09.善人、おっかけのファンに気絶される
ある日の昼下がり、エリザと一緒にモレクの街に出た。
二年前に知り合って、副帝に任命されてから、彼女はちょこちょことカーライル公爵領に遊びに来るようになった。
そして遊びに来た時は、いつもこうして私がつきそっている。
皇帝の外遊、もてなすのが領主の父上ではない理由は――
「公爵だとかしこまられすぎていや」
という事らしい。
今日も彼女は帝服じゃなくて年頃の女の子の綺麗な格好をしている。
つまり完全お忍びモードで、私に案内をさせているというわけだ。
ちなみに。
「あーら陛下、今日も男爵様と視察?」
「そうよ。それから男爵じゃなくて副帝」
「そうだったそうだった。ごめんなさいね副帝様。いやあおばちゃん、こんなちっちゃい頃から見てるからさ」
市場のおばちゃんにつかまって、からかわれた。
いやいや、指で輪っか作ってちょこんと間を開けてるけど、そんなサイズなのは母上の腹の中にいるから、まだ産まれてないから。
こんな風に、街の――特におばちゃんと呼ばれる様な人種の間では、エリザは皇帝であることがすっかりばれている。
エリザ本人も、例えばれてもかしこまられないというのなら気にしないってスタンスだから、おばちゃん達とは上手くやってる。
「そうそう、新しい商品が入ったの。はいこれ」
「これは――貝殻?」
「そう、陛下知ってる? こういう二枚貝ってぴったり合うものは最初からくっついてるペアだけで、世界中の何処を探しても同じものはないって」
「へえ、そうなのアレク?」
「うん、そうだね」
念の為に肌身離さず持っている賢者の石に聞いてみたけど、その通りだという答えが返ってきた。
私が(賢者の石で)知識豊富なのを知っているから、エリザはこうして何かあると私に確認を取ることが多い。
「でね、この貝は――ほらここ、このくっついてる根元を補強してるでしょ、別れないように。これを持ってると思ってる相手と両思いになれて、その上絶対に離れないっていう縁起物なんだよ」
「絶対に離れない……」
おばちゃんのセールストークを復唱して、何故かちらっと私を見たエリザ。
「ほ、本当に別れないのかしら」
エリザは耳の付け根まで顔を赤くして、二枚貝を左右にグイグイっと引っ張ってみた。
縁起物として頑丈に作られてるらしくて、エリザが引っ張った位じゃびくともしなかった。
「これ、離れない方がいいの? それとも肌身離さずに持ってて、ある日割れた時思いが遂げるとか、そういうのなの?」
ふと気になって、私はおばちゃんに聞いてみた。
おまじない系は、私が聞いたようなパターンもある。
「やだねえ副帝様、思い合う二人だよ? 離れない方がいいに決まってるじゃないのさ」
おばちゃんは私の肩をパンパンと叩いた。
さすがおばちゃん、力加減に遠慮が無い。
が、答えは明快だった。
「それじゃ――」
「ちょっと待って」
どうやらエリザは買おうとしてるみたいだから、私は待ったをかけた。
きょとんとするエリザに、私は彼女が持っている貝に魔法を掛けた。
シンプルな魔法、ものの強度を上げる魔法だ。
「これで大丈夫、例えドラゴンに踏まれても壊れない程度の強度になったはずだよ」
「おお、さすが副帝様。良かったねえ陛下」
おばちゃんは豪快に笑って、今度はエリザの肩を叩きだした。
恐れを知らないおばちゃんの行動、前の皇帝なら不敬罪で打ち首だろう。
でもエリザは怒らなかった。
「あ、ありがとうアレク……大事にするわ」
むしろはにかみながら、嬉しそうに私が強化した貝を大事にそうに抱えた。
縁起物の二枚貝を購入した後、再び街中を歩いて回った。
「ありがとうおばちゃん!」
ふと、騒がしい市場の中でも、よく通る声が耳に入ってきた。
声の方を見た、12~3歳くらいの女の子が一人、食糧の買い出しをしていた。
抱えている紙袋は顔の半分まで覆っている。家族が多いのだろうか。
さっきのおばちゃんとは別の人だが、「おばちゃん」というくくりでは同じ人種だった。
「元気がいいね、これオマケするから、食べてもっと元気になって」
そう言って、紙袋に更に食料をオマケで詰め込んだ。女の子の顔が隠れて見えなくなりそうだ。
「ありがとう! やっぱりいい街だねここは、アレク様の街だからかな」
うん?
私の名前が出たけど……どういうことなんだ?
