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15.善人、ひょうたんから駒を得る

 結婚式まで一週間を切った。

 アヴァロンの街はますます賑わいを、盛り上がりを見せていた。


 そんな中、私は執務室で、エリザが持ち込んだ話に眉をひそめていた。


「それは本当かい?」

「ええ、ついさっきこの目で見てきた。すごいよね、10倍出すって言っても断られるんだから」

「宿、か」


 エリザが持ち込んだ話、それはアヴァロン中の宿屋がほぼほぼ満室状態になっていると言うことだ。


 一週間後に行われる私達の結婚式を控えて、国中から旅人が集まってきて、それで宿がパンクしているという。


「その宿の権利を転売してる人もいるね。もう既に相場の三十倍出さないと買えないみたい」

「それは……大変だね」


 立ち上がり、窓から外を見る。

 眼下に広がるアヴァロンの街は、確かにここに来た直後に比べてかなり賑わっている。


「人気者はつらいね」


 エリザはニヤニヤしながら、私の横にやってきて、肘で脇腹を小突いてきた。


「……」

「あれ? 何を考えてるの?」

「この状況を解決しなきゃって思って」

「この状況って……宿が足りないこれ?」

「うん」

「余計なお世話だけど、手出ししない方がいいと思うよ」

「……どうして?」

「アレクが正室を迎えるっていうイベントを超えるものはこの先やってこない。つまり今のこれがピーク。これを乗り切ろうと宿とか増やしたら、終わった後に閑古鳥が大合唱するよ」

「……それはそうだよね」


 エリザのいうとおりだった。

 私に限らず、これは誰でもそうだ。


 貴族、庶民にかかわらず、人生で一番人間を集められる瞬間はみな同じ瞬間だ。


 すなわち結婚式の瞬間。


 つまり今のこのパニックは後一週間だけの狂騒。

 下手に手を出さない方がいい、とエリザはいう。


 それは納得できる、出来るんだが……。


「ふふ」

「どうした?」

「いいえ、アレクの事だから、そうは言ってもどうにかしなきゃ、とか思ってるんでしょ」

「……うん、せっかくだから。僕とアンジェのために来てくれたみんなのために、みんなが楽しんで当日を迎えられるようにしたい」

「やっぱりね。分かったわ、宿は任せて」


 エリザはくるりと身を翻して、執務室の出口に向かっていった。


「エリザ?」

「南西に開発の途中のブロックがあったね、あそこにまとめて建ててくる」

「間に合うの?」

「誰にものを言ってるの?」


 立ち止まり、振り向いて肩越しに笑顔を見せるエリザ。


「これでも帝国皇帝、こんなのより十倍難しい難題でもさらっとクリアしてみせるわ」

「……ありがとう、エリザ」

「アンジェのためよ」


 エリザは微笑みを残して、部屋から出て行った。


 さて、そうならますます考えなきゃいけない。

 結婚式が終わった後の、溢れた宿の扱いを。


 それを考えていると、目の前に何者かが転移してきた。


「主」


 やってきたのはアスタロト。

 私を主と呼び慕う、豊穣を司る本物の女神だ。


「ご報告、よろしいでしょうか」

「うん、なんだい」


 椅子に座り直して、アスタロトの報告を受ける。

 アヴァロン、そしてアレクサンダー同盟領の農地を引き受けている彼女の報告は、いつも通りどこそこの開墾や収穫に関するものだった。


「今回ももっとも主を拝んだ村に最高の収穫を授けよう……と、思っているのですが」


 アスタロトは複雑そうな顔をした。


「何か不都合があるのかい?」

「いささか反則ではないか、という思いが私の中で捨てきれなくて」

「どういうこと?」

「その村にも主の像が設けられております」

「厳密にはアスタロトの像だけどね」

「主の像です。その像に村人が祈りを捧げているのはもちろんですが、何者かの入れ知恵で、そこが巡礼の地という話が広まっております」

「巡礼の地?」

「そのため、村の民以外にも、各地から集まって来て主に祈りを捧げる者が」

「なるほど、それで反則なのかも、って思ってるんだね」


 頷くアスタロト。


 正真正銘の女神なのに、人間である私を崇拝しているような言動をしているアスタロト。

 私に関する事に不正は許せないってことか。


 正直言えば私はその辺のことを特にどうとも思わない。

 ほこらを建てて像を造らせたのもアスタロトがそう望むからそうしたのであり、私は別に対価――この場合アスタロトが求めるのは私への信仰心――を求めようとは思わない。

 だから、


「僕はいいと思う。頭を使って、僕へ祈る人を増やした訳なんでしょう」

「それは……そうですが」

「だったらいいんじゃないかな。というかアスタロトに任せるよ。君がいいと思ったらいい、ダメだと思ったらダメ。それでいいんじゃないかな」

「……分かりました」


 アスタロトは私に一礼して、転移で執務室から立ち去った。

 まったく生真面目な女神だなぁ……と、思った瞬間。


「あっ……」


 頭の中に白い光が突き抜けていった、あることをひらめいた。


「これなら……観光客を維持できる」


 アスタロトがくれたヒントを、私は早速実行するために動き出した。


     ☆


 アヴァロンの中心、結婚式の式場予定地。

 幕で囲まれたそこに、私は出来たての像を運び込んでいた。


「何それ」

「エリザ」


 背後から話しかけてくるエリザ、像を見あげて首をかしげていた。


「ここに来て良いのかい? 宿は?」

「私が建てる訳じゃないから、命令はだした、褒美も罰も明示した」

「なるほど、だったら十分だね」


 信賞必罰。

 統治者としてのエリザはその事を強く意識している。

 だから彼女の命令には力がある、実行力がある。


「それより、何これ」

「これはユーノーの神像だよ」

「ユーノー……結婚を司る女神ね」

「そ。当日に降臨して僕とアンジェを祝福してくれるという約束になってる」

「それがこの場所……ははーん」


 エリザはにやりと笑った、察したようだ。


「そう、ユーノーの降臨にあわせてここに神像をおいておくと、ここがユーノー降臨の聖地になる。しかも世の中の大半の人が望む、結婚を司る女神だ」

「その聖地になれば、あんた達の式が終わっても、ひっきりなしにここに人は来る。加護を求めて」

「そういうこと」

「やるじゃない」


 エリザは神像に近づいて、手で軽く触れた。


「ただの石像ねこれ。こんな物一つで観光客の数をつなぎ止めるなんて。史上最高のコストパフォーマンスね」

「よかった、エリザがそう言ってくれるのなら安心だ」


 正直、ただの像だけじゃ不安だから、何か魔法でもかけようかと思ったが、エリザがそう言うのなら大丈夫だろう。


 ダメならダメで、後から足せばいい。


「ふふ」

「どうしたの?」

「この神像に祈る未婚の人間は私が初めてじゃない?」

「そういえばそうだね」

「御利益ありそう」

「あるよ」


 私は即答した。


「そっか」


 エリザもにこりと笑みを返してくれた。


 アンジェとの式が終わるまで言葉にしないと決めているのでここまでだが、エリザにそれ(、、)が伝わってて良かった。


 ひょうたんから駒、だな。

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