10.善人、天災を阻止する
エリザが帝都に戻った次の日、私は領内の視察を続けた。
袋を魔力の低い領民に与えて、逆の効果である腐敗加速で肥料を作るのをやってから、それを広めるため、そして何かの発見で更に収穫を上げられないかという狙いのため。
私は以前にも増して、領内の農地を見て回るようになった。
この日もリネトラという村にやってきた。
畑は青々としてて、領民達がせっせと手入れをしている。
「どうですかねアレク様」
私の相手をする、村の代表のソルという青年が聞いてきた。
「順調そうに見えるね、見ていると豊作の予感がする」
「そうですね、今年は天気もいいですし、順調に育ってます。それもこれもみんなアレク様、それに公爵様のおかげですよ」
ソルと一緒に歩きながら、農地の先にある村の本体のほうにやってきた。
何軒かの家が工事をしているのが目に入った。
「あれは?」
「本当アレク様のおかげです。アレク様のおかげで貯金できた人も多くて、最近は家の建て直し、それで結婚するのがブームなんですよ」
「なるほど、それはいいことだね」
賢者の石に頼らなくても、前世の記憶で結婚は金がかかるものだって知っている。
ちゃんとした家――資産があると嫁に来てもらいやすいし、そもそも結婚式はお金がかかるもの。
それが出来る、ブームになるほどまとめて出来るのはいい事だ。
リネトラの村にも袋を預けて、肥料生産で更に収穫を上げさせよう――と思った、その時。
「た、大変だ!」
私とソルの前に、別の男が血相を変えてかけてきた。
途中で石をけつまずいてバランスを崩し、私たちの前には半ば転がり込んでくる、って形になった。
「どうしたんだ?」
「ロ、ローカストだ!」
「なに!?」
「ローカストがでたんだ、まっすぐこっちに来る!」
「なんだって!?」
村の二人は、まるで世界の終わりが来たかのような、絶望の表情をした。
☆
飛行魔法を使って、空中から大地を見下ろした。
えげつない光景だ。
地平線の向こうから、巨大な四本足の生物がのっしのっしと歩いてくる。
小山ほどの巨大さだが、動きが遅くて、取り立てて悪意も感じない。
巨大な草食獣、そんな感じの生き物。
が、その体から放っているオーラがとんでもなかった。
オーラに触れた全ての植物が一瞬にして枯れた。
周りにいる鳥や獣たちは何が起きたのか分からずにポカーンとしている。
植物だけが枯れ、動物には何も害がない。
そのオーラを放ちながら、四本足のモンスターがズンズンと直進する。
ローカスト。
あらゆる植物や、植物由来の物を腐らせる、天災級モンスターの一体だ。
その進行方向の先に、リネトラの村がある。
ローカストの進行ルート上の植物は全て枯れた。このまま進めばリネトラの作物は全滅する。
私は一度着地して、絶望しているソルにいった。
「一応みんなを退避させて」
「わ、わかりました。アレク様は?」
「僕は……なんとかしてみる」
「えっ? そんな危険です!」
「人間そのものには被害はでないんでしょ? 大丈夫、いってくる」
「あっ――」
ソルが止めようとするのを振り切って、飛行魔法でローカストに向かって飛んでいった。
近づくにつれどんどん巨大に見えて来るローカスト。
射程距離に入った頃には、実家の屋敷よりも巨大な、山そのものが動いているような化け物の姿に圧倒される。
「わるいけど……止める!」
魔力を放出、皿回しの要領で魔力球を作る。
ローカストの事をきいたら、賢者の石は、
「撃退は不可能、あらゆる攻撃を無効化する」
といってきた。
それでもどうにかして倒そうと、七色の魔力球をぶつけた。
炎、氷、風――七つの属性がローカストに直撃した――が。
びくともしなかった、手応えがまったく無かった。
攻撃されたのにまったくされてもいないって感じで、ローカストは更に植物を腐らせて、先に進む。
「――っ、服が!」
攻撃する為に近づいた私にも被害が出た。
体はなんともないが、着ている服が腐って、ボロボロになって一部が溶け落ちた。
慌てて飛行魔法で距離を取った。
七つ同時攻撃が効かないのなら、今度は一点集中だ。
小出しじゃない、ほぼ全魔力を出して、それをこねくり回して、巨大な赤色の――炎の魔力球にした。
農村の民家一軒よりも巨大な魔力球を投げつける。
ローカストは炎上した――が数秒で炎が消えた。
やっぱり何事もなかったかのように、ただ進む。
ひたすら進む。進んで、進行ルート上にあるあらゆる植物を腐らせる。
ローカスト。
存在するだけで天災をばらまくモンスター。
このままじゃ順調に育った畑が飲まれる、ローカストのオーラに腐らさせられて全滅する。
どうする、どうすればいい。
私が悩んでいる間もローカストは進む。
距離が狭まり、着ている服が再度腐食オーラの影響を受けて、更にボロボロになった。
ポトッ、何かがボロボロになった服の中から地面におちた。
袋だ。
カラミティの爪を使って作った袋。必要ならこの村にもの肥料用与えようと思った新しい袋だ。
ボロボロになった服とは違って、それは全くの無事だった。
拾い上げる、なぜなのかって思ったら、下に向いた視線が無傷の革靴を捉えた。
「そっか、この袋も革靴も動物だから影響受けない――」
動きが止まった、視線が袋に釘付けになった。
もしかして……という思いが頭をよぎった。
その間もローカストは直進を続けている、迷っている暇はない。
悩むよりもまずやってみる。
私は意を決して、ローカストに突っ込んでいった。
突っ込みつつ、袋を自分用に登録する。
近づくにつれ、服が加速度的に腐っていったが、気にしない。
とにかく直進して、ローカストに触れた。
全ての植物を腐らせる天災モンスターでも、触れるだけなら人間には害はなかった。
そのまま、掴んで――袋に入れた!
体の皮がちょっと伸びて袋に入ると、それが呼び水になったみたいに、ローカストの全身がものすごい勢いで袋に吸い込まれていった。
持ち主の魔力次第に容量が大きくなる袋。
その袋は、小さな山ほどもあるローカストの巨体をまるっと呑み込んだ!
「……」
袋を閉じる、しばらく様子を見る。
生き物をいれるのは初めてだが、ローカストが出てくる様子はなく、腐食オーラが漏れる気配もない。
どうやら……倒すのは無理だったけど、捕獲出来たようだ。
「アレク様!」
背後から声がした、振り向くと、リネトラの村民が全員が走ってくるのが見えた。
「ローカストが来ない……何があったんですか?」
「まさか本当にローカスト倒したんですか?」
リネトラの村民は全身、瞳を輝かせた、期待の眼差しを私に向けた。
農民にとって嵐よりも遥かに恐ろしいであろう、天災ローカスト。
それをわたしが――
「うん、もう大丈夫」
「「「おおおおお!!!」」」
歓声が上がった。
ソルとほかの何人かの男がいきなり私を担ぎ上げて、胴上げをしてきた。
「さすがアレク様」
「男爵様ありがとう!」
「すげえ! そんなの聞いたことねえ、すげえ!」
私はしばらくの間、リネトラの村民達に胴上げをされ続けた。
何はともあれ、作物が無事で本当に良かった。




