04.善人、聖剣を解放する
コーロはポカーンとなったまま、いつまで経っても戻ってこなかった。
ホーセンは私に話しかけた、自分の連れて来た部下の放心をまるで当たり前の事かのように放置して。
「義弟にはちゃんとした武器がいるな」
「うん、ちょっと欲しいね」
「義弟に似合う武器……伝説の白剣か、黒刀かのどっちかだな」
初めて聞いた単語だった。
なんだろうと肌身離さず持っている賢者の石に聞いてみると、どうやら聖剣・魔刀と呼ばれてる二振りの武器の事の様だ。
伝説級の武器、確かにこの力にも耐えられそうだが――。
「そんなに簡単に見つかるものでもないよね」
私は苦笑いしつつ、コーロの折れた剣を手にした。
打撃で切ってしまった所を掴んで、グッと握り締めて圧をかける。
「こんなこともあろうかと!」
「うわっ、ち、父上!?」
急に父上が背後から現われた。
得意げな顔でニコニコしている。
「どういう事なのですか父上、こんな事もあろうかとって」
「うむ、私のアレクがいつか剣で世界の頂点に立つ日が来ると思っていた」
「飛ばしすぎです、普通は剣に目覚める……のでは?」
「その通りだ、アレクの剣が覚醒する」
「いえ意味がだいぶかわります父上」
「違うぞそれは、義弟は元々覚醒した状態だ」
「そのとおり! だから覚醒とは言わず世界の頂点に立つといったのだ」
「なるほど、こりゃ一本取られた」
父上とホーセン、二人は「あっはっは」「がははははは」と笑い合った。
相変わらずだなあ……。
「それよりも父上、こんなこともあろうかと、というのは?」
「おお、そうだそうだ。うむ、アレクが世界の頂点に立つことの事を考えて、予め聖剣を手に入れておいたのだ」
「えええ!?」
「ほう、よくてに入ったな。さすがカーライル公爵家だな」
「違う、これはアレクへの愛がなせる技だ」
「納得だ!」
いや納得しないでくれ。
っていうか話が進まない。
「父上、その聖剣というのは?」
「うむ、これだ!」
父上が手を上げると、背後から数人の使用人が台車を押してきた。
台車の上には一振りの剣が丁重に置かれている。
剣が纏っている空気……なるほどただ者じゃない。
抜き身で台の上に安置されている剣、これが聖剣か。
「面白いなそいつ」
ホーセンも気づいたようだ。さすが帝国最強の武人。
「試しに使ってみたのか?」
「いや、私では振えなかった」
「ほう?」
「聖剣は持ち主を選ぶ、私では持ち上げられもしなかった。試しにやってみろホーセン」
「おう」
ホーセンは聖剣の柄に手をかけた。
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ。があああああああああ!!」
顔を真っ赤にして、頭の血管が切れるんじゃないかってくらい力を込めるホーセン。
しかし剣はびくりともしなかった。
わざと持ち上がらないようにしてるんじゃない。
その証拠に、ホーセンの足がミシッ、と地面にめり込んだ。
「はあ、はあ……だめだだめだ、俺じゃ無理みてえだ」
「お前もただの人間だって事だな」
「んなのしゃあねえよ」
またしても「あっはっは」「がはははは」の大合唱。
そうしてから、二人同時に私を見た。
「さあアレク」
「やってみろ義弟」
「なんでそんなに自信たっぷりなの――え?」
びっくりした、盛大にびっくりした、あっけない結果に死ぬほどびっくりした。
聖剣がひょいと持ち上げられた。まるで箸を持ち上げるくらい楽に持ち上がった。
「これって……」
「うむ、さすがアレク」
「やっぱり義弟だなあ」
盛り上がる二人をひとまず置いて、賢者の石に聞いた。
本当にこの剣が伝説の聖剣なのかと。
賢者の石は答えた。
間違いなく、人間界で伝説の聖剣と呼ばれているものだと。
その事績が一遍に頭に流れ込んできた。
さかのぼって教えられる聖剣の事績は、英雄達の歴史でもあった。
「……」
「おっとっと、こっちだけで盛り上がってしまった。さあアレク、それを振るってみるがいい」
「……うん」
私は聖剣の柄をしっかり握り直す。
何もない方角を向く。
「うん? なんで義弟そんなに真剣な顔をしてるんだ?」
訝しむホーセン。
私はぐぐぐ、と力を込めた。
多分……全力がいる。
まだコントロール出来ない力をフルに解放して、聖剣を振り抜いた。
静かな斬撃、ただの素振りに見えるだろう斬撃。
直後。
聖剣が粉々になった。
切っ先から朽ちていき、塵へと帰って行く。
「な、なに!?」
「聖剣でも義弟の力に耐えきれないのか」
さすがに驚く二人。
その直後。
『ありがとう』
世界が光に包まれた。
まばゆい光の中で、一人の男の姿が浮かび上がる。
神々しい姿――神。
『そなたのおかげで私は解放された、礼を言う』
「これで天に帰れる? ――神様」
聖剣の中から現われたのは神だった。
『私の事を知っているのか?』
「うん、ちょっとミスをして、罰で聖剣にさせられたんだよね。聖剣としての人生を終えるまで天界に帰れないって
《剣》生を終えるまで天界に帰れないって」
賢者の石に見せられた聖剣の歴史。
その誕生の詳細は賢者の石の知識の範囲外だったが、生まれ変わりを実際に経験して、アザゼルの事も知っている私は、簡単にその事の推測がついた。
『知っていて解放してくれたのか……なるほど、同族か』
神は眼を細めて私を見た。
SSSランクのこと、ばれたか。
「ううん、違うよ。僕は人間、ただの人間だよ」
『……ならば感謝しよう、人間の子よ』
「きにしないで」
私の返事にふっと微笑みつつ、神はゆっくりと空に昇っていった。
遠ざかっていく神、徐々に世界が元に戻っていく。
まばゆい光が完全におさまったあと、私の手には柄だけになった、聖剣の残骸だけが残った。
さて、探しあててくれた父上に謝らないとな。
振り向き、父上に謝ろうとした、が。
「あれ? もしかして……今のが見えた?」
父上にホーセン、そして離れた所にいるコーロ。
三人とも唖然としていた。
コーロは口を開けてポカーンとしてなかなか戻らなかったが。
「なるほど! 神のよりしろだったから聖剣だったのだな」
「いやそれより神を解放した方が偉業だぜ?」
「それを言い出したら、神に『同族か』と認められたことこそ真の偉業だ」
「確かに!!!」
三度、「あっはっは」と「がはははは」の大合唱。
今の……聖剣の解放って結構歴史的に大事なんだけど。
「さすがアレクだな」
「さすが義弟だな」
二人の目には、いつもの事にしかうつってない様だ。
その事の方がすごいと思った。




