08.善人、悪魔を天使に変える
エリザはため息をついたが、すぐにいつもの表情に戻った。
割り切り・立ち直りの速さが彼女のすごさで、魅力だと思ってる。
「ベテラン兵の教育は他の人に任せるわ」
「いいの?」
「あんなの誰でも出来る事だし。それよりも……あなたはこういう子、こういう替えがきかないような子を育てて」
「うん、エリザがそう言うのなら」
「で、あなた……シャオメイだっけ」
「は、はひ!」
シャオメイは軽くかみながら、びしっ、と直立不動のポーズで皇帝・エリザに敬礼した。
「しゃ、シャオメイ・メイと申しますです!」
「あなたが欲しいわ、すぐにでも王宮に来て」
「それって卒業、就職させるってこと?」
緊張してるシャオメイの代わりに聞いた。
「ええそうよ。これほどの事ができるのなら、もう魔法学校で勉強することもないじゃない。飛び級で卒業させるわ」
「なるほど」
私はシャオメイの方を見た。
こういうことは本人の意志が重要だ。
普段内気で自己主張が得意そうではないシャオメイ、ちゃんと本心を聞こうと思った――が。
「す、すみません」
予想に反して、シャオメイはおずおずと、しかし迷いのない目でエリザに主張した。
「私、陛下のところに行けません」
「なんですって?」
「も、もう少し、アレクサンダー様のおそばで勉強がしたいです」
眉をひそめる皇帝エリザ、それにひるむことなく見つめ返す小動物なシャオメイ。
食われる前のリスがドラゴンを威嚇しているような構図に見える。
二人はしばしにらみあって……エリザの方が折れた。
「はあ、そういうこと?」
口調は疑問形ながらも、何かを確信しているっぽい口調で、エリザはため息をつきつつ言った。
「まったくもう……」
そして、今度は呆れた目で私を見る。
「え? なに?」
「なんでもないわよ。シャオメイ、だっけ?」
「は、はひ!」
「そんなに緊張しなくていいよ、怒ってないから」
「は、はい……」
「話は分かった。今のことは忘れて」
「ごめんなさい、陛下……」
「いいのよ。元凶が彼なら納得せざるを得ないし。それよりも、そういうことならちゃんと勉強しなさい。彼の元で学べるなんて、前世よっぽどいい事をしたからなのよ?」
エリザは私を指さしながら言った。
たしかにシャオメイは私の元で勉強したいというのを断る理由にしたが、だからといってそれの元凶が私に繋がるのがよく分からない。
分からないが、話はまとまったので、とりあえずよしと――。
「――っ!」
「どうしたのアレク、急に血相変えたりして」
「これは……この魔力の異変――」
それに気づいた私がパッと振り向くと、視線の先、その遠くから爆発が起きた。
空まで煙が立ち上るほどの巨大な爆発、少し遅れて地面が揺れた。
「いけない!」
「ちょっとアレク!?」
エリザ達をおいて、私は飛行魔法で飛び出した。
全速力で爆心地に向かうと、そこは魔法学校の敷地内にあるダンジョンだった。
ダンジョンの中から煙がもうもうと出て、そして、生徒の一団が命からがらって感じで逃げ出してきた。
「どうしたの!?」
「あっ、副帝先生……」
生徒の一人が私を見て、気まずそうに目をそらした。
見覚えのある生徒だ。
ついさっきまで授業をしていた、魔法学校最上級生たちだ。
全員が最上級生で、よく見れば――。
「怪我をしてるじゃないか、しかもこんなに大けがを」
仲間に肩を貸してもらって這々の体で逃げてきた生徒の中には、素人目でも分かる全治数ヶ月レベルの重傷者がいた。
「一体何があったの? 普通はあり得ないよ、キミたちはこのダンジョンの事をよく知ってる、何年間も通っているんだ。なのにこんな大けがをするなんて」
「うっ……」
怪我のない生徒達は気まずくて、顔を背けてしまった。
「答えて!」
強く迫ると、一人の生徒がおずおずと答えた。
「ち、力試しをしようって」
「力試し?」
「副帝先生から教えてもらった魔法で、普段は潜らない深い階層にチャレンジしてみようって」
「最初はすいすい行ってたんです。でもそれが逆に油断に繋がっちゃって」
「気がついたら目の前にものすごいモンスターがいて……全員の直列で力を合わせて倒そうとしたんだけど……」
一人が懺悔をはじめたのをきっかけに、生徒達は次々と状況を説明してくれた。
その時、ダンジョンがまた爆発した。
地中から火柱が立ち上って、ダンジョンの入り口をぶち破って天まで届く勢いで吹きだしてきた。
「ひ、ひぃ!」
生徒達はすっかり怯えた。
腰が引けたり、地面にへたり込んだりしている。
「これはまずいわね」
「エリザ!」
さっきの場所に置いてきたエリザが追いついてきた。
一目で分かるまずい状況に、彼女は深刻そうな顔をした。
「エリザは離れてて」
「ええ。学校のすぐ外に待機させてる親衛軍を呼んでくるわ」
エリザはそう言って、早足でこの場から離れた。
判断が素早い。
もはや生徒や教員レベルで対処出来そうにないと判断したエリザは、即座に皇帝親衛軍の召集を決意した。
それは間違ってない、エリザの出来る判断で最善のもの。
ドゴーン!!!