よく通る女の子の声はエリザにも聞こえたらしく、彼女は立ち止まって、私をちらっと見て、女の子を見た。
「なに? アレク様のお知り合い?」
「――しっ!? ししししし知りあいだなんてとんでもない!」
さっきまで普通に話していた女の子が、急に顔から火を吹きそうな勢いで赤くなって、目を「><」にして思いっきり否定した。
「会った事ないです、ただ憧れてるだけなんです! すごく憧れで、せめてアレク様の民になりたくて引っ越してきたんです!」
「そうなんだ。おっ、そこにいるのはアレク様じゃないか、噂をすればなんとやらだねえ」
「――えっ?」
顔見知りのおばちゃんに見つかったので、私はにこやかに歩いて、近づいていった。
「今の聞いてたかい? この子、アレク様のファンなんだって」
「そうなの?」
「……」
女の子はさび付いたゴーレムの様なぎこちない動きで、私の方を振り向いた。
そして、まなじりが裂けるんじゃないかって心配になりそうなくらい目を見開いた後――。
「――きゅう」
と、白目を剥いてそのまま倒れた。
「ど、どうしたんだい?」
「アレク? 何かしたの?」
エリザが横に並んできて、非難するような目を向けてきた。
「そんな事しないよ。顔が赤いし日射病なのかな……とりあえず回復魔法してみる」
手をかざし、小石サイズの白い魔力球を作って、女の子に与えた。
魔法はすぐに効いて、女の子はゆっくりを体を起こした。
「大丈夫かい?」
おばちゃんがきく。
「おばちゃん……、私、いい夢を見た気がする。アレク様と目と目があってしまう夢」
「それ夢じゃないよ。僕ちゃんとここにいるから」
「えっ――――きゅう」
女の子とまた目があって、また気絶された。
「えっと……どうしたのかな」
「……アレク、私たちは少し離れましょう」
「はあ……」
訳が分からないけど、とりあえずエリザの言うとおりにした。
エリザがおばちゃんに何か耳打ちした後、二人でそこから距離を取った。
おばちゃんに起こされた女の子は、おばちゃんに話を聞かれ、私たちの方をちらちら見た。
「話してる内容、聞こえる?」
「えっと……僕の実物はまぶしすぎて、つい気絶してしまった……だって」
「そう、まあそんな事じゃないかと思ってたわ」
「そうなの?」
「憧れすぎる人を前にすればそうもなるものよ」
「はあ……あっでも、こっち見た。もう慣れたのかな」
「話をしに行く?」
「そうしよう」
エリザにそう言って、おばちゃんと女の子のところに戻ろうとしたが。
「――きゅう」
ある程度の距離まで近づくと、彼女はまた気絶してしまった。
本日三回目の気絶だ。
「これって……もしかして」
「そうみたいね。どうやら5メートルくらいまで近づくと気絶するらしいわね。遠目なら大丈夫だけど近づくとだめ、と」
「そ、そうみたいだね」
起きたときに4回目の気絶をされると女の子の体にも良くないから、このまま立ち去ることにした。
少し離れた所で、エリザが言ってきた。
「あなたの民になりたい、直にあったら気絶するくらいのファンよ。何か記念になるものをあげたら?」
「その方がいいかな」
「好きな人から物をもらうと嬉しくなるものよ」
エリザの言葉はなぜか実感が籠もっているように聞こえた。
でもなるほど、それはそうかもしれない。
私は少し考えて、いつも買い物に使ってる羊皮紙を取り出して、「ありがとう、嬉しいよ」の簡単な言葉と、私のサインをいれた。
それをエリザに見せて。
「これでいいかな」
「いいんじゃないの」
頷くエリザ。
そうしていると、女の子は再び目を覚ました。
「大丈夫なのかい?」
「う、うん……」
女の子とおばちゃんの話し声が聞こえるけど、さあどうしようか。
いま渡しにいくとまた気絶されるかも知れない。
この紙、どうわたそうか。
「貸して」
「え?」
「私が代わりに渡してきてあげる」
「いいの? じゃあ……お願い」
「ん」
エリザは羊皮紙を受け取って、スタスタと女の子に向かって歩いて行った。
そして、彼女に羊皮紙を差し出し。
「これ、彼からの贈り物」
「……」
「どうしたの?」
エリザは女の子に無言でじっと見つめられて、首をかしげる。
「あの……もしかして皇帝陛下――なんてはずないですよね、あははあたしったら、陛下がこんな所にいてしかも配達人みたいな事を――」
「いや、正真正銘の陛下だよ」
「――ふぇっ!」
おばちゃんが気さくにいうと、女の子は変な声を出してしまった。
「本物の陛下……?」
女の子はつぶやき、私の方をみて。
「……を、配達人に、使った?」
そして、しばらくポカーンとしてから。
「しゅ、しゅごい――きゅう」
と、またまたまた、気絶してしまったのだった。




