03.善人、技術爆弾で侵攻してしまう
帝国の守護竜、カラミティの背中。
その背中にアンジェと一緒に乗って、空を飛んで移動した。
父上の領地のとある村が、不作ということで税の相談をしてきたので、そこに詳しい話を聞きにいく最中だ。
アレク杯を控えてるし、領内の不安要素をつぶして回らないと、と思ってる。
「わあ……すごい景色……」
「アンジェは本当に、空からの景色が好きなんだね」
「はい! すごく大きくて、広くて、えっと……広くて……」
アンジェは必死に自分の中に存在する単語を搾りだそうとしていた。
言葉足らずだが、それが逆に本当に好きなんだなと感じる。
「あっ、もう着きそうです……」
ふと、アンジェはちょっぴり落胆した。
視線の先に人の住む村がある。
周りを畑に囲まれた農村、今回の目的地。
カーライルの屋敷から離れた、カーライル公爵領の辺境にある村。
それが見えたということは、空の旅もおしまいと言うこと。
「アンジェ」
「はい、アレク様?」
「帰りは少し寄り道してから帰ろうか」
「――はい! アレク様!」
アンジェはものすごく嬉しそうに頷いた。
愛らしいその笑顔、見てると色々してあげたくなってしまう。
私が前世の記憶を持っている、精神年齢が数十歳のおっさんという事もあってか。
アンジェに対する感情が、まだまだ父親と娘のそれに近い。
さて、そうと決まれば、さっさと用事を済ませたい。
「カラミティ」
「承知した」
カラミティはゆっくりと高度を落とし、目的地の農村に着陸した。
村の入り口、そこで既に待ち構えている者がいた。
「お待ちしておりました、アレクサンダー様」
「あなたがここの責任者?」
「はい。村長のファーマーです」
名乗ったファーマーという男は40近くの中年。
農作業で自然と鍛えた体はがっしりとしてて、信頼感のある体つきをしている。
「うん、早速で悪いけど、畑に案内してくれるかな」
「畑を……ですか?」
「実際どう不作なのか見てみたいんだ」
「わかりました、こちらでございます」
ファーマーはそう言って、私たちを案内しようと先導しだした。
「あれ? そっちじゃないの?」
私は反対側にある畑を指した。
「あちらはミラー伯爵の領地です」
「そうなの? あっ、ここってカーライル領のはじっこだったね」
「はい、公爵様と伯爵様の領地の境目にあるんです」
「そうなんだ……こんなにくっついてるんだ」
納得した私は、ファーマーについていった。
彼の案内で畑にやってくると、作物がしなしなで、ほとんど枯れかかってるのが見えた。
「ひどいね……。土地はちゃんとしてる?」
「はい。アレクサンダー様のおかげで、肥料は不足なく与えられてます」
魔法の道具袋を逆に使ったテクニック。
魔力の強い人がもてば収納してるものは時間がたっても腐らないが、魔力が低い人が持てば逆にすぐに腐ることを利用して、その袋を農村ごとに配った。
そのおかげで、カーライル領では肥料の安定生産――収穫も安定する出来るようになった。
この村にも一度来たことがあって、その時に袋を与えている。
それが機能している証拠に、しゃがんだ私は土がちゃんとしてるのを確認できた。
「だったら、なんで作物がこうなってるの?」
「天気です」
ファーマーは苦虫をかみつぶした表情をした。
「今年は天気がころころ変わりすぎて、気温が全然安定しなかったのです」
「それでこうなったんだ」
「村のジジババ――古い人間が言うには来年の天気も……」
「だめなの?」
「コッカー鳥がもどってこないからだとか」
「ふむ」
頷きつつ、肌身離さず持ってる賢者の石に聞いた。
コッカー鳥、そこそこのサイズの普通の鳥だが、体が弱いため、古くから「気候が安定している土地」に住む事で知られ、農民達の間ではその年の天気を占う貴重な益鳥らしい。
なるほどね。
「それは厳しいね」
「なので……アレクサンダー様!」
「わわ」
ファーマーがいきなり私に土下座して、隣で静かにしていたアンジェが慌てた。
「どうか、どうか今年の税を――」
「土下座はいいから」
「何卒!」
よほど切羽詰まってるのか、ファーマーは頭を地面にこすりつけたまま、上げようとしない。
「それよりも状況をなんとかしよう」
「え?」
「天気がよくなかったというのは、具体的に何がよくなかったの?」
「なにが、とは?」
