が上に向けられた。
羽音と共に、数匹のピルバグが飛んで来た。
さっそく修復されたほこらにかぎ付けてやってきたみたいだ。
「あぁ……また」
「アレク様、あれも退治しませんと」
「大丈夫」
私がそう言った後、ほこらの一部を引っぺがしたピルバグは、その場でもぐもぐをし出した。
それを食べきった直後。
パン、と風船が割れる音がして、ピルバグが内側から弾けた。
「こ、これは?」
「あれに僕の魔力を凝縮させた。普段の百倍くらいかな」
「表面を噛んだり消化しようとしたりすると、一気に膨らんで――今の様になるんだ」
「なるほど……でもそれじゃ数で来られると結局は食べきられてしまうのでは?」
ローラの心配ごとはつきなかった、当然、それを想定している。
「ほら、今食べられた所を見て」
「あっ……元に戻っていく……」
「私のドレスと同じですか?」
ミアに向かって頷く。
「うん、ある程度までなら自己修復できるようにした」
「そこまで考えて下さってたとは……あっ、ピルバグがかけらを持って飛んだ」
ローラが言うと、私たちは一斉に空を飛ぶピルバグを見た。
「どういうことなのでしょう」
「巣に持って帰るんだよ。虫だからね、持ち帰って貯蔵したり、巣の仲間に食べさせたりするんだ」
賢者の石でしった知識を語りつつ、飛んでいくピルバグを見送った。
別のピルバグも、大きめのかけらをくわえて飛んでいく。
「しばらくしたら巣ごと根絶出来るはずだよ」
「そ、そんな事まで考えて……ありがとうございます!」
「ありがとうございます! アレクサンダー様!」
ローラ達、シスク村の村民達はだいぶ喜んでくれた。
私がほこらや肥料袋を与えた事で生まれた新しい虫害。
この一帯に巣くうピルバグは、新型ほこらの効果もあって。
わずか三日で、根絶が確認されたのだった。




