05.善人、訓練道具を改造する
授業が終わって、解散していく生徒達。
新しいテクニックを覚えて、次のステージに進んで。
全員が興奮、あるいは満足げな表情をしていた。
それを見送る私。ふと、横からガランって音が聞こえてきた。
振り向く私、そこにいたのは大人の女性だった。
髪が長くて長身で、冷静沈着な大人って感じの女性だ。
「申し訳ありません、殿下」
「あなたは……さっき弩を撃っていた……」
「カーラ・フェイスと申します、殿下」
魔法学校の女教師、カーラは恭しく私に頭を下げた。すると、
ガラガラガラン。
彼女が拾い上げて抱えていた、鏃をつぶした矢が腕の中からあぶれて、音を立てて地面に落ちた。
「すみません、すぐに拾います」
カーラはそう言って、しゃがみ込んで矢を再び拾い集めて腕に抱えた。
そして立ち上がり、再び、
「お騒がせしました、失礼します」
と、立ち去る為に私に頭を下げた。
ガラガラガラン。
矢が再び腕の中からこぼれて、地面におちた。
「……」
「……」
微妙な空気が流れた。
「す、すすすすみません。一度ならず二度までもお見苦しいところを見せてしまって!」
ミスの連発でカーラは慌てだした、目がぐるぐるしている。
さっきまでのキリッとした長身美女の空気は何処へやら、って感じで跡形もなくふっとんでいた。
「落ち着いて、ね」
慌ててまともに拾えてない彼女の代わりに、私は矢をまとめて魔法で持ち上げた。
9歳児の筋力には重すぎる量だが、魔法を使えばこの程度の事どうと言うことはない。
苦もなく持ち上げて、彼女に聞く。
「これを何処に運べばいいの?」
「そんな! 殿下にさせるわけには」
「とりあえずあそこでいいかな」
カーラが恐縮するのをスルーして、矢を持ったまま弩の所に向かって行った。
既にかなりの数の矢が回収されてて、弩の横で小山のように積み上げられている。
私は持ってきた矢を山の上に積んだ。
追いかけてきたカーラはぺこり、と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「先ほどの授業拝見させていただいておりました」
パニックから落ち着いたカーラは、再び冷静沈着な出来る大人の女の空気をまとっていた。
「同時に双方、いえ最上級生300名の相手をしてしまうとは。さすが殿下とお見それいたしました」
「ありがとう」
「それに比べてこっちは……」
カーラは苦虫をかみつぶした様な顔で弩の方を見た。
それにつられて私も見た、すると、弩の一部が壊れている事に気づいた。
「あ、壊れてる。弾切れじゃなかった」
「矢の数もつきておりました、それと同時に、訓練ではこんなに長く連射をした事がありませんでしたから、耐久度が追いつかなかったのです」
「なるほど」
「今日中に直さねば、生徒達の実習にも支障が出ます。下級生達も使いますから」
「なるほど。なら、僕が直すよ」
「え? いえいくら何でも、それでは殿下のお手を煩わせすぎです」
「僕は名誉校長で教師だからね、生徒達の事を優先に考えなきゃなんだ」
「殿下……」
カーラは驚きと感動が半々に混ざった目で私を見る。
「あっ、でも……」
「どうしたの」
一度は私がやる事に納得しかけたカーラだが、再び難色を示した。
「殿下の事を色々存じ上げております。魔法学校外での噂も聞き及んでおります」
「はあ……」
「今回の授業もそうですが、殿下が関わると何もかもがパワーアップすると、もっぱらの噂です」
「そんな風に思われてたんだ」
「この弩、生徒達の訓練用なので威力が上がってしまうと……」
「それが心配だったんだね。大丈夫、分かってるよ。威力を上げるような事はしないから」
「は、はい。それなら……」
カーラが納得した所で、私は壊れた弩と向き合った。
まずは壊れた箇所を確認していく。この程度の破損ならすぐに直せそうだ。
ふと、積み上げられた訓練用の矢が目に入った。
パッと見かなりの数はあるが、この程度の数では訓練には全然足りないって事はさっき証明されたばかりだ。
並列の魔法障壁の訓練の為には、もっと長く打ち続られるようにしなきゃダメだ。
長く打ち続ける、威力はそこそこで弱め。
この二つの条件を満たす物を、肌身離さず持っている賢者の石に聞いた。
☆
「出来た」
日がくれようかという頃、弩の改造が終わった。
明日も生徒達が使う物だから、魔法を使って超特急で直した。
それを見ていたカーラが、
「すごい、一瞬で修理してしまわれた……」
「じゃあカーラ、ちゃんと直ってるかどうか、ちょっと試して見てくれるかな」
「わかりました」
カーラは矢を手にとって、弩につがえようとしたが。
「待って、矢はいらないよ」
「え?」
「弦をひいて、空っぽのままセットしてみて」
「こうでしょうか――えっ!」
驚くカーラ。
彼女が弩の弦をひいてセットすると、弩自身が地面から土を吸い上げた。
吸い上げた土がみるみると形を変えて、複数の矢になって、発射できるように弦にセットされた。
「こ、これは?」
「撃ってみて」
「は、はい」
カーラは戸惑いながらも、言われた通り弩を放った。
弦に弾かれ、土の矢がまとめて飛んでいく。
土の矢は木の矢と変わらない放物線を描いて遠くの地面に刺さった。
直後、刺さった矢が崩壊して、もともとの土になって、大地に還った。
「うん、上手くいったみたいだね」
「殿下、こ、これは?」
「見ての通り、セットすると自動で矢を土から生成する構造にしたよ。周りに土がある限り弾切れの心配もない。威力は見ての通り、当ったらすぐに土に戻る程度にはもろい。といっても形を維持して飛んでいくから、障壁無しで当ったら結構痛いと思うよ」
「……」
「これなら並列障壁の訓練もバッチリだね」
「……」
説明するが、気づけばさっきからカーラが絶句したままな事に気づく。
「どうしたの? これ、ダメだった?」
「そ、そんな事ない!」
カーラは慌てて手を交差させながらブンブンと振った――ゴッ!
勢い余って、手を山積みの木の矢にぶつけて、悶絶してしまう。
パニックになるとドジっ子が発動する体質……なのかな。
そんなカーラは涙目になるのを堪えながら、私に言った。
「そんな事ありません。すごいと思いました」
「そう?」
「……」
「またどうしたの? 今度は冴えない顔で弩を見つめたりして。ダメなところがあったら遠慮せずに言ってね、生徒達の勉強が最優先だから」
「いえ、そうじゃなくて……ただ」
「ただ?」
「噂通りで……こうしてなんでも出来てしまう副帝様がいると、私たちそのうち全員役立たず失業してしまう。と思っただけです」
「……それは困ったね」
それは私の本意じゃない。
なるべくそうならない様に気をつけなきゃ。




