03.善人、打撃で物を斬ってしまう
カーライル屋敷の庭。
私はモリソン山モチーフの大岩の前に立っている。
腰には初めて使う、良質なロングソードを下げている。
使えるのならこっちも使える様にした方がいい。
そう思って、まずは基本的なところを覚えていこうと思った。
肌身離さず持っている賢者の石に、斬撃や剣術のコツを聞く。
それを一通り頭の中でシミュレートして、体が間違いなくその通りに動けると確信したところで。
深呼吸して、剣の柄に手をかける。
抜刀!
鞘走る長剣、舞い散る火花。
音速を超えた斬撃を振り抜く。
大岩は……なんともなかった。
「……あっちゃー」
一瞬キョトンとした後、ロングソードを見たら理由が分かった。
鍔の先に刀身はほぼ残ってなかった。
初めての斬撃で気合をいれすぎて、ついつい魔力まで込めてしまって、刀身を消し飛ばしてしまった。
多分抜いた直後にはもう消えてる。
大岩が斬れてないのも当然だ。
「オリハルコン……いや、それ以上の金属が必要か」
父上のオリハルコンソード、今はエリザのアクセサリーになっている伝説級の金属の事を思い出す。
全力で振るうなら、あれ以上の金属が必要になる。
仕方ない、とため息をつきつつ、残ったロングソードを鞘に戻した。
「おーい、ここにいたのか義弟」
声に振り向く、屋敷の方からこっちに向かってくるホーセンの姿が見えた。
ホーセンはいつもの様に豪快かつ上機嫌な笑顔で、大股でつかつか歩いてくる。
いつも通り遊びに来た――と思ったらそうじゃないみたいで。
彼は後ろに一人の青年を連れていた。
顔の作りが美形の青年だ。
顔から出来るオーラと、自分の人生に自信を持っているのが滲み出ている。
「こんにちは、今日はどうしたの?」
「おう、ちょっとわけあってこいつを連れ回してるんだ。ちょうどいい、義弟にも紹介するぜ。こいつはコーロってもんだ。最近俺の部下になったヤツだ」
「お初にお目にかかります、コーロ・リューゼンと申します」
「アレクサンダー・カーライルです、よろしくお願いします」
「勇名は聞き及んでおります」
コーロはそういい、私を見つめる。
観察? をしてるのかなこれは。
私に興味あり、って感じだ。
「おっ、なんだなんだ。義弟は剣をはじめたのか?」
ホーセンは私の腰間に下げられたロングソードをめざとく見つけた。
「うん、ちょっと練習をしてた」
「おー、そりゃあいい。義弟が剣を使うところも見てみたいな。きっとすげえんだろうな」
「僕、剣を使うの初めてだよ」
「いやあ、そんなの関係ねえだろ。義弟が剣を使えば――ほれ、あそこの岩なんてざくっと真っ二つだろうよ」
「持ち上げすぎだよ」
「んなこたあねえ。いや岩とかあまいな、あっこに見える山とか一発で切り拓くだろうよ」
「開山とか破山とか、そんなの神話の天地創造にしか出てこない話じゃないか」
「おう、義弟ならできるぜ」
ホーセンはそう言って、天を仰いでがっはっはと笑った。
アレク同盟のメンバーの一人。
彼が私を持ち上げるのはもうすっかり慣れてしまった。
「副帝殿下が剣も得意とは存じ上げませんでした」
「そうでもない」
「殿下は魔法学校の名誉校長をだけではなく、実際には授業もなさっていると聞く」
「たまにね」
「ホーセン様からその才気の程をうかがっております。剣術もよほどのものとお見受け致します。是非、一手ご指南をお願いしたい」
「指南か……教えろって言われても――」
「何卒――いざっ」
コーロは問答無用! とばかりに自分の剣を抜いて、私に斬りかかってきた。
とっさに手を振り抜いた。
カウンターのパンチ――。
「コーロ! よけろ!!」
背後からホーセンが大声で叫んだ。
ホーセンは気づいた、しかしコーロは反応出来てない。
もちろんコーロをどうこうするつもりはない。
パキーン! って金属音がして、コーロの剣が半分の所から折れた。
剣だけ折って、それで話を収めようってわけだ。
剣をへし折られたコーロはきょとんとして、自分の剣を見つめる。
折れた所は、綺麗な切口をしている。
しばらくして、彼は我に返って。
「お見それ致しました。さすがは副帝殿下、聞きしに勝る斬撃の鋭さ」
「ううん、今の斬撃じゃなくて、打撃だよ」
「……へ?」
キョトンとするコーロ。
私は腰間のロングソードを抜いた。
さっき岩に振り抜いたとき、つい魔力を込めてしまい、刀身を溶かしてしまったロングソードを見せた。
「ちょっとミスって剣がこの有様だからね、斬撃は使えなかったから――これで」
残った柄を、裏拳で振り抜いた。
振り抜いた鋭い裏拳、それで折られた柄は、あまりの速度に鋭い切口になった。
「殴っただけだよ」
「……」
ポカーンとするコーロ。
一方で――
「うむっ! さすが義弟だ! 今のそれ、俺は十回に一回しかできないぞ。あっさりやれてしまう義弟はやっぱすげえな!」
と、ホーセンはいつもの様に、私を全力で褒め称えてきた。




