01.善人、貴族の美味しい所にワクワクする
カーライルの屋敷。
久しぶりに帰宅してきて、屋敷の庭で治癒魔法の勉強を頑張るアンジェとのんびり過ごそう――としていたんだけど。
「おう、魔法学校に行ってきたぜ。この目でしっかり見て、ついでに殺りあってきたさ。義弟が従えたヤツ、ありゃ間違いなく天使だったぜ」
「おおう、さすがはアレク。いずれやると思っていたが、こうも早く天使すら従えてしまうとはな」
静かに過ごせない理由、それは父上とホーセンの二人の存在だ。
私が屋敷に戻ってきたのを追いかけてきたかのように、ホーセンもカーライル領までやってきて、父上と私の話で盛り上がった。
「それだけじゃねえ、魔法学校のガキどもも強くなってたぜ」
「ほう? どれくらいなのだ?」
「最上級生の300人、前は模擬戦で蹴散らすのに3分もあれば十分だったが、この前行ったときは5分もかかるようになってたぜ」
「なんと! 帝国最強の武人であるホーセンを相手に二分も伸ばすとは」
「それもこれも義弟の教えが良いからだ。自分が強いだけじゃただの一流、周りも強くしてこそ超一流ってもんだ」
「ははは、ホーセンはただの一流だな」
「おうよ、ただの一流だ。義弟にゃおよばねえ」
父上とホーセン、二人はものすごく楽しそうだった。
いつの間にか二人は飲み始めていて、この先更に盛り上がる事が簡単に予想出来てしまう。
「僕の話でよくそこまで盛り上がれるね」
私が苦笑いしつつ言うと、アンジェがニコニコとほほえみながら。
「お二人とも、アレク様が大好きなんですよ。それに」
「それに?」
「ずっと聞いてますけど、本当の事しかおっしゃってませんし」
「おう! よくわかってんじゃねえかお嬢ちゃん!」
離れた所で酒盛りをしてるはずのホーセンがこっちの会話に割り込んできた。
二人と違ってアンジェの声は年相応――よりもちょっと控えめなのによく聞こえたな。地獄耳かな。
「その通り、俺たちは当たり前の事しか言っちゃいねえ。義弟は天才、100年――いや1000年に一人の天才だ。なあ兄弟」
「うむ、まったくもって同感であるな兄弟」
酒が入ってるからか、ホーセンと父上はノリで「兄弟」と呼び合った。
それはいいけど、二人の年齢や立場などを考えたら何もおかしくないけど。
「俺たちの義弟に乾杯!」
「我らの息子に乾杯!」
兄弟と呼び合いながら私は義弟と息子呼ばわり。
なんかもう人間関係がメチャクチャだよ。
「おう、そういえばそろそろアレだな」
「あれ?」
「兄弟が前に言ってたあれだよ。四年に一度開くあれ」
「ああ、アレク杯か」
父上とホーセンの会話で、私はその事を思い出した。
私を溺愛して、私――アレクサンダーの名前をもっと世間に広めるために、父上は私が生まれた年から、4年に一度「アレク杯」なるものを開いてきた。
何故四年なのかというのは、短すぎず長すぎず、下準備も含めて本番が一番盛り上がるのが四年という期間だからだ。
アレク杯だけじゃなくて、他の重大な行事、特に帝国公式の行事は、毎年やるものをのぞけば、定期的なものは四年間隔が多い。
そしてそれは私が生まれた年――一歳の時にやって、五歳の時にもやって、そして九歳の今年また回ってきたのだ。
「うむ、そろそろだ。すまないなアレク、四年前よりもアレクは断然忙しくなったが、期間中は――」
「分かってるよ、ちゃんと出席するし、授賞式とかもちゃんとやるから」
「おおお! さすがアレクだ」
今のでなにが「さすが」なのかは分からないけど、父上はだいぶ酔っ払ってるので突っ込まないことにした。
「でよ、兄弟。そのアレク杯の優勝者の賞品はなんだ? 前にも聞いたっぽいけど、その時まだ義弟の事しらねえから聞き流してたんだわ」
「土地と金だ。四人家族の農民なら一生暮らせる程度の額だ」
「なんでえ、くっそしょぼいな」
「いえしょぼくはないよ?」
四人家族が一生暮らせる程の額だよ?
前世の私、平民だった私の生涯年収よりも高かったよ?
ホーセンの戯れ言みたいなそれに私は突っ込んだが、意外にも父上が。
「そうなのだ。前回それで茶を濁したが、ちゃんとした物にせねばとずっと思っているのだよ」
ホーセンの言葉に同調した。
いや父上、全然濁してません、むしろ全力で普通に価値のある賞品だ。
「こういうのはどうでえ? 優勝者に義弟が一つだけ願いを叶えてやるってのはどうだ?」
「ふむ、悪くない考えかも知れない。どう思うアレク」
「僕は構わないけど……そんなのでいいの?」
「『そんな』じゃねえ!!!」
「『そんな』ではない!!!」
父上とホーセンが思いっきり、声を揃えて私の言葉を否定してきた。
酒が入ってるせいで、二人はいつもよりもテンションと主張が激しい
…………いつも通りって気もちょっとだけする。
「あの……お義父様」
「うん? どうしたアンジェ」
二人と違って、ものすごく控えめに、アンジェが手を上げて発言した。
「私、すごく幸せです。アレク様の許嫁にしてもらえたから、すごく、幸せな毎日です」
「うむ、当然だな」
「そこは威張らないで下さい父上、微妙に恥ずかしいです」
私が突っ込むも、アンジェは構わず、話を続けた。
「もしも、ですけど。アレク様杯の優勝者が女の人なら……賞品はアレク様のお嫁さん権利……なのはどうでしょう」
アンジェから出たびっくりな提案。
だけど、全くの前代未聞というわけではない。
ミスコンテストをやって、領地内で一番いい女性を結婚相手にする、なんてのはよく聞く話。
むしろ貴族に嫁ぐ、玉の輿に乗るために死ぬ気でアピールする。
それをもっと開け、なんて声もちょこちょこ聞こえるくらい。
さらに、私の前世が元平民の男視点からすれば、それは貴族にしか許されない贅沢な所業だと思う。
「どうですか、アレク様」
「僕は構わないけど……」
アンジェを見る。
アンジェは私の許嫁、いずれ結婚して正室になる事が決まってる女の子だ。
貴族の正室は、側室をどれだけ上手く管理出来るかで評価される。
アンジェのためにも、いずれはいい子達を側室にする事も考えていた。
だから、アンジェが望むならその事にまったく異論はないし……実の所。
転生してから珍しく直面した「貴族の美味しい所」が目の前に並べられて、ちょっとドキドキわくわくしているくらいだ。
「……うん、そうしよう」
「はい! ありがとうございます! アレク様!」
自分の提案を受け入れてもらえたアンジェは無邪気に喜んだ。
こうして、四年に一度のアレク杯の賞品が決まり。
それが告知された結果。
女性の参加者は、四年前の百倍を超えてしまった。




