01.善人、封印を解き放つ
カーライルの屋敷の庭、よく晴れた昼下がり。
庭園の一部で、山をモチーフにした巨大な岩があった。
高さは帝国で一番高いモリソン山のジャスト千分の一、9メートルに作られていて、作られた「山道」を登るだけでちょっとした運動になる。
そんな巨大な岩が、屋敷の庭にあった。
私の目の前に残っているのは、粉々になった岩クズだけ。
高さ九メートルだった岩が木っ端微塵になっていた。
「試してみたはいいけど……この力は危険すぎる。しばらく封印しとこう」
もしかしてと思ってやってみたのが大当たりで嬉しさ半分、ほぼ初めての事でコントロール不可だったことに困ったのが半分。
強大すぎる力を時間かけてゆっくりと慣らしていこう、私はそう決めた。
「アレク様」
「うん? ミアか」
振り向くと、そこにプリンセスドレス姿のミアがいた。
「血の継承」ミアベーラ、ネイチャー一族の千年に一人の美女は今日も美しく、高貴なオーラをバンバン出していた。
彼女は木っ端微塵になった岩を不思議そうに見て。
「これはアレク様が?」
「うん、ちょっとしたテストをね」
「さすがです……驚きしかありません……」
「ありがとう」
驚きと言いつつも、ミアは「お上品」なのを崩さなかった。
彼女に別の顔があると知っている私は、それを崩したくなった。
「ミア、これから時間ある?」
「アレク様のためならいくらでも」
「じゃあちょっと付き合って」
「はい」
☆
「んーーーーーー」
街に出た私たち、カフェテラスの中。
ミアはものすごく幸せそうな顔をして、ケーキを頬張っていた。
フォーク片手に、頬に手を当てて至福の表情をしている。
「うふ、ふふふふふふ」
「どうしたのミア、そんなに笑って」
「ああっ、ごめんなさいアレク様! その……美味しすぎて」
「美味しすぎて?」
「はい、美味しすぎると……その、なんて言ったらいいのか分からなくなっちゃいます」
「それで笑顔だけになるんだ」
「はい……」
「じゃあ、僕のも食べて」
一緒に注文した、私の分のケーキも彼女に差し出す。
「そんな! それはアレク様の分じゃないですか」
「ミア、よだれよだれ」
「――はっ!」
指摘されて、ミアは慌ててよだれを拭いた。
ドレスだとおすましになる彼女の、もう一つの顔を見られて満足な私は更にケーキを勧めた。
それをミアがおずおずに、しかし幸せそうに私の分も受け取って頬張りだした。
「ここにいたのアレク」
「その声はエリ……ザ?」
顔を上げる、そこにいたのは間違いなくエリザだが、はじめて見る姿だった。
お忍びで出かける時の私服じゃなくて、王女が着るような高貴なドレスをまとっている。
肌の露出が多いが、ものすごい奇跡なバランスで、いやらしくならない高貴な感じが漂っている。
気のせいか、ミアのといい対比になっている。
周りがざわざわしだした。
カフェテラスの前を通る通行人が足を止め、遠巻きにこっちを見つめている。
「すごいなあアレク様、あんな綺麗な人を二人も連れてる」
「どっちもどこかの王女様かねえ」
「すっげえ、なんかもうめちゃくちゃ羨ましい!」
元々ちらちら見られていたのが、エリザの出現でより一層の注目を集めていた。
気を取り直して、エリザに聞く。
「どうしたのエリザ、そんな格好をするなんて。はじめて見る格好だけど……何かあったの?」
「な、何もなきゃこういうドレスを着ちゃいけない?」
エリザは顔を赤らめながら言った。
恥ずかしいのかな、多分そうだ。
エリザはいつも玉座に座るための帝服か、町娘の様な私服しか着ない。
普段しない格好だから恥ずかしいのだろう。
本人をこれ以上恥ずかしがらせないために、私は堂々としてなきゃいけないと思った。
「似合うよ、エリザ」
「えっ」
「今まで見てきたエリザの中で一番綺麗だ」
「……ふ、ふん。当然よそんなの」
エリザはそう言って顔をプイと背けたが、まんざらでもなさそうに見えて、さっきまでの恥ずかしそうな表情をしなくなった。
これでよし。そう思って私は椅子を引いた。
「良かったら一緒に座る?」
「ええ、そうするわ」
エリザはミアに負けず劣らず上品な所作で歩き出し、私が引いた椅子に向かってきた――が。
パターン!
