11.善人、同盟の盟主になる
カーライルの屋敷、父上の執政室。
ローカストの被害報告が各地から父上の元に上がってきた。
「どうだったんですか父上」
「我がカーライル領は無事だ、ヤツが現われて間もなくアレクが退治してくれたからな。まあ、梅雨が例年より数日延びた程度の被害だろう」
「それはよかった……でも父上? それならどうして複雑そうな顔をしているんですか?」
「うむ、カーライル領は大丈夫なのだが、シルヴァ領がな」
「シルヴァ領……アンジェの実家がどうしたんですか?」
アンジェリカ・シルヴァ。
私の許嫁、可愛いアンジェ。
シルヴァ領とは、彼女の父親であるシルヴァ準男爵の領地だ。
「準男爵の領地はもろに進行ルート上にあってな。作物は『文字通りの全滅』だそうな。今年は収穫も収入もゼロになる」
「そうなんですか……」
「備蓄分も丸ごと腐らされたらしい。それに木造の建物なんかも……」
「恐ろしいモンスターです。通過しただけで問答無用にこれほどの被害を……まさに天災」
「そうだな、そしてそれを退治したアレクはやはりすごい! もはや救世主の域だ」
一人でテンション上がる父上。
私は少し考えて、父上にいった。
「父上、ご相談があります」
「おお私のうかつものが、そうだな、戦勝パレードをするべきだな――」
「そんな事はしなくていいです」
私は真面目なトーンで父上のテンションを遮って、父上の前に袋を置いた。
カラミティの爪で作った、魔法空間に繋がる食糧備蓄の袋だ。
余剰分の買い取りと管理を任されているので、私の手元にあるのだ。
「カーライル領で備蓄している食糧、被災したシルヴァ領に支援させてくれませんか」
「……」
父上はあんぐりと口を開けて、絶句した。
やっぱりダメか。
この袋は小さいが、入ってる食糧はとてつもない膨大な量だ。
ここ二年間余剰分をコツコツ買い取った結果、既に数千人程度の都市なら一年間はまかなえる程の量がある。
当然、相応金もかかっている。
それを支援に使うというのだから、絶句の一つもするだろう。
しかたない、ほかの方法を考える――。
「おおおおお!?」
「ど、どうしたんですか父上」
父上はいきなり泣き出した。
雄叫びを上げ、文字通り滝のような涙を流して号泣する。
「さすがアレクだ! そのやさしい心、もはや神の領域!」
「え、えっと……」
「うむ! 援助すべきだな」
「あっ、いいんですね」
「愚問ッッッ!」
父上は拳を握って力説した。
涙は止まったが頬を伝う跡がキラキラしている。
「アレクが善政を敷いて人々から称えられる事を止めるはずがない!」
「な、なるほど」
父上らしい理由だった。
「よしやれアレク! 備蓄分を全部ばらまくんだ!」
いつもの父上だが、ノリノリなのが今はありがたい。
私はカーライル領で備蓄した食糧を、シルヴァ領の災害救助に使うため、まずは文書にしたため、それをシルヴァ準男爵の元に届けさせた。
☆
一ヶ月後、屋敷の中。
応接間に私と父上、そしてもう一人の青年がいた。
二十代後半の、キリッとした顔つきの、人のよさそうな青年貴族。
アンジェの父親であり、ゆくゆくは私の義父になるであろう、シルヴァ準男爵その人だ。
義父上は深々と腰を折った。
「この度は食糧を支援して頂きありがとうございます。領民になりかわり、副帝殿下に深く御礼申し上げます」
「そんなにかしこまらないで、アンジェのお父さん」
私は「アンジェのお父さん」を強調する様にいった。
公式の場だと私は副帝、父上は公爵、義父上は準男爵で、立場は天と地ほどのある。
しかし「アンジェのお父さん」なら、そういう地位の差とかを取っ払って、フランクに話す事ができる。
ここにこの三人しかいないのならその方がいい。
「……ありがとうございます。この歳にしてその聡明さ。親ながら嫁いで来れたアンジェが羨ましい」
「それだけじゃないぞ。準男爵には悪いが、そっちでは手も足も出せなかったローカストを退治した勇猛さも兼ね備えている」
「さすがでございます。アレク様ならば公爵家を……いえ。副帝殿下なのですから、帝国は今後数十年は安泰でございますね」
「よく分かってるじゃないか準男爵よ」
「これほどの御子に恵まれた公爵様が羨ましい」
