06.善人、就職率を上げる
この日も朝から魔法学校に来て、最上級生達の訓練を見守っていた。
直列の攻撃魔法と、並列の魔法障壁。
生徒達はまだ完全にそれを使いこなしているとは言えないが、それでも以前よりはだいぶ強くなっている。
この調子で上達していけば、卒業までには全員がマスター出来ているだろう。いい事だ。
生徒達の上達次第だけど、直列の障壁に並列の魔法攻撃。
なんでも防ぐ盾にチクチクと長時間攻撃し続ける魔法。
これらも教えようかなと思っている。
「まったく……信じられぬ事だ」
「エリザ――陛下!?」
いきなり横に人がやってきて、話しかけられた。
やってきたのは帝服を着た、皇帝モードのエリザだ。
名前の方を口にしかけたけど、人前――生徒の前だって事をおもいだして、とっさに呼び直した。
「へ、陛下?」
「本当だ、皇帝陛下だ」
「どうしてこんな所に……」
それでも私の声が届いてしまったのか、訓練していた300人の生徒達がエリザに気づいて、一斉にざわめきだした。
「報告にあったから来てみたのだ。まさかとは思ったが、目の当たりにしてなお信じられぬ所業よ」
皇帝モードの時のエリザは口調が堅くてとっつきにくい感じがちょっとするけど、その分威厳があって、見てて惚れ惚れとする。私は好きだ。
そんな彼女に、私は聞き返した。
「信じられないって、なんの事?」
「報告があってな。アレクサンダー卿が一晩で生徒を十倍以上に強く育てた、と」
「報告?」
小首を傾げてから、ハッとしてイーサンの方を見た。
初老の魔法学校校長は微妙にドヤ顔をした。
そうか、イーサンが報告したのか……まあそれが彼の職分だし当然か。
「一晩で十倍などなんの戯れ言かと思ったが、実際目の当たりにすると……十倍どころの騒ぎじゃないか」
「うん、運用次第では十倍以上かもね。こらみんな、何をボサッとしてるの? 陛下が来ているんだよ。だったらこれは天覧授業。ちゃんと練習を再開して」
私が言うと、生徒達はハッとして、慌てて訓練を再開した。
直列でファイヤボールを放つ生徒達はますますデコイを木っ端微塵にした。
並列で障壁を張っている生徒達は地味だが、魔法障壁をいつまでも維持できるであろう余裕を見せながら雨あられのように降り注ぐ矢を防いだ。
「よく育て上げてくれた。アレクサンダー卿、そなたに感謝しよう」
「ありがとう、陛下」
「褒美を取らせねばな、なにか望む物は」
「ないよ。陛下が喜んでくれたらそれで十分だから」
一瞬、エリザの顔に朱がさした。
何故か動揺したように見えたが、皇帝モードの彼女は一瞬で立て直した。
「そうか、いらぬと申すか」
「うん。僕は仕事をしただけだからね」
「時に、そなたには婚約者がいたな」
うん? いきなりなんの話だ?
アンジェのことならエリザも知ってるはずだけど……。
よく分からないけど、とりあえず答えた。
「はい。シルヴァ準男爵の長女、アンジェリカ・シルヴァです」
「副帝たるそなたの正室に準男爵の娘では少々釣り合いがとれぬだろう。良い機会だ、余の義理の妹にしてやろう」
「陛下の?」
「うむ、それで彼女は皇女……皇族の一員だ。それならそなたの身分にも釣り合おう」
「「「おおおおお!!」」」
生徒達がまた手を止めてしまって、一斉に歓声を上げた。
アンジェを義理の妹にする、それがエリザの「褒美」だと言うことを、生徒達は全員がすぐに理解した。
男であれば功績に対して、役職を与えたり出世させたりすればいいのだが、女相手ではそれも難しい。
そこでよくある手段として、皇帝が義理の娘にする……あるいは皇帝がエリザみたいに若かったり年齢が近かったりすると義理の妹にする事がある。
義理の娘か妹にすれば、その子は一躍姫に――皇女殿下になる。
ある意味玉の輿の様なものだ。
「すげえな」
「今の皇帝陛下が皇室に新しく加えたのって今回が最初か?」
「ああ、名誉ある第一号だ」
ざわざわする生徒達。
アンジェを皇女にか……断る理由もないし、素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます、陛下」
「うむ。それにしても、そなたはやはり凄まじいな。魔法学校に送り込んで良かった」
「そうですか」
「そなたなら次々とやってくれるだろうが……これほど育った生徒達、民間に取られるのはもったいないな」
エリザは少し考えてから、宣言するように言い放った。
「校長よ」
「はい、なんでしょうか」
「今年の親衛軍の採用枠、例年の二倍……いや三倍に増やそう」
「「「おおおおお!!」」」
さっきよりも大きい、いや本日一番の歓声が上がった。
皇帝親衛軍、この魔法学校の進路としてはあえて述べるまでもないほどの超人気就職先だ。
何しろ皇帝直属の親衛軍、給料もよければ安定もする。
数多くの進路の中で、功績を立てたときに一番皇帝の目に触れやすい=出世しやすい事でも知られている。
同じことをやっても他に比べて出世が、貴族に成り上がる確率が倍近く上がる。
だから、毎年かなりの倍率で競争の激しい就職先だ。
それをエリザは三倍に採用枠を広げると宣言したのだから、生徒達が嬉しい歓声をあげるのも無理はない。
「御心、感謝いたします、陛下」
「よい、余は当たり前の事を言っている。これほど育った生徒を持って行かれるのはもったいない、とな」
「まさにその通り……ではありますが」
「うむ? なにか反論が?」
エリザは目をすがめて、イーサンをみた。
イーサンは平然と、微笑んだまま答えた。
「副帝殿下であれば次々と育てあげてくださるので、なんら問題はないかと」
「ふむ、それもそうだな」
エリザはイーサンの言葉に納得した。
「改めて――生徒達に代わり、陛下に感謝の意を申し上げます」
「感謝するのならアレクサンダー卿にするがいい。彼の教えがこの結果に導いたのだからな」
「確かにそうでございますな。さすがは副帝殿下、感謝いたしますぞ」
イーサンがそう言うと、エリザの宣言に大喜びしていた生徒達が一斉に私の方を見た。
喜びを丸ごと尊敬と感謝に変えて、私を見つめたのだった。