自分のドレスの裾を踏んづけたエリザが、前のめりに盛大に転んでしまった。
その拍子で裾がめくれて、清楚で高級感漂う下着が丸見えになる。
彼女は弾かれるように、パッと飛び上がり、涙目で私を睨んだ。
「み、見た?」
「ご、ごめん」
ドキドキして、つい目をそらした。
生まれ変わって今十歳そこらの子供だが、生まれ変わる前の記憶をそのまま持ち越してるから私の中身はいい年をしたおっさんだ。
不慮な事故で見えてしまった、エリザほどの美少女の下着。
胸がドキドキするのを宥めるのが大変だった。
「ふ、ふん」
エリザは鼻をならした。
「べ、別に見られてもどうって事ないし」
「え?」
「着替えとかメイドにやらせてるし、臣下に下着見られたからってどうって事ないし」
そういう理屈なのかな……って疑問に思ったが、この件をこれ以上突っ込むと私も立ち上がれなくなったり、前屈みにならざるを得なくなるから、スルーする事にした。
無言でもう一度椅子を引いて、エリザを促す。
彼女は慎重に、ドレスの裾を持ち上げながら、今度は転ばないで椅子に座った。
エリザにミア、ドレス姿の二人に囲まれて、改めてちょっと幸せになっていると。
ザッ、ザッ、ザッ。
物々しい足音がして、ぞろぞろと男達がやってきて、私たちを取り囲んだ。
数は五十、ちょっとした「団」って数だった。
野次馬と、店の客達。
住民達は駆逐されて、辺り一帯はその男達と私達だけになった。
「キミたちは何者?」
「その女に用がある」
男のリーダーらしき男が、下品な笑いを浮かべながらエリザをさした。
「彼女に? どうして」
「とぼけても無駄だ、そいつが皇帝エリザベートだって事は知ってる」
横でエリザの顔色が変わった。
「皇帝がしょっちゅうお忍びで副帝のてめえに会いに来る事も調べがついてる。俺たちの事を察知していつもと違う格好をしてごまかしたつもりだろうが」
男は得意げな顔で言う、エリザは「はあ?」と小さく漏らした。
どうやらごまかすためじゃなかったようだ。
「そんなの無駄だ。観念して俺たちについて来い。皇帝のてめえを手に入れれば……へへ」
私は立ち上がった。
「アレク様」
「大丈夫」
私を守ろうとミアも立ち上がろうとしたが、手をかざして止める。
「ここは僕に任せて。エリザもいいね」
「そ、そうね。ちゃんとあたしを守りなさい」
「うん、そうする」
そう言って前に進みでて、男と対峙する。
まだ子供の私は自然と男を見あげる格好になって、男は冷ややかな目で私を見下ろした。
「今ならまだ見逃してあげられるけど」
「はっ、ここまでやって引ける訳ねえだろ。皇帝を誘拐しようってんだ、半端な覚悟じゃねえんだよ」
「そうか、じゃあしょうがない」
軽く痛い目を見てもらうしかないな。
私は魔力を放出し、攻撃用の魔力球をつくった――。
「あれ?」
魔力球は作られなかった。
いや、魔法そのものが使えない?
魔力球じゃなくてもっとシンプルに魔法を使おうとしてみたけど、やっぱり使えない。
「はっ」
男は得意げな顔で、鼻で笑った。
「言ったろ、調べがついてるって。副帝アレクサンダー、歳の割りには相当な魔法使いって話じゃねえか」
「……」
「だから仕掛けといたぜ。このあたり、周辺数十メートルの範囲内で魔法が使えなくなる結界をな」
「そんなものを用意したんだ」
「ああ。いっとくがどうあがこうが無理だ。この結界は絶対、例え神だろうが、結界の中じゃ魔法は使えない。力づくで破るのも無理だ」
「……」
私は更に魔法を発動させようと試みた。
男の言うとおりだった。
SSSランクの強大な魔力、神に相当する魔力を持つ私だが、魔法は一切使えない。
向こうの宣言通り、魔法は完全に封じ込まれたらしい。
「アレク!?」
「アレク様!」
「大丈夫だよ」
焦るエリザとミアに振り向いて、ニコッと笑ってみせる。
「魔力を封じられてただのガキが調子にのるんじゃねえ!」
私の余裕が気に触ったようだ。
男は腰間の長剣を抜いて、私に斬りかかった。
エリザをさらうのが目的の彼らは、私の生死などどうでもいい様だ。
あきらかに殺意の籠もった斬撃、空気を引き裂いて飛んでくる切っ先。
私はそれを――
ガッしと掴んだ。
「……へ?」
掴んだ切っ先に力を込めて、それをへし折った。
手に折れた剣をもって、そいつに軽くパンチを見舞った。
折ってから殴った切っ先、素材が鉄なのに粉々に砕け散った。
あの、屋敷の岩のように。
「ど、どういう事だ、確かに魔法は封じたはずだぞ」
「うん、すごい結界だね。完全に魔法は使えないよ」
「だ、だったら――」
「僕、魔法だけだって一回も言ったことないよ」
「…………」
男は絶句した。
その部下たちも同じで。
「最初に謝っておくよ」
踏み込んで、男の横っ面を軽く撫でた。
男はぐるぐるぐる、と空中三回転してから地面に突っ込んだ。
「こっちはまだ手加減出来ないんだ」
次の瞬間、打撃音が辺り一帯に響き渡る。
慣れない打撃、シンプルな体術による近接戦闘。
途中から徐々にコントロールが出来るようになって。
五十人の皇帝誘拐犯を、わずか三分で全員瞬殺した。