だが、状況は加速度的に悪化している。
三回目の爆発、ダンジョンの入り口は更にぐちゃぐちゃになった。
強大な魔力が近づくのを感じる、出てくる!! ――そんな勢いだ。
「副帝先生!?」
驚く生徒達を尻目に、私はダンジョンの中に飛び込んだ。
ダンジョンに入った瞬間、濃厚な魔力に息が詰まりそうになる。
が、同時にそれは相手の居場所を教えてくれた。
私は魔力の発生源に向かって行った。
すぐに相手と出くわした。
六枚の漆黒の羽を背中に羽ばたかせる男。
互いに遭遇して、止まってにらみあった。
「悪魔……か」
「ああん? なんだてめえ、ガキは引っ込んでろ」
悪魔は手を真横に振り抜いた。
まるで目の前に羽虫が飛んで来たから払った様な仕草。
。
瞬間、純粋で真っ黒な魔力の塊が私めがけて飛んで来た。
とっさに魔法障壁を張って、それを防ぐ。
手が、じんじんとしびれた。
「……今ので無傷だと。ガキ、てめえ何もんだ」
「アレクサンダー・カーライル。それよりもあなたは何者? なんでこんなことをするの?」
「俺様はアザゼル。知れたこと、ありとあらゆるものを全て破壊し尽くすのよ」
「破壊し尽くす?」
「生まれ変わったばっかりだから力がなかったが、ガキどものおかげで封印は解けた。この力で全部壊し尽くしてやるのよ」
そう話すアザゼルの目には狂気があった。
そうか、生徒達が直列で増大した魔法で攻撃したが、それがダメージじゃなくて、何かの間違いで彼の封印を解いたって事か。
そういうことはよくある、攻撃とは突き詰めれば強大な力の奔流だ。
それはダメージとして体の組織を吹き飛ばす事もあれば、その者にかかっている封印を吹き飛ばすこともある。
今回は後者だったって事だ。
いや、それよりも。
「やめた方がいい、そんな事をしたら死んだ後――」
「知ってるよバーカ」
「――え?」
「悪行を重ねてしまうと次の人生がやべえ事になるって言いたいんだろ? 知ってるよんなこと。なぜなら、俺様は連続で悪魔人生を強いられてるからな」
「それって……」
「悪魔ってのはな、生きてるだけで全身に信じられねえくらいの苦痛が走るんだ。苦しくて、つらくて、でも多少のことじゃ死ねねえ」
「……」
「はっ、俺様は大昔によっぽどの悪事を働いたから、もう九回連続で悪魔に生まれるようにされたんだ。何をしたのかも覚えてねえのに、『その事』だけを覚えてるようにされたんだ。上の連中に」
「……そうだったんだ」
「どうせこの先も悪魔に生まれ変わる事を強いられるくれえなら、力を手に入れたこの瞬間好き放題にやらせてもらうぜ!」
アザゼルのそれはとても悲しいものだった。
やけっぱちだった、もうどうにでもなれ、っていうヤケクソだった。
多分記憶が残ったままなのも、罰なんだろう。
何度やっても悪魔として生まれ変わる、終わりのない苦痛。
いくら生まれ変わっても魂の牢獄からは逃れられない。
そんな、悲しい運命。
「――っ!」
でも、だからといって。
それで今目についた物を無差別に壊して回ったんじゃ悪夢は続くだけ。
説得はきっと無理、というよりそれは彼に失礼だ。
黙って苦しみを受け入れろ、なんて説得はダメだ。
私は賢者の石に聞いた。
肌身離さず持っている、全ての知識を持っている賢者の石に聞いた。
苦しみから解放する方法を。
賢者の石は一つの方法を教えてくれた。
とても難しい方法、だけど。
「やるしかない」
「なあにさっきからぶつぶつ言ってんだ!!」
アザゼルは飛んで来た。
凶暴な顔と肌にピリピリ突き刺すほどの殺意で、私に向かってきた。
手を突き出す、魔力を手の先端に集中させる。
SSSランクの人生、選択次第で神にもなれたほどの魔力。
それを、持続して出し続ける。
人差し指と中指を揃えて、その先に魔力を集中。
魔力が凝縮して、まばゆい、小さな太陽の様な玉になった。
「――なっ」
驚愕しつつも、突進してくる勢いが止まらないアザゼル。
クロスカウンター、攻撃をよけつつ小さな太陽を彼の体の中に突き入れた。
「う、うおおお、うおおおおお!?」
アザゼルは胸を押さえてもんどり打った。
「あつい、あつい、あついあついあついあついあつい――」
苦しんで、のたうち回るアザゼル。
次第に体の中から光が漏れ出して、彼の体を包み込んだ。
ふらっとした。
魔力を全て使い切って、立っていられなくなった。
「アレク!」
「……エリ、ザ」
私を後ろから支えてくれたのは、親衛軍を率いてダンジョンに入って来たエリザだった。
「あなたがここまで消耗するなんて……あの悪魔、それほどの強敵なのね」
エリザは手を振り上げた、それに呼応して親衛軍が動く気配を見えた。
軍気、一糸乱れぬ戦う意思はさすが皇帝親衛軍だと思った。
「もう大丈夫、終わったから」
「そう、あれでもう倒したのね、さすがアレク」
「ううん」
私は深呼吸して、力を入れて自分の足で立った。
「倒してはないよ」
「え?」
驚くエリザといっしょに、アザゼルを見る。
光が彼を包む、その光は徐々に薄くなって、彼の体の中に溶けていく。
やがて、光が完全におさまった後。
「……えっ? て、天使?」
驚くエリザ。
そう、そこにいたのはさっきと同じ六枚の羽だけど、悪魔ではなく、天使の姿だった。
「な、なんだこりゃ……」
エリザだけじゃなく、アザゼルも驚いていた。
「まだ体が痛い?」
「え? あっ、どこも痛くねえ」
「そう、良かった」
「てめえがーーいや、お前がやったのか」
「うん。これでもう破壊する理由はないよね」
「……あ、ああ」
絶句するアザゼル、そしてエリザ。
「信じられない……悪魔を天使にした? 一体どういう事?」
とりあえず、悪魔の危機は去った。




