09.善人、現人神になる
ミラーといったん別れて、屋敷にアスタロトを連れて帰ってきた。
カーライルの屋敷、高価な調度品をふんだんに使った居間。
私が椅子に座り込んで一息つくが、アスタロトは私の前に立ったままなのに気づいた。
解放されたアスタロトは女神そのものの神々しさを放っていたが、所作はまるでアメリア達のようなメイドに見える。
「アスタロトも座って」
「いいえ」
彼女はゆっくりと、しかし迷いなく首を振った。
「主様の御前にわたくしの席などありません」
「そこまでへりくだらなくてもいいと思うんだけど」
「感謝の気持ちを少しでも。まだ永劫に続く苦しみの中、一時的な事とはいえ、オアシスを与えて下さったご恩に報いたい」
アスタロトの話を聞いて、私はピンと来た。
ほとんど同じ境遇の者を一人知っている。
元悪魔の、天使アザゼル。
アザゼルが九回悪魔に生まれ変わって苦しむ事を強いられてるのと同じように、アスタロトもきっとそうなんだろう。
それを止めた私に感謝している。ということか。
……。
「アスタロト」
「なんでしょう、主様」
「神に戻ったアスタロトは何が出来る? 僕の知識だと、アスタロトは元・豊穣の女神ってなってるけど」
「ご博学お見それしました。その通りです、わたくしは豊作に導く力を有しております」
「僕たちの領地、アレクサンダー同盟傘下の領地を豊作にする事はできるかな。結構広範囲だけど」
「造作も無いことでございます」
アスタロトは即答した。
「村ごとに一つ、わたくしを祀るほこらを建てさせれば。そこを依り代にして、わたくしの豊穣の力を分け与える事ができます」
「分かった、すぐに作らせる。ごめんね、具合が良くなったばかりなのにすぐに仕事をさせちゃって」
「いえ、主様のお役に立てるのであれば例えこの身砕けようとも」
「ありがとう」
にっこりと微笑み、顔をわずかに赤くするアスタロトを連れて、父上の元にむかった。
豊穣の女神、それを祀るほこらを、領内の農村全てに建てさせるための相談をしに。
やっぱり、彼女も私のために何かしたいと思っているタイプだ。
だれかが困るとかでもなければ、したいことは叶えたい。
そう思う私であった。
☆
月日が流れて、四年に一度のアレク杯が終了したころ。
父上と義父上とホーセンとミラー。
四人の貴族の領地が全て、かつてない程の大豊作になった。
「うむ! さすがアレクだ」
屋敷の執務室で、父上と一緒に収穫の報告の書類を読んでいると、父上は満足げに、そして誇らしげに頷いた。
「見ろ、全ての村が過去最高、史上最高の収穫を記録している」
「すべてアスタロトのおかげだよ」
「とんでもございません」
同席して、私の背後にまるで秘書だかメイドだかの姿勢で立っているアスタロトが、いつもの様にへりくだった。
ちなみに女神の威光というか神々しさはそのままだ。
背中にいるから私は大丈夫だが、父上がたまにまぶしそうに目を細めるのが少しおかしかった。
そんなアスタロト、神々しさとは裏腹に、口調や態度はものすごく控えめだった。
「わたくしは主様の命に従っただけ。全ては主様の功績にございます」
「うむうむ。天使の次に神も従えてしまうとは。驚きには値しないが私はすごく嬉しいぞ」
いえ驚いて下さい父上。
「息子が神を従えた」という普通なら与太話にしか聞こえない事を「驚きに値しない」で片付けるのはどうかと思う。
とは言えそれが通常運転の父上だ。
今更突っ込んでもしょうがない事かも知れない。
「あれ?」
「どうしたアレク」
「ここ……この村だけ他よりもすごくないかな」
「うん? 中の中くらいだろう、こんなの」
「収穫の量はそう。でも前年比だと……」
「むっ、本当だ。他がおしなべて1.5倍程度なのに、ここだけ前年比三倍ではないか」
「畑の面積は……増やしてないよね」
「増やしてないな」
数字を見て、どういう事なのかと父上と一緒になって首をひねる。
「……粛清だな」
父上がいきなり、ぼそっととんでもない事をつぶやいた。
この父上から聞いた言葉の中で一番物騒な言葉だ。
「ちょ、ちょっと待って父上。なんですか粛清って」
「こんなのごまかしだ。周りが豊作なのを聞いて、アレクにゴマをするためにごまかしをしているのに違いない」
「そうと決まったわけじゃ――」
「これをみろ」
父上は懐から石を一つ取り出した。
成人男性の手のひらと同じくらいの大きさの石だ。
「これは?」
「流星――いや隕石だ。とある農村から献上してきたものだが……みろ」
石をひっくり返す父上、そこには「アレクサンダー・カーライル」と、私の名前が刻まれていた。
