01.善人、1000人からモテモテになる
魔法学校、第三校庭。
実習用に使われるそこで、私は生徒達に授業をしていた。
肉体はまだ九歳児の私、それに対して300人あまりいる生徒達は卒業間際の十八歳ばかり。
年齢差は倍あるけど、みんな、真剣に授業を聴いてくれていた。
私は魔力をゆっくりと、まるでタバコの煙のように指先から放出していた。
「みてて分かると思うけど、僕がいま出してる魔力ってところどころ濃かったり薄かったりするよね。これが僕の魔力周期なんだ。で、そのリズムが一定だよね?」
魔力の濃淡が同じ周期で繰り返している事を告げてから、魔法を使う。
初歩的な魔法、ファイヤボール。赤の魔力球とも違う、シンプルな炎の魔法。
魔力が一番濃い時と、一番薄い時でそれぞれ同じ魔法を使って、離れた場所に設置されてるデコイに撃った。
デコイに直撃したファイヤボール。
その威力――巻き起こった火柱の太さがはっきりと魔力の濃淡に正比例していた。
「こんな風に、自分の魔力周期を把握して、常にピークの時に使う様にすれば自分の限界近くのパフォーマンスが出せる」
「「「おおおおお……」」」
生徒達が揃えて声を漏らし、感動していた。
「これ、ムパパト式って言う制御法なんだ。さあ、みんなも自分の中にある魔力の波を感じとってみよう」
私が言うと、生徒達は素直に言われた通りの事をやり始めた。
賢者の石。
数年前に私が作った、この世に存在するあらゆる知識が収められた石。
そこから私は失伝して使い手のなくなった、ムパパト式と呼ばれる魔力制御の方法を引き出して、生徒達に教えた。
名誉校長としてだけではなく、授業を持つ私はこうして、賢者の石から少しずつ知識を引き出して生徒達に教えている。
「本当だ! 普段よりも魔法が強い!」
「あたしも! こんなに威力を上げられたんだあたしの魔法」
「ムパパト式を使わない、何も意識しないでやると平均でピークの80%程度にしかならないな……」
生徒達は活気に満ちて、魔法がみるみる上達していく。
私の授業は、これまで概ね好評だった。
☆
授業が終わって、校長のイーサンと一緒に学校の敷地内を歩いていた。
「今回もありがとうございました、副帝殿下」
「どういたしまして」
「いやあ、ムパパト式とは。そういう方法があるとはまったく知りませんでした。さすがは副帝殿下ですな。私も今日からそれを意識して更に精進します」
「校長先生がやるのはいいけど、低学年の生徒達にはまだ教えないでね」
「ほう、それはどうしてなのですか?」
「常にピークを意識するのは大変だからね。体力と集中力がいるから、ある程度の基礎がないと逆効果なんだ」
「なるほど、だから卒業間際の子達にだけ教えたのですな」
「そういうこと」
「いやはや、そこまで考えていたとは。ますます感服しました」
イーサンは歩きながら腕を組んで、しきりに頷いた。
ふと、何かを思い出したかのように、ポンと手を叩いた。
「どころで副帝殿下、折り入って一つご相談があるのですが」
「相談って、なに?」
「先ほどの上級生達がそろそろ卒業するのはご存じの通りだと思います」
「うん、18歳だったね、みんな」
イーサンは頷いた。
この魔法学校では、18歳でひとまずみんな卒業していく事になっている。
「ですので、そろそろ進路指導の時期なのです」
「進路かあ」
「まあこの学校ですから、大半は王宮か、軍か、あるいは貴族のところを志願する生徒がほとんどなのです。軍なら生活には困りませんし、実力でお抱えの立場を勝ち取れば高収入が約束されます。学校に残り続ける子もいますな」
「なるほど」
私はかつていた、私とアンジェの家庭教師たちの事を思い出した。
公爵子息の家庭教師という事で、彼らも結構いい賃金をもらってたのを聞いたことがある。
魔法学校からも、そういう進路に進む生徒がいるだろう。
「そこでなのですが、副帝殿下が領地を持たれたとのことで、卒業生を受け入れて頂けないでしょうか」
「副帝家に就職先の枠をくれって事だね」
「その通りでございます」
イーサンは「なにとぞ!」って顔で私をみた。
しかし……就職先か。
副帝領。
父上と義父上、そしてホーセンの三人が手を組んで立ち上げたアレクサンダー同盟。
それを皇帝のエリザが承認して、この三人の領地を副帝領と総称するのが一般的になった。
魔法学校の名誉校長になって、授業を持つようになったのはこれで三年目だけど、副帝領というのが出来たのは今年だから、初めて就職の事を言われた。
私は少し考えて、頷いた。
「じゃあ一人だけ」
「ありがとうございます副帝殿下! では早速公示して参ります」
「うん」
イーサンはペコッと一礼して立ち去った。
就職かあ……どんな生徒が希望してくるのかな。
☆
翌朝、ホーセン邸。
魔法学校に授業で来た時は、ホーセンの屋敷に泊まることになっている。
泊まらずに瞬間移動魔法でカーライルの屋敷に戻ることも出来るけど、それをすると次にホーセンにあった時にすごく悲しい顔をされるから、来た時は泊まるようにしてる。
今回もいつものように泊まった翌日の朝、起床した私はリビングにいるホーセンの所にやってきた。
「はっはっはー、起きたか義弟よ」
「おはようございます、ホーセン様。何を見てるんですか」
「おう、おもしれえ事になってるぜ」
「面白い事?」
首をかしげて、聞き返す。
「魔法学校から義弟への連絡だ。生徒、副帝家で一人受け入れるって話じゃねえか」
「その話ね。うん、頼まれてね。それがどうして面白いの?」
「もう応募が殺到してるらしいぜ? 倍率は――500倍ってとこか」
「早すぎるよ! ――ってそれはおかしい!」
私はビシッ、と突っ込んだ。
「おかしいって何がよ」
「だって、卒業生の数は300ちょっとなんだよ? 昨日もその人達に授業したから分かるよ。それに対して枠は一つ……どうやっても500倍にならないよ」
「なんだその事か」
ホーセンはニヤリ、と笑った。
「ほらここに書いてるぜ。義弟が一人採用するって公示が出た途端、若い子から飛び級の試験の申し込みが殺到したらしいぜ」
「……飛び級?」
「おう、飛び級して、今年の卒業に間に合うようにして、義弟のところに行く。そういう奴らが200人近くいたって事だ」
「えー……」
私は苦笑いした。
そんな事になるなんて……って、それでいいのか?
「すげえな義弟よ、大人気だ」
「いやいや」
「旦那様、魔法学校から更にご連絡が」
リビングにメイドがやってきた。
彼女はしずしずと一礼して、ホーセンに封筒を渡した。
ホーセンは無骨な武人らしく、封筒を適当に破って中身を取り出して、読んだ。
「…………がっはっはっはっは」
「な、なに? どうしたの?」
「いや、たいした事じゃねえ。魔法学校への転入希望が殺到してるってだけの話だ」
「なんだ、転入希望か……って殺到!?」
「おう」
「ま、まさか……」
ホーセンはニヤリと口角をゆがめた。
「察しがいいな、さすがだ義弟。その通り、ほかの魔法学校からこっちの最上級生として転入したいって希望が殺到してるらしいぜ。ざっと500人」
「噂広がるの早すぎるよ!」
「これでざっと1000人、さすがだな義弟」
公示からわずか一晩。
一枠で、卒業生300人、それに加えて総勢1000人
通常なら最高300倍の、更に3倍以上の倍率になってしまったのだった。




