03.善人、魔力量もSSSランク
屋敷の庭、私はアンジェと一緒に、魔法の家庭教師の教えを受けていた。
お互い六歳になった、体がそこそこ出来てきたことで、魔法の授業を始める事になった。
「はい、ではまず、男爵様と奥様の得意属性の判別からいたしましょう、はい」
中年にさしかかった魔法担当の家庭教師が、揉み手をしながら切り出した。
アンジェは小首を傾げて、よく分からない、って顔で男と私を交互に見る。
「とくい、ぞくせい?」
「炎とか、氷とかの属性のことだよ」
「はい、魔法は各々様の得意属性を分かった上で伸ばした方が効率的です、はい」
「それはどうやってするのですか?」
「はい、この池をつかいます、はい」
家庭教師は半身になって、「じゃん!」という感じで、私たちに背後の池を見せた。
「池ですか」
「うん。本当はなんでもいいんだ。魔力を注げば物の性質は変わる。でも一番変わりやすい空気はよく見えなくて、見えやすい石とか木とか、そういう物体は魔力が足りてないと変えにくい。だから変えやすくて、見やすい水が一番なんだ」
魔法を使う上での基本常識を、アンジェに教えてあげた。
「はい、その通りです、さすが男爵様です、はい」
家庭教師は揉み手で私をほめつつ、アンジェにいった。
「はい、では奥様、これを持って池のほとりに立って下さい、はい」
「これ……魔法のステッキ?」
アンジェが受け取ったのは、箸くらいの長さで、先端に星型のオブジェが張り付いてる魔法のステッキだ。
魔法をすんなりと使えるかは、精神力が大きく影響してくる。
子どもに教えるとき、こういう星型付きの魔法ステッキが一番気持ちが乗って、上手く魔法を使えるのは周知の事実だ。
アンジェもほかの子どもと同じように、魔法ステッキを受け取って、わくわくする顔で池の畔にたった。
家庭教師のアドバイスに従って、ステッキを通して、池に魔法を――というより純粋に魔力を放出する。
ポン、という擬音が聞こえてきそうな感じで、池のまん中に水草が一本生えてきた。
「あっ、草がはえました」
「はい、奥様はおそらく治癒の魔法をもっとも得意とされます、はい」
「治癒だって、アレク様」
「いいね。もし僕がケガとかしたらアンジェにお願いしようかな」
「うん! 私、魔法が上達する様に頑張ります!」
可愛らしく意気込むアンジェ。
素直な性格の彼女の事だ、きっと、魔法もみるみる上達していく事だろう。
「はい、では次は男爵様です、はい」
「ステッキは大丈夫」
「はい、さすが男爵様でございます、はい」
私はステッキを受け取らなかった。
それの補助が必要なのは、魔法を知らない子どもだ。
私は生まれ変わる前の記憶を持っている。
心と記憶の年齢は目の前にいる家庭教師よりもかなり年上だ。
この程度の初級魔法、ステッキの必要はない。
……むしろ、ステッキの使い方の方が難しいかもしれない。
ちゃんとした歩き方を覚えた大人が、赤ん坊みたいによちよち歩きしろといわれた方が難しいのと似たようなものだ。
私は池の前に立って、目を閉じて深呼吸した。
生まれ変わる前は炎が得意だった。
はじめて確認したときは水の温度が少し上がったはずだ。
今回はどうかな。
記憶は生まれ変わる前のを持ち越してるけど、肉体は完全に真新しいもの。
例えば目の良さがかなり変わった。
前はメガネがなければ本すらも読めない位なのに、生まれ変わった今は遠くの山で木こりをしている人の姿まで見える。
魔力は、どうかな。
私は目を開けて、なれた感じで、魔力を池に向かって放出した。
「えっ?」
「…………」
アンジェの驚く声、家庭教師が絶句した息づかい。
両方が同時に聞こえてきた。
はて、どうしたんだろう――って思ったけど。
「あっ、水がない……」
さっきまで池だったそこは、ぽっかりと空いたただの穴になっていた。
水が一滴もない、完全に干上がっている。
「これは……どういうことだろ」
「はい……いいえ、はい」
家庭教師は少し慌てて。
「はい、もう一度テストしてもよろしいですか、はい」
「うん」
頷くと、家庭教師は慌てて走って行き、屋敷の使用人達を連れてきた。
大勢でやってきた使用人達はバケツで水を汲んできて、再び池を満たす。
「はい、では男爵様、もう一度お願いします、はい」
家庭教師、アンジェ、そして水を汲んできた使用人達。
大勢が見守る中、私は再び、満杯になった池に魔力を注ぎ込む。
またしても一瞬で池の水がなくなった。
「これはどういう属性ですか、先生」
私の前世の記憶をもってしても分からなかったから、家庭教師に聞いた。
「はい、おそらく男爵様の魔力が巨大過ぎて、はい」
「巨大過ぎる?」
「はい、水が変化に耐えきれずに消滅したと思います、はい」
「わああ、さすがアレク様です!」
アンジェは無邪気に喜び、周りの使用人も「おおお」と歓声を上げた。
結局この池では小さすぎて。
私の魔力が桁外れに大きいということだけがわかり、属性は判別できなかったのだった。