「うむ、私はきっと前世が聖人クラスの善行を積んできたに違いない」
「娘を嫁がせられた私も、それなりにいい事をしてきたのでしょう」
父上と義父上は意気投合した。
父上が私の自慢をして、義父上が興味津々に聞いて、相づちを打つ。
そんな形ができあがって、二人は十年来の親友かのように仲良くなった。
「しかし……これほどのアレク様、未だに領地を持たないのが残念、いえもったいないですね」
「私もずっとそう思っているのだが、妻にとめられてな。アレクならばいつでも世に出ることが出来る、焦るな。とな」
「なるほど、わかります! しかしそれでは我々の気が済みません」
「分かってくれるか!」
「ええ」
……。
これって、あれかな。
教祖・父上の「アレク教」に信者が増える流れなのかな。
「――そうだ、公爵様。我々貴族が、それぞれ何かあったときの為、また領地統治の為に同盟を組む者もいることをご存じですか」
「話は聞いたことがある」
「どうでしょう、ここは一つ、盟主にアレク様を頂くアレクサンダー同盟を作ると言うのは。統治はもちろん今まで通り私たち、アレク様には称えられるだけでいてもらいます。それなら奥様も納得するのではありませんか」
「――っ!」
父上はパッと立ち上がった。
まずい、目がキラキラ輝いている。
「ち、父上。それはいくら何でも」
「いえいえアレク様。私は準男爵、カーライル様は公爵様です。副帝殿下を戴いて同盟を組む事に何ら問題はありません。立場的にはものすごく自然なのです」
「それは――」
そう、なのか?
いきなりの話でよく分からない。
わからないけど、止めないと大変な事になるかも知れないと思った。
なぜなら、「アレクサンダー同盟」なんて間違いなく建前で。
「それなら、両家の力を結集してアレクのすばらしさを更に広められるな」
「まったくその通りでございます」
と、それが狙いだった。
「それならホーセンも引き入れよう」
「ホーセンとは、帝国最強のホーセン・チョーヒ将軍のことですか」
「うむ! ヤツもアレクのすごさを見抜いたできる男だ」
父上の言い方だと、まるで私のすごさを見抜いたから出来る男に聞こえる。
「よし、まずはこの三人だ」
「同盟の立ち上げならば陛下に報告をしなければなりませんね」
「それなら任せろ」
父上は窓際に行き、大声で叫んだ。
「カラミティ、カラミティはいるか?」
すると帝国の守護竜、カラミティが窓の前に飛んで来た。
「なんだ、主の御尊父よ」
「一つ頼まれてくれるか。私たちがアレクサンダー同盟を組むことになった。その事を都にいる陛下に報告、そして許可を取ってきて欲しい」
「……」
カラミティはちらっと私を見た。
なるほどカラミティなら都までひとっ飛びだから頼むのはわかる。
でも残念だ父上、カラミティは私の命令しか――。
「承知した」
「――って承知するの!?」
「主を称賛する事に異存は無い」
……そうだった、カラミティも実質アレク教だった。
何しろ『あなたが神か』って本気で聞いてきたくらいだ。
守護竜は身を翻して、かつてない速度で空に消えて行き――数分で戻ってきた。
「ただいま戻った」
「早っ!」
「皇帝は承認した。今後はカーライル領、シルヴァ領を副帝領とする事を許可する、と」
「しかもあっさり認めた!?」
いいのかエリザ、それでいいのか?
「その際に一つ条件がある」
「条件?」
「言葉をそのまま伝えよう」
カラミティはゴホン、と咳払いして、改めて口を開いた。
「た、ただし毎年ちゃんとアレクが説明と報告に来なさい」
驚くことに、エリザの声色そのものだった。
頭で何故か噛んだけど、ものまねになれてないからかな。
それでもすごいけど。
「とのことだ」
そして一瞬で元のカラミティの声に戻った。
そして、窓から去っていった。
「許可が下りましたね」
「うむ! もっと細かい話を詰めていくとしよう。アレクのすごさを満天下に知らしめるために」
「手伝います」
ノリノリの父上と義父上、どうやらもう止まらないみたいだ。
副帝はただの名誉職だと思っていたら、今度は領地までついてきた。予想外の展開だ。
SSSランクの人生は、まだまだ進化を続けているみたいだった。




