05.善人、時空間魔法で大事な物を取り戻す
凱旋。
プラウの結界を逆手に取って、七つの砦を損害ゼロで落とした討伐軍を率いて、帝都に凱旋した。
都から数キロ離れた先からでも、都の住民がほぼ総出で待ち構えているのが見えた。
それくらい都の入り口には住民が殺到していて、完勝して戻ってきた討伐軍の、戦勝パレードを待望しているのが分かる。
ちなみに今、私が乗っている神輿の上にはエリザはいない。
凱旋するにあたり、彼女は先に戻って、皇帝として討伐軍を出迎えねぎらおうとしている。
さてと、まずはこの沿道の観衆をやり過ごし、王宮に向かおう。
と、思っていると――。
――おおおおお!?
沿道で待ち構えている観衆から大きな歓声が上がった。
歓声はただの喜びの感情だけじゃない、驚きや戸惑いも少なからず含まれている。
どうしたんだろうと思っていると、すぐにその理由が分かった。
帝都をぐるりと囲む城壁、その開かれた城門。
その向こうから皇帝・エリザベートが現われた。
観衆の反応は彼女が現われたことに対するものだ。
まさか……皇帝自ら出迎えるとは。
私はさっと神輿から跳び降りて、むしろこっちから向かっていき、皇帝の前で流れるようにひざまづいた。
「アレクサンダー・カーライル、ただいま帰還しました」
「大儀であった、アレクサンダー卿。そなたの功績は報告を受けている。獅子身中の虫をよくぞ取り除いてくれた」
「もったいないお言葉でございます」
私とエリザのやりとり、それを妨げるものはいなかった。
大観衆はほぼ全員が固唾をのんで、私と皇帝のやりとりを見守っていたからだ。
ふと今回の討伐、エリザが語ったもう一つの目的を思い出す。
帝国の本気度を示す。
つまり――演出が必要だ。
私はひざまづいたままエリザを見あげて、キリッとした、断言する口調で言い放った。
「私は陛下の剣。帝国の敵は、このアレクサンダー・カーライルが全て打ち砕いてご覧に入れます」
これからも、という意味合いを込めて、エリザに言った。
瞬間、固唾をのんでいた観衆のテンションが一気に最高潮に達した。
「やべえ! かっけえ!!」
「無敵の副帝殿下の宣言よ」
「この時代に生まれて良かった……」
「皇帝陛下バンザイ! 副帝殿下バンザイ!」
私たちを称える歓声の中、私はエリザと一緒に神輿に乗って、戦勝パレードそのままって感じで入城した。
沿道の歓声の中、手を振りながら、小声でエリザに聞く。
「びっくりしたよ、まさかエリザがここまで迎えに来るとは」
「これも演出、分かるでしょ」
「うん。普通は皇帝は謁見の間で待つ、大きめの功績を挙げても王宮の入り口に来るまで。たしか――」
「うん、ホーセンの時はそうだった」
「城門を出て、都の外――いわば郊外まで出迎えるのは破格過ぎる」
流れる様な台詞のやりとり、まるで答え合わせをしているかの様だ。
皇帝とか関係なく、普通のご家庭でもそうだ。
家に訪ねてきた客を迎えるのも見送るのも同じ。
家の中で待ってるのと、家を出て外までするのとじゃかなり違う。
沿道の観衆はエリザの狙い通り、ものすごく盛り上がって、沸きに沸いている。
「それだけ本気って事よ」
エリザの言葉に何か別の意味があるように感じたが、それよりも、彼女がつけているイヤリングの方が気になった。
「どうしたの? そんな目で見て」
「エリザのそのイヤリング……オリハルコン製? 珍しいね、オリハルコンを装飾品に使うなんて」
オリハルコンというのは貴重な金属だが、その貴重さは硬度や魔法伝導の高さ――つまり戦闘においての実用性が高いからだ。
貴人のアクセサリーは宝石や黄金といった、美的価値の高いものを使うのが一般的。
貴人中の貴人、皇帝ならなおさらだ。
皇帝の正装にオリハルコンを使う事は本来あり得ない。
それに――。
「形がなんかいびつだよ」
「だってこれ、あなたが適当に溶かしたアレの残骸だもん」
「アレ?」
「はじめて会った日、カーライル卿の攻撃を防いだでしょう?」
「ああ、父上の『隙あり!』か」
言われてピンと来た私。
