07.善人、更に株を上げてしまう
エリザと二人っきりになって、魔法学校の敷地内を歩く。
彼女は帝服のままだが、周りに第三者がいないので、僕にだけするフランクな口調になった。
「ありがとう、アレク」
「え?」
「生徒達のことよ、よく育ててくれたわね」
「気に入った?」
「ええ、もちろんよ」
エリザは満足げに微笑んだ。
「このまま卒業したとして、学校を出たばかりの新人だけど、それでも能力的にはベテラン兵並はあると思うわ。全員が間違いなく即戦力よ」
「うん、それくらいはある思う」
「だから、ありがとう」
「どういたしまして。これからももっと育てるよ、エリザのために」
「――っ!」
エリザは一瞬目を見開き、息を呑んで、微かに頬を染めた。
「そ、そうして頂戴」
「うん」
「……そういうことなら」
何故か顔を赤くしたエリザだが、次の瞬間いつもの彼女に戻っていた。
口調は普通の女の子、しかし表情と見えているものは紛れも無く帝国皇帝。
「今の親衛軍も再教育して欲しいわね」
「親衛軍も?」
「ええ、親衛軍に籍を置いたまま、魔法学校に再入学させるわ」
「どうしてそんな事を?」
「そうしないと最先端の技術を学べないでしょ。一度就職したからって定年までぬくぬくすごさせるつもりはないから」
「……うん、それだね。それくらい緊張感持たせとかないとね。親衛軍って、いざって時のエリザの安全がかかってる人達だから」
「といってもこの魔法学校にこのまま入れるのも色々不都合はあるわね。基本は出来てるし、最新技術をさくっと上書きするように学べればいい訳だから……新設ね」
少し考えて、エリザがぶち上げるように言った。
「新設?」
「うん、魔法学校上学院ってところかしら、それを新設するの。場所は……アレクの領地でいい?」
「え? ぼくの?」
いきなりこっちに振られてびっくりした。
「あたしのために育ててくれるんでしょ?」
「……うん、わかった。任せて」
「任せるわ」
エリザは満足した顔で頷いた。
新しい魔法学校も任せられて、仕事が増える事になったけど、彼女を守るためには必要な事だししょうがない。
「じゃああたしはもう王宮にもどるわ。善は急げってね、すぐに動かしてくるわ」
「うん、またね」
話がまとまったところで、エリザと別れて、彼女を見送った。
☆
「ちょっとこれどういうこと!?」
魔法学校でしばらくぶらついてたら、帰ったはずのエリザがものすごい剣幕で戻ってきた。
「どういう事って何が――って、シャオメイじゃないか」
よく見ると、エリザはシャオメイの腕を掴んで、引っ張るようにして私の所にやってきた。
無理矢理引っ張られてきたせいか、彼女は息が上がっている。
「はあ、はあ……アレクサンダー様……」
「どうしたのシャオメイ?」
「よ、よく分かりません。魔法の練習をしていたら、陛下が急に」
「ふむ……どうしたのエリザ」
聞くと、エリザは唇を尖らせた。
ほとんど見ない、彼女のすねた顔だ。
「どうしたもこうしたもない、こんな子がいるのならちゃんと教えてよ」
「こんな子って?」
「あなた、さっきやってた事をもう一度やってみなさい」
「は、はい」
相手が皇帝だからか、それとも純粋にその剣幕に気圧されたからか。
上がった息が落ち着いてきたシャオメイは、若干おどおどした様子で、地面から生えている一輪の花を摘んだ。
それを両手で抱えるようにして、胸もとで祈るようなポーズで持った。
そのまま目を閉じて、魔力を高めた。
魔法が起動する、シャオメイが持っていた花がみるみるうちに凍りついた。
花はまるでオブジェクトのように、氷のブロックの中に閉じ込められた。
ある意味、琥珀。
あっちは虫を閉じ込めた宝石だけど、こっちは花を閉じ込めた宝石のようだ。
「お見事、よくやったねシャオメイ。完全に使いこなしてるじゃないか」
「ありがとうございます、アレクサンダー様のおかげです」
シャオメイは楚々とした様子で微笑んだ。
永久凍結の魔法。シャオメイに教えたそれは完全にマスターされていた。
「なんで言わなかったのよ!」
私がシャオメイの成長を喜び、ほめていると、横からエリザが不満そうな声で割り込んできた。
「言わなかった?」
「ううんそれ以前よ。こんなにすごい子をどうやって育てたのよ」
「どうやってって言われても」
「さっきの生徒達もすごかったけど、あくまで即戦力クラス」
エリザはシャオメイをビシッと指さした。
「この子はそんなレベルじゃない! この永久凍結の魔法、帝国が雇ってる魔術師の誰よりもすごいじゃないの」
「……あぁ」
そういえばそうかもしれない。
イーサンも似たような事をいってた気がする、永久凍結はやれる人間がいないとかなんとか。
なるほど、シャオメイはもうそういうレベルか。
「どうやって育てたのよ」
「どうやってって……普通に?」
そう答えると、エリザはあっけにとられて、絶句してしまった。
ややあって、ため息をついた。
「つまり……あたしはまだまだあなたを甘く見てたってことね」
「そうかな」
「ふう、反省だわ」
別に反省するような事じゃ無いと思うけど。
どうやら、エリザの中での私の株が更に一段階上がったみたいだった。