膝をついたまま、私を見あげながらきょとんとする。
「気温? それとも雨?」
「気温……ですが」
「なるほど」
気温がころころ変化したからこうなったのか。
私は少し考えて、いつもの様に賢者の石に知識を求めた。
ありとあらゆる知識を持っている賢者の石、すぐに私が求めた知識を答えてくれた。
「……うん、ちょっと離れてて。アンジェも」
「ど、どういう事ですか?」
「アレク様に任せておけば大丈夫ですよ」
アンジェは愛らしい表情で、ファーマーを促して、一緒に私から離れた。
周りを見回す、畑を確認。
範囲をちゃんと確認してから、魔法を使う。
魔法陣が足元から広がって、その後薄い膜の様なものがドーム状になって、畑を覆った。
ひとかたまりの土を拾って、頭上に張った膜にむかって投げた。
物理的な膜は土の塊を弾いた。
「うん、これで良し」
「こ、これは?」
「これは――アンジェは知ってるかもね。ほら、屋敷の薔薇の庭」
「お母様が大好きな、薔薇を育ててるガラスの部屋ですか?」
「そうそれ。あそこ、一年中温かかったよね」
「はい。あっ、それと一緒なんですね」
「そういうこと」
「……そ、それって」
ファーマーは驚愕した。
「聞いたことがあります、貴族様の屋敷にしかないガラスの部屋……確か温室という……」
「うん」
ガラスは貴重品だ。
平民だとそもそもガラスを使わない家があるくらい高価なものだ。
それを丸ごと建物につかった温室は、貴族にしか許されない贅沢なもの。
しかしそこは農業に携わるもの。
さっき見た村にガラスはほとんど使われてなかったが、植物が安定して育つ温室の存在は知ってるみたいだ。
「こ、これが……」
「これなら気温は安定する、作物は安定して育つね」
「は、はい!」
ファーマーは嬉しそうな、救世主を見るような目をした。
すくなくとも彼が思ってる問題は気温だけだと分かる反応。
「よし、村の畑全部に張ってしまおう。案内して」
「……ッありがとうございます! ありがとうございます!!」
ファーマーは膝をついたまま、何度も何度も私に頭を下げた。
そのファーマーの案内で、村の畑全部に魔法をかけて、露天に見えるが実際は魔法の温室にした。
一通りやって、最初の畑に戻ってくると。
「あぁ……本当に温かくなってる」
感嘆するファーマー。
最初に温室にした畑の気温が早速上がりだしたのだ。
「やっぱりすごいですアレクサンダー様」
「うん。畑はこれで全部?」
「はい! 本当にありがとうございます!」
「どういたしまして」
これで一件落着、と、私はアンジェの方を向いて。
「かえろっか、アンジェ」
「はい!」
約束してた空のデートの続きをするために、アンジェの手を取って、一緒に村のほうに戻った。
村にカラミティを待たせているのだ。
そうして村に戻ってくると、カラミティのそばに村民の一団が待ち構えていた。
村民達は私を見ると、いきなり全員で土下座した。
「ど、どうしたの?」
「お前ら……」
「ファーマー、どういう事なの? 彼らをやめさせて。これ以上のお礼はいいから」
「それが……」
「村長なんでしょ?」
「そうなんですけど……あいつら、隣の村の奴らなんです」
「隣の……あっ、ミラー伯爵の」
「はい……だからうちの村の連中じゃなくて」
村長の命令は聞かない、と難しい顔をするファーマー。
村長だから命令してやめさせろ、って思ったが、そもそも別の村ならそれも無理か。
いや、そんなことよりも。
「本当にどうしたの? なんでいきなり」
「アレクサンダー様!」
土下座している男達のうち、まん中の一人が顔を上げて、私を見つめた。
「そっちの事をみてました」
「こっちの……温室の事?」
「袋の時からずっと思ってました。俺たち――」
男がそこでいったん言葉を切ると、ほかの村民たちは一斉に顔を上げて、声を揃えて。
「「「ずっと、アレクサンダー様の民になりたかったです!!」」」
「……僕の?」
「どうか! 俺たちをカーライル領にいれてください!」
隣村の人達は、ものすごく強い眼差しで私を見つめた。
つまり……ミラー伯爵領をぬけて、カーライル公爵領に入りたいって事か。
「わわ、領地替えを村の人から切り出すの初めて見ました。すごいです」
アンジェがちょっとアワアワする。
私も初めてそんなのを聞いて、だいぶ驚いてしまった。