全て思い出した。なるほど、あの時に魔力球で溶かした父上の大剣の残りか。
「なにもそんなもの使わなくても。もっとちゃんとした形に整えてあげようか?」
「いいのよ」
エリザは大観衆に手を振りつつ、微笑んだままやんわりと断った。
「アレクとはじめてあった日の記念だから。こういうのは、『その時のまま』に価値があるの」
「なるほど」
自分からはその発想はないが、言われると納得出来る、そんな感覚だった。
エリザがそう言うのなら何もいうまい。
私はそのまま、エリザと一緒に凱旋パレードをこなした。
☆
アレクサンダー同盟領、ズーラン地方。
ネイチャーの一族、女子供が合流して500人近くに膨らみ上がったその一族をつれて、ここにやってきた。
「ここが……我々の聖地ズーラン……?」
一族の若い衆は困惑していた。
それもそのはず、彼らを連れて来たここはパッと見廃墟、何もないただの草原だからだ。
「まちがい……ない……」
そう言ったのは、一族の重鎮、ほとんどミイラのような老人だった。
しわがれた、しかし重みのある声だ。
「あの山、あの川、間違いなくここがズーラン、我らが神を祀る祭壇があった場所じゃ」
「くっ! 帝国め、跡形もなく壊していきやがった」
「我らを追いやっただけじゃなく――外道が!」
ネイチャーの一族は口々に帝国と、100年前の皇帝を罵った。
「それって、やっぱり大事なもの?」
私が聞くと、一番格式張った入れ墨の、戦士長ウーイが、少しだけトーンダウンした口調で答えた。
「はい、それは我々の先祖、一族代々の英霊が眠っている場所」
「それはメチャクチャ大事なものだね……よし」
私は肌身離さず持っている賢者の石に聞いてから。
「ウーイ、それにみんな。ちょっと離れてて」
「え……わ、わかった」
ウーイは戸惑ったが、私の言うことを聞いてくれた。
ウーイが命じると、戦士達も一族の女子供達も。
ぞろぞろと、私から距離を取った。
みんなが十分に離れたのを確認してから、魔法を使った。
手を伸ばし、感じ取ったそれの場所に魔法陣を広げる。
魔法陣ごしに見えた地面がぐにゃりと歪んだ。
しばらくして、歪んだそこから植物のように、建物が「生えて」来た。
ゴゴゴゴゴ、と地鳴りと共に生えてきたのは、誰が見ても「祭壇」と呼ぶべき建造物だった。
魔法陣の光が収まった頃には、それは完全に地上に降臨した。
まるで最初からそこにあったかのように。
私はネイチャーの一族に振り向いた。
「祭壇、これだよね」
「た、建て直してくれたのか?」
「おお、話に聞いたものと同じ見た目だ」
「これが……我々の魂の故郷……」
ネイチャーの一族は半数近くが感動していた。
しかし、それは主に若者達だけだ。
戦士長ウーイのような、ある程度大人になった者達は一斉に複雑な表情をしている。
「どうしたの?」
「祭壇を建て直してくれたことは感謝しかない。しかし、それで途絶えたわが一族の歴史が戻るわけではない――」
「ううん、これは建て直しじゃないよ?」
「――へ?」
それまで複雑そうな表情をしていたウーイがポカーンとなった。
「建て直しじゃない、これは本物」
「ほ、本物って……どういう……」
「時空間魔法の一つ。かつてここにあったものをそのまま引っ張ってきた。だから本物だよ」
「……」
「『その時のまま』、それが大事なんだよね」
「ば、ばかな……そんな魔法なんてあるわけが……」
ウーイが受け入れられないでいると、一族の長老が震える足取りで祭壇に向かった。
祭壇の前でぶつぶつ何かつぶやくと、おもむろに取り出したナイフで自分の手のひらを裂いて、鮮血を「捧げた」。
すると、祭壇の中から人の形をしたなにかが出てきた。
半透明で、上半身だけの人の形。
それがわらわらと出てきた。
「おおお!?」
「わ、我が御先祖様!」
「本物だ! 本物の祭壇だ!」
ネイチャーの一族は全員が一斉にひざまづき、全員が感動して大粒の涙を流しつつ、先祖達を拝んだ。
私はそれを眺めながら、大事な事を教えてくれたエリザに心の中で密かに感謝した。




