02.善人、永久凍土を溶かす
カーライルの屋敷に帰る前に、魔法学校にやってきた。
今日は受け持ってる授業はないが、そのかわり個人的に教えてる子と会う約束をしている。
ホーセンの屋敷から魔法学校に飛んできて、着地した後は徒歩でその子が待つ場所に向かった。
小川が流れる、校舎から少し離れた所。
そこに、少し成長したシャオメイ・メイがいた。
「アレクサンダー様!」
シャオメイは顔を上げて、うれしそうに私の名前を呼んだ。
「ごめん、待ったかな」
「いいえ! 私も今来たところ――じゃなくて! アレクサンダー様の宿題をしてましたから、全然大丈夫です」
シャオメイは慌てて言い直した。
長くて艶やかな黒髪も、愛らしい容姿も、ちょっとだけ小動物チックな性格も。
出会ってから二年、12歳になった彼女はほとんど変わってなかった。
「それじゃあ、今日の授業をはじめよう」
「はい!」
彼女こそ、私が個人的に教えてるたった一人の生徒だ。
「宿題をやってきたと言ったね、じゃあやって見せて」
「はい!」
シャオメイは勢いよく答えた後、目をつむって深呼吸した。
次の瞬間、カッと目を見開いた時、シャオメイはもう小動物じゃなかった。
ものすごい集中力で、鬼気迫るほどの真剣な顔つきで、手をかざして魔力をゆっくり放出。
昨日私が300人の生徒の前でやった、魔力を煙のように放出するのと同じヤツだ。
シャオメイが放出する魔力ははっきりと濃淡がわかれていた。
「――すぅ」
シャオメイは更に深呼吸、すると、放出する魔力が途切れ途切れになった。
途切れているのは淡いとき、出してるのは濃いとき。
シャオメイは、一定以上濃くなった時だけ魔力を出した。
「――すぅ!」
そして、更に深呼吸。
途切れの間隔が更に大きくなった。
出してるのは、更に一定以上濃い時だけだ。
一通り終わった後、シャオメイは息を深く吸い込んで、魔力の放出をやめて、私をみた。
「どうですかアレクサンダー様」
「バッチリだよ。普通のムパパトだと95%以上のところをすくい上げて魔法を使うんだけど、シャオメイはもう、97%以上だけを選んで使えるようになってるね」
「本当ですか!」
「うん。僕がシャオメイに嘘をついたことはあった?」
「――っ!」
シャオメイは一瞬びっくりして、その後プルプルと首を振った。
「魔力の量と、ムパパト式での効率を考えたら……うん、シャオメイはもう、この魔法学校で一番の魔法使いだね」
「本当ですか!」
「うん。シャオメイの歳ならまだ先だけど、卒業する時にはもう何処でも引く手あまたになってるよ。僕が保証する」
「ありがとうございます……」
シャオメイは手を胸もとで合わせて、嬉しそうに微笑んだ。
花の様な微笑み。知らない人が見たら、とても魔法学校最高の魔法使いには見えないだろう。
シャオメイの成長を、私は自分の事のように嬉しく感じた。
そんな嬉しさを、しかし余韻に浸るまもなく。
「先生! 校長先生!」
「うん?」
「助けてください校長先生!」
突然、シャオメイよりも何歳か年上の男の子達が、血相を変えて、私の所にかけこんできた。
☆
「私の部屋が……」
氷漬けのドアの前で、シャオメイが絶句していた。
男の子達に連れてこられたのは魔法学校の寄宿舎。
戦時の砦になるこの魔法学校では、学生は全員寄宿舎――寮暮らしをさせられている。
当然だけど箱だけあって中身がないんじゃ意味がない。中身は常にあるようにするための全寮制だ。
シャオメイも例外ではなかった。
そのシャオメイの部屋が何故か氷漬けになっている。
「どういう事なの……えっと」
私をここに連れてきた、助けを求めて私の所に駆け込んできた男の子をみた。
16歳くらいで、やんちゃな感じのする男の子だ。
「パトリックって言います、校長先生」
「パトリック君だね。これはどういう事なの?」
「すみません、俺が悪いんです。実家から送られてきた勉強用の魔導具をうっかりここで暴発させてしまって」
「なるほど」
「お願いです校長先生、このままじゃ俺、ほかの先生にしかられます。校長先生の噂は聞いてます、なんとかこの氷を溶かしてくれませんか」
「……そうだね」
私はシャオメイをみた。
男の子には縁もゆかりもないが、部屋を凍らされたシャオメイが困っているから、助けなきゃ。
ちなみに騒ぎが徐々に大きくなっていた。
同じ寄宿舎で暮らしてる生徒達が「何々どうしたの?」って集まってきた。
このままじゃよくない、早くしないと。
「じゃあ溶かすから。パトリック君も、シャオメイも下がってて」
「分かった!」
「はい!」
生徒達が氷漬けのドアの前から離れて、私は逆に近づき、氷にそっと触れた。
魔導具でなったものだから、氷に含まれた魔力を分析、その特性を賢者の石に伝えた。
単純に炎の魔法で溶かさないのは、魔導具でこんな風になったものは、時として呪いのようなものがかかってることがある。
その場合溶かすときに正解の手順を踏まないと氷もろとも全て崩壊する可能性があるからだ。
その判断は正解だった。
賢者の石から返ってきた答えは、超高純度の無属性魔力を注入すること。
炎の魔法では逆に吸収されて氷の強度を増すだけだった。
というものだ。
ホッとしつつ、必要魔力をはじき出す。
ムパパト式を使って、瞬間的に120%の高出力をだす必要がある。
人間は限界を超えることがある、いつでも何処でも出来る事じゃないが、確かに、自分の限界を超える瞬間が存在する。
ムパパト式を、シャオメイに教えたものよりも更に高精度な検知をかけて、自分の限界を探す。
1万分の1秒にも満たないわずかな瞬間にそれが存在したので、それに合わせて魔力を一気に放出した。
超高純度の、無属性の魔力。
魔力が氷漬けのドア――そして部屋に吸い込まれていく。
瞬く間に、氷が跡形もなく消えてなくなった。
「よし、これで大丈夫のはずだよ」
振り向く私、するとシャオメイがホッとしたのはいいが、パトリックが死ぬほど――あごが外れそうな勢いで唖然としているのがみえた。
「どうしたのパトリック」
「嘘だろ……パーマフロストを溶かしただって?」
「……パトリック君、君は何を企んでたの?」
「えっ……あっ」
反応がおかしいから目を細めて、声のトーンを落として問い詰めた。
パトリックは青ざめた。
どうやらただの事故じゃないみたいだ。
☆
校長室、パトリックから話を聞いたイーサンが私に報告をした。
「副帝殿下を困らせたかった、と白状しました」
「僕を?」
「ええ、子供のくせに校長とか先生とかをやってて生意気だ。それにみんなが副帝家への就職ばかりを話題にしてるのも気に入らなかったみたいです」
逆恨みじゃないか。
「それで取り寄せた魔導具のパーマフロストをただの氷と偽って、それを溶かせなかったから笑いものにしよう、ということです。仲間達が噂を広めて、ほかの寄宿舎の生徒も見物人として呼んできてる、と言ってました」
「そんな事を……って、パーマフロストって?」
「過去数百年、人の手では誰も溶かしたことがないという、永久凍結の魔法です。人の手や自然にでは決して溶けないから、なくなった大切な人の遺体を保存する為に使われてます」
「……」
イーサンは尊敬の目で私をみた。
それよりも……あの氷はそんなにすごいものだったのか。