「どうして僕の名前が?」
「この隕石に天然で出来た溝らしい。それが偶然アレクの名前になっていた縁起のいいものとして献上してきたものだ」
「そんな事があったの!?」
「アレクは世界一の息子、いや男だ。普通にしてても偉業は積み上げられるが、こういう嘘はその偉業の汚点になるからゆるせん」
父上は珍しく、私に関係する事なのに怒っていた。
「ちなみにその村は……」
「厳重に叱って村長を更迭させた。実害はなかったからな」
ほっ……。
理性的な処置をした父上に私はホッとした――。
「それ以上の処分をしたらアレクに悪名がつくからな!」
――もとい、かなり感情的に処分をしたようだ。
「だが今回のは許せん、これがまかり通って周りに伝染すればいずれ大きな災いをうむ。だから――」
粛清だ! と父上がもう一度言葉を、言霊になりそうな言葉を口にする前にとめた。
言いたい事は分かるが、粛清は行きすぎだ。
「待って父上、僕が状況を確認してくる」
「アレクが?」
「うん、ここは僕に任せて」
「……ふむ、そうだな。アレクが行けば真実は即座にあきらかになるだろう。よし、任せるぞアレク」
「うん」
とりあえず「粛清」は止められた。
☆
瞬間移動魔法で、突出して豊作になったという、ゴーラル村に飛んできた。
アスタロトを連れてきた。豊作がらみの話だから、なにかインチキがあれば彼女ならすぐに見抜けるからだと思ったからだ。
「すごいね、すごく豊作だ」
飛んで来た私の第一印象はそうだった。
畑に溢れんばかりの作物、人々の表情は明るく、家も服もその他ありとあらゆる物が新調されていて、豊かさが一目で分かる感じだ。
農家は特にそうだ、収穫までほぼ無収入ということもあって、収穫して収入が入るとその反動で一気に金を使う。
景気の良さはほかの業種よりもはっきりと収穫に比例する。
「ほかよりもかなり景気がいいから、数字通りの豊作っぽいね、でもなんで?」
「……あっ」
「どうしたのアスタロト、何か心当たりが」
「……はい、ここのほこらは領内で唯一、他とは違う作りになっているのを思い出しました」
「他とは違う?」
どう違うんだろう。
数日前に行った村の事を思い出す。
そこのほこらは、アスタロトの石像を祀っているありふれたほこらだ。
他の村のほこらも大体同じ感じ、若干サイズの違いはあるけど、全部アスタロトをちゃんと祀ってると言っていい。
それらと違って、唯一違う作り。
「どんなのなんだろ」
「あそこにございます、主様」
アスタロトがさした先にほこらがあった。
まず、遠目からでも分かるくらい、サイズは他のざっと倍はある。
「大きいからなの?」
「いいえ」
違うのか。
まあ、アスタロトが来てすぐに心当たりとして思い出す以上、中に入ってみれば分かるか。
私はアスタロトを連れて、ほこらに向かった。
ほこらの前に立って、中をのぞき込む――驚いた。
「あれって……僕?」
「はい、主様とわたくしです」
「僕も祀ってるって事? しかもこの配置……僕がメインでアスタロトが従者みたいじゃないか」
「その通りでございます。わたくしと主様の関係をよく表している。それで張り切ってここに通常以上の加護を授けた記憶がございます」
「……なるほど」
そうだったのか、とちょっと苦笑いした。
本人が言う、テンションが上がる配置なら、そりゃ他の倍、通常の三倍の効果になるのも分かる。
状況は分かった。
インチキはなかった、それはホッとした。
が。
「この僕の石像、なんか僕も神様になっちゃってるみたいだね……」
人間の石像と祀る対象になる神の石像とでは作りが違う。
アスタロトを侍らしている私は、どう見ても神の方の作りだ。
やたら豪華で、石像なのに神々しい。
神々の王。
神話の中に出てきたそんなフレーズをふと思い出した。
「わたくしの主様でございますので、妥当だと思います」
「そっか」
そう話すアスタロト。彼女も父上達の様なノリだった。
アレク教の信者、女神アスタロト。倒錯的な香りがした。
「あっ! 副帝様だ!」
「女神様もいる」
「ありがたやありがたや……」
ほこらの前で立ち話をしていると、私たちに気づいた村民達がやってきて、アスタロトだけじゃなくて、私の事も拝みはじめた。
気のせいか、私の事をより拝んでいる。
多分気のせいじゃないだろう。
豊穣の女神を従える現人神的な存在に祭り上げられた私。
やっぱり神々の王っぽい感じがした。
SSSランクの生まれ変わり。
どうやら人間に生まれ変わるのを選んでも、神的な存在になるみたいだった。




