04.善人、史上最強
池の水では魔力測定が出来ないから、次は石を使うことにした。
六歳児の私の頭と同じくらいの大きさの石が用意された。
手を水平に伸ばして触れる丁度いい高さの台の上に、その石が置かれた。
「えっと……父上? 母上?」
ただの授業だったさっきまでと違って、父上と母上が石の向こう、劇場なら特等席になるようなところで、かぶりつきで私を見ていた。
「アレクの晴れ姿を見に来た」
「晴れ姿はいい過ぎです、単に魔力を測定するだけですから」
「でもアレクが初めて魔力を測定するのよ。我が子の成長を目に焼き付けておくために、最初の一歩をちゃんと見たいわ」
何事においてもド直球な父上と、こういう時それっぽい理由をつけてくる母上。
どちらにしても、二人は観戦する気満々みたいだ。
「さあ、見せてくれアレク」
「がんばれ、私のアレク」
両親の熱烈な視線プラス声援を送られた。
私は観念して、手を伸ばして、石に触れた。
やる事はさっきと一緒、石に魔力を注いで、その変化を見ること。
深呼吸一つ、魔力を注いだ、次の瞬間。
「むっ、消えたぞ」
「消えましたわね」
「さっきと同じですねアレク様」
両親とアンジェがそれぞれ反応する。
念の為周りを見回した、何処にも石はない。
「これはどういう事だ?」
父上が家庭教師に聞いた。
「はい、男爵様の魔力が強すぎて、石も水同様に消滅させたのだと思います、はい」
「おお、さすがアレクだ」
「しかし困りましたわ、これではアレクの魔力がどれほどのものなのか分かりませんわ」
「うむ。アレクがすごいのは分かってるのだから、どれくらいすごいのかを知りたいな」
父上が真顔でそう言った。
「何かほかに方法はないのか?」
「はい、ないこともありません、はい」
「言ってみろ」
「はい、黄金を使えばいいのです、はい」
「「「黄金?」」」
父上に母上、そしてアンジェの三人の声が重なった。
なるほど、そうきたか。
「どういうことなのだ?」
「黄金は性質がもっとも安定している金属だからですよ。いつまで経っても綺麗な輝きのままであり続けますよね。その上ほかの金属とちがって、色々耐えられる柔軟性もあります。変えるのが難しくて、その上丈夫だから、魔力の大きい人の測定に使われるのです」
「はい、そうです、はい……」
「どうしたのだ? アレクが間違ったことでも言ったか?」
苦い顔をする魔法の家庭教師に、父上はほんのちょっと目を細めて聞いた。
「はい、男爵様にはその事を教えてないのに、何故知っているのかと、はい……」
「なんだそんなことか。それはアレクだからだ」
それは理由になってませんよ父上。
「それよりも黄金を用意すればいいのだな? さっきの石と同じサイズでいいのだな」
「はい、それで大丈夫です、はい」
父上はすぐに使用人に命じて、金塊を用意させた。
カーライル公爵邸にはもちろん金銀財宝がたくさんある、ただの金塊はものの数分で用意できた。
それはさっきの石を同じように、台の上に置かれた。
「これでいいのだな?」
「はい、それはもう、はい」
家庭教師ははっきりと頷いた。
「はい、これで判明できない者は歴史上存在しません、はい」
「よし。アレク、やってみるのだ」
「わかりました」
父上に母上、アンジェ、それに家庭教師と、黄金の調達でさっきより更に増えた使用人達。
ギャラリーが更に増える中、私は黄金に手をかけた。
深呼吸一つ――魔力を放出。
「きゃっ!」
だれのものともつかない、悲鳴が聞こえた。
同時に私はとっさに手で目の前を覆った。
光が溢れた、太陽の様な輝きの、黄金色の光だ。
「な、なんだこれは」
「何が起きたの?」
「アレク様!?」
ちょっと遅れて、いろんな声が聞こえた。
少し遅れて、光が収まった。
「大丈夫かアレク――うぉ!」
「どうしたんですか父上」
「黄金がないぞ」
「え?」
目の前の台を見る、黄金が跡形もなく消えてなくなっていた。
「これはどういう事だ?」
「はい、いえ、はい……」
家庭教師が言葉を失う。
「あなた、答えはもう出ているではありませんか」
「うん? どういう事だ?」
「アレクは黄金も消してしまったのです。この世に存在する物質の中でもっとも魔力耐性がつよい黄金を消してしまったのです。つまり――」
「――世界最強ということか!」
ハッとする父上、穏やかに微笑む母上。
いや、それは……それは……。
どうなんだろう、とは言えなかった。
転生前の事を覚えている私、SSSランクで、神様になれるという選択肢もあった事を知っている私。
SSSランクの魔力は、神に匹敵するものかも知れない、と思ってしまって、「世界最強」という言葉をすぐに否定出来なかった。
「すごいですアレク様、世界最強です」
アンジェにまで、キラキラした目で言われて、こそばゆかった。
「あっ、そうだ」
私はある事を思い出した。
いきなりの事で忘れたけど、やらなきゃならないと思った。
あれほどの量、使えば多くの人が助かる。
消したままではいけない。
目を閉じて、空気中にある黄金の存在を感じ取る。
直前に消してしまった黄金の存在を。
魔法をつかう。きわめてシンプルな、魔力チェックと同時に覚えさせられる魔法。
魔力テストで変質したものを、直前の状態に戻す魔法だ。
すると。
「アレク様! 黄金が戻りました――あっ、もしかしてアレク様がこれを?」
私が目を閉じている事でそれに気づいたアンジェ、やっぱり賢い女の子だった。
「なんだって! おお! 本当に戻ってる、すごいぞ本当かアレク!」
「すごいですわね。私はうろ覚えですが、たしか魔力テストで変質したものを前の状態に戻すには、その時の倍の魔力がいるのではありませんか?」
「はい、その通りです……、はい」
ますます言葉を失う家庭教師。
父上も母上もアンジェも、そして使用人達も私が黄金を戻したのに大興奮している。
その後、父上の命令で、公爵家の総力をあげて文献や史料を調べたが。
黄金を消滅させる程の魔力をもったものは歴史上存在しなかった事がわかって。
世界最強じゃなくて史上最強、と。
父上はますますよろこんだのだった